第20話 情報を(ある程度)共有しておこう

 ガイハックさんがこんなことを言い出したのは、俺が寝ている間の来客のせいらしい。

 ガンゼールさん……?

 ああ、組合の受付で見た人か。

 医者だったのか。

 俺に無理矢理会おうとした理由が、防毒の【付与魔法】を掛けて欲しいから……という話だった。


 どうも状態維持系の【付与魔法】は魔力を多く使用するため、長期間の付与が難しいらしい。

 優れた魔法師でも半年から九ヶ月、普通なら二ヶ月から四ヶ月くらいまでということだ。


「でも、断った」

「なんで……?」

 まぁ、俺のためを思って……だろうな。


「ガンゼールは……元は悪いやつじゃあねぇんだが、ちょっと自分勝手が過ぎてよ」

 医者が自分勝手って怖い……

「親父さんは凄腕のいい医者なんだが、それがあいつには負担だったのかもしれねぇ……」


 偉大な父親を持つプレッシャーって奴か。

 解らなくはないけど。


「……贅沢な悩みですね」

「ははは、そうなんだけどな。あいつも頑張ってはいたんだよ」

 あの事件が起きるまでは……と、ガイハックさんが聞かせてくれた。


 独立して、自分でも医者として開業を始めた頃にあった事件のようだ。

 防毒の魔法を付与してもらったのに、角狼の毒が部屋に残留していた。

 その時に治療していた患者に、運悪くその毒が付着してしまったらしい。

 その患者は両足が動かなくなった……という話だ。


「アレはあいつが横着して、掃除をちゃんとやらなかったせいだ。器具にも毒が残っていた」

 医療事故って奴か。


「……もしかして、ガンゼールさんは、それを付与魔法師のせいにしたんですか?」

「そうだ。効かねぇ魔法で大金とりやがったって騒いでな」

 ひでぇ話……そっか、このことがあったから、ガイハックさんはいろいろ言ってくれたんだな。


 善意でやっても、仕事でやったとしても、失敗は発生する。

 わざとじゃなくても、その不運に当たってしまった人は恨めしく思うだろう。

 でも明らかに、すべき事をしていないなら別だ。


 事故の調査で、魔法師組合と医師組合とで部屋と器具の魔法の状態を確認したらしい。

 その結果、魔法に不備はなくその防毒効果を超える毒が残っていたことが判ったようだ。

 つまり、ガンゼールさんの衛生管理不十分って事だった。


「それ以降、この町の付与魔法師は、やつの依頼を受けなくなった」

「だから、別の町の魔法師に頼んでいたんですか」

「でも今年は、いつもより早く毒の患者が出そうだからな。頼んでいた魔法師がまだ来られねぇんだ」

 それで、事情を知らない俺に、魔法を使わせようとしたのか……


「断ってくださってありがとうございます」

「……家族なら当然だ」

 家族……?

「不思議そうな顔すんな! ひとつ屋根の下に暮らしてりゃ、家族なんだよ! 一時的でもな!」

「……はい!」

 じゃあ……家族には、俺のことも、ある程度知っておいてもらった方が良いな。



 で、話そうとしたら、一度ガイハックさんに制止された。

「それは、本当に話して大丈夫なことか? 秘密なんてもんは、一度でも口に出したら広まるぞ?」

「秘密……じゃないですけど、ガイハックさんがぺらぺら喋るとは思えないし」

「人なんて、知ってることをずっと確実に黙っていられるとは、限らねぇ生き物だぞ」


「ガイハックさんでも?」

「当たり前だ。いつでもちゃんと意識があって、脅されてねぇとは限らねぇって事だ」

 そうか……薬や暴力で無理矢理自白させられる可能性も、家族を盾に脅されることもあるかもしれない。


 そんな時まで、他人の秘密を話さないでいられる保証はない。

 俺だって、多分話しちゃうもんな。

 他人に自分の秘密を共有してもらおうなんて、虫のいい話ってことだ。


「大丈夫です。俺だって、そこまで話さないです」

「……おまえが大したことないと思ってることが、とんでもねぇ場合もあるんだけどな」

 う、それは否定できない。

 なにが『とんでもない』ってレベルなのかまだよく判っていないから、慎重にいこう。


「まず……俺は、まだ正確には【付与魔法】を使えないんです」

「は?」

「俺の故郷の物だって言ったあの欠片、えーと、これです」


「ああ、俺の傷口に当てたやつだな?」

「そうです。この道具で書くと魔法になるんですけど、この欠片以外には書けないんです」


 俺は手近にあった布に、万年筆で字を書いてみせる。

 当然、文字は滲んで読めない。


「ね? 他の物には、まだ書けないんですよ」

 嘘は言っていない。

 空中文字を使っていないだけだ。


「つまり……この欠片以外だと、魔法の効果は出ないってことか?」

「はい。未熟なもので……それで練習していて、昨日は魔力を使い過ぎちゃって」

 これも本当だしね。


「この欠片にかいたものも……えっと、仕方ないか。ちょっと借ります」

 近くにあったガイハックさんのナイフで、腕を浅く切る。

 いてぇな、やっぱ。


「ばかっ! 何を……!」

「大丈夫ですって。……ほらね」

 俺は欠片に文字を書き、傷を半分だけ治してみせた。

「……全部は、治っていないじゃねぇか」


「はい、必ず全部治るってもんでも、ないんです」

 まぁ『傷を半分だけ治す』って、書いたからなんだけどね。

 でも嘘じゃない。


「じゃあ、俺の怪我が全部治ったのは?」

「偶然です。偶々、あの時は上手くいっただけなんです」

 これも本当。

 あんなに治るなんて、思ってなかったんだから。


「それに、見て下さい。文字が薄くなってるでしょう?」

「本当だ……さっきまで青かったのに、色がなくなってやがる」

「こうなるともう、なんの効果もないんです」

 何度か傷に当てても、全く傷は治らない。

『一回のみ』って、回数制限を書いたからなんだけどね。


「一度だけしか、使えねぇってことなのか!」

「そうです。で、もう一度上から同じことを書いても……」

「……傷の治りが悪いな」

「効果は、ほぼなくなってしまうんです」


 これも上から同じようになぞっても、効果は低いって検証済の事実。

 綺麗な字で書かなかったんで、大した効果が出なかったってのもあるけどね。


「この欠片じゃねぇとダメで……効果は一定じゃなくて、しかも一度だけ、か」

「はい、まだ魔法を使えるようになったばかりですから」

 三日前からね!


「はははははっ! そうか! こりゃ、俺が先走っちまったなぁ」

「いえ、ちゃんと言わなかったんで、俺も」

「そうだよなーぁ、おまえ、まだ子供だもんな! 魔法だって、そこまで使えねぇよなぁ!」


 ……オトナですが、ここは未成年免罪符を利用しよう!

 できないのは子供だからって事で、他をスルーしていただこう!


 ガイハックさんは、明らかに安心したような顔になった。

 なら、俺のプライドなんて、どーでもいいや。

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