第30話 そもそもの発端を聞こう

「でも、なんでロンバルさんは、ガンゼールを訴えたんだろう?」

 俺の事だけじゃない……みたいな事、言っていたもんなぁ。

「ガンゼールがあの子供達に接触し始めたのは、あの事件のあとだね……」

 あの事件?


「ほら、前に話したろ?」

「あ……あの医療事故」

「ほう、難しい言葉を知っているね」

 う……医師組合の人には、引っかかる言葉だったか。


 リシュリューさんって口調はきつくないんだけど、真顔だと睨まれてるみたいで怖いんだよな。

 美形の圧ってやつなのかもだけど。

 ……別にコンプレックスなんてないぞ、俺には!


「濡れ衣を着せられた付与魔法師は……ロンバルさんの息子さんだったんだよ」

 そうだったのか。

「ガンゼールはやたら騒いで、全部付与魔法師のせいだと言いふらしやがった」

「私も、医師組合が彼をちゃんと抑止しきれなかったのは……申し訳ないと思っています」


 自分を護るのに必死で、そういう行動に出たんだろうが……

 その付与魔法師は、自殺してしまったのだそうだ。


「彼は若かったが、腕のいい魔法師だった。あんな失敗は有り得ないと思って調査したんだが……間に合わなかった」

「あいつの、その魔法師の親友だったんだよ。足が動かなくなっちまった奴が」


 なんて……辛い話だ……

 自分のせいで、親友の自由を奪ってしまったと思ったのだろう。


「ロンバルさんも……つらかったでしょうね」

「ひとり息子だったからな。ロンバルの自慢だったんだよ」

 唇を噛み締めて泣き出しそうな俺の頭を、ガイハックさんがポンポンと優しく叩く。


 身内を失う痛みは、他人にはきっと解らない。

 思いの深さや大きさは、たとえ同じ経験をしていても同じ質量ではない。

 それでも、ロンバルさんはガンゼールに復讐するでもなく……今まで過ごしていたのに。


 きっと、俺の噂のせいだ。

 ミトカから俺を嘘つきだと言いふらしている奴が、ガンゼールだと聞いてしまった。

 まだ付与魔法師でないものすら、子供ですら奴は標的にする……と、感じたのだろう。

 自分の息子を死に至らしめた時の憎しみと怒りを……思い起こしてしまったのだろう。


 でも、ロンバルさんが直接あいつをどうにかしなくて良かった。

 あんな奴のために、誰ひとり罪人になんてなって欲しくない。


「あいつ、ガンゼールはこの先も、医師のままなんですか……?」

「それは……今、私が決める事ではないから、何とも言えない」

「魔法師組合は今後一切、あいつとは関わらないよ。擁護するなら、医師組合も覚悟したまえ」


「……解っていますよ。私だって個人的に、子供を身代わりにするような卑劣漢とは関わりたくありません」

「おそらく……あいつの身分証から『医師』は消えてるだろうよ」

「私もそう思いますね」

 身分証って、マイナス補正も有りなんだな……



 リシュリューさんとラドーレクさんが帰ったあと、俺はミアレッラさんにこってりとお説教をくらった。

 罰として、七日間の厨房の掃除。

 この程度で許してもらえて、ほっとしている。

 こんな危険な子供を置いておくわけにはいかないと、追い出されたって仕方ないのだ。


 なのに、ふたり共真っ先に俺の心配をしてくれる。

 本当にこの世界に来て最初に出会えたのが、ガイハックさんとミアレッラさんでよかった。


 俺はもう一度、正しい【文字魔法】の使い方を考えようと心に誓った。

 戦うためではなく、傷つけるためでもない使い方を。

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