第55話 中央広場

 先ずは、中央広場に入らなくてはいけない。

 広場は役所や教会などに囲まれ、中まで入れる道はない。

 必ず、どこかの建物を抜けて入らなくてはならない造りだ。

 人の目がある所を通り抜け、裏口を警備の人に開けてもらわなくてはならない。


 だが、ここは憩いの場でもある。

 決して広くはないが、噴水と整備された庭園があるからだ。

 身分証を見せれば簡単に入れる。

 つまり、誰がそこに入ったか記録されるということ。

 何かあれば、すぐに犯人を特定できる。


 だから冒険者達もここは避けたのだろう。

 彼等の格好は目立ちすぎるし、この町にいるだろう共犯者は……きっと、実行犯にはなりたがっていないだろうから。


 俺は、教会を通り抜けることにした。

 ただ単に、入ってみたかっただけなんだけど。


「こんにちは。奥の庭園に行きたいのですが、通ってもいいですか?」

 神官の方だろうか。

 黒っぽい法服のようなものをまとった三十代くらいに見える男性に声をかける。


「ようこそ。では案内しましょう」

 う、誰かついてくることは想定していなかった。


 裏口が開けられ、庭園が見える。

「うわ……綺麗だなぁ!」

「ここは初めてですか?」

「はい、噴水、見に行っていいですか?」

「ええ、ご一緒しましょう」

 ご一緒……してくれなくても、いいんだけどなぁ。


 噴水中央は口が広くて、背のあまり高くない花瓶のようになっている。

 口は優雅に波打っており、水があふれ出している。

 文字が刻まれているな……

『天に祈りを地に恵みを』か。

 流れてた水を受ける受け皿の底は平らではなく、中央に向かってなだらかに下っていた。


 水は外からここの噴水の下に入り、ゴミなどを取り除いて湧き上がってきたものを町に流しているのだと思う。

 欲を言えば、あの花瓶の中に魔法を付与したい。

 しかし無理だ。

 ならば。


 ぽちゃん!


「ああっ! すみませんっ、中に道具袋落としてしまいました!」

 いくつかの鉱石を入れてある腰袋を、わざと落とした。

「ええっ? あー……真ん中まで行ってしまいましたね……」

「これ、詰まっちゃいますよね? この中に入ってもいいですか? すぐ取ってきますから!」


「いや、中に入るのは……! えっと……」

「あ、俺、濡れるのは大丈夫です! ほんと、すみませんっ」

「濡れるというか……そ、それじゃ、ちょっと待って」


 彼が噴水の縁に両手を置いて、集中している。

 すると、水が左右に割れた。

 おおおおー、モーゼっぽいーー!

 この人、水魔法が使えるのかー。


「今のうちに取ってきて下さい。滑るので気をつけて」

「はい! ありがとうございます」

 俺は水がなくなった部分からたらいの中に入り、袋に手を掛ける。

 そして引っかかっていて取りにくい様を装いつつ、袋の中から魔法付与済の石を出した。


「大丈夫? 取れたかい?」

「はい……あ、取れました!」

 石を中央下の方に当てて、魔法を転写する。

 浄化の魔法は、無事に噴水に付与された。


「所々に窪みがあるだろう? そこに足を引っかけて上がってきて!」

「す、滑りますね……よいしょっと!」

「縁に摑まったかい? そろそろ魔法が切れる。早く上がって! 水に触れないようにっ」

「はいっ」


 俺は懸垂の要領で、なんとか縁の上に上がれた。

 その途端、割れていた水が勢いよく元に戻った。

 そして俺達ふたりとも、跳ね上がった水をざばっと浴びてしまったのだ。


「うわっ、うあぁっ! は、早くっ、早く洗わないとっ! ああぁ……!」

 神官さん、凄い慌て振り……

 もしかしてその服を濡らしたりしたら、上司に怒られちゃうとか?

 うわ、悪い事してしまった。

 親切に魔法を使ってくれたのに。


「はーい、そこまでぇ」


 ライリクスさん……?

 なんでここに?

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