カリグラファーの美文字異世界生活 〜コレクションと文字魔法で日常生活無双?〜
磯風
第一章 異世界生活事始め
第1話 なんでここにいるんだろう
おかしい。
なんでこんな所にいるんだ?
俺は確かに自分の部屋にいた。
駅の売店で大好きなK軒の弁当を買って、お茶を入れようとしたんだ。
そうしたら、突然足下が崩れて……ここにいた。
俺、
なんてったって、待ちに待っていたS社和色シリーズの新色インクが出たからだ。
俺はインクとインク瓶、そして万年筆が大好きで、ずっと集めている。
カリグラファーになりたくて。
小学校三年の時に、動画でカリグラフィーを初めて見た。
衝撃的な美しさだった。
手書きで、しかも下書きナシの一発書きで、あんなに綺麗な文字が書けるなんて!
それからは、カリグラフィーの虜だった。
およそ子供らしい遊びとか、ゲームとかを全然やらなくなった。
万年筆はまだ買えなかったし、カリグラフィーペンなんて親に言っても買ってはくれなかった。
だから蛍光ペンとか、ペン先が平らなマーカーとかで練習していた。
お小遣いを貯金して、毎月一瓶か二瓶のインクを買うのが楽しみだった。
そうして、コレクションの楽しみを覚えた。
コレクションは増え続けた。
インクは勿論、いろんなサイズや紙質のノート、ばら売りの紙も買っていた。
ペンやマーカー類も、色々な種類のものでカリグラフィーを楽しんだ。
沢山の文字が書きたくて、色々な国の辞書も少しずつ増えていった。
中学に入って、やっと初めての万年筆を手に入れた。
親が、入学祝いにと買ってくれたのだ。
嬉しくて、嬉しくて、胸に抱いて寝たほどだ。
でも、それが両親からの最後のプレゼントになった。
酔っぱらい運転の車が、信号待ちをしていたうちの車に突っ込んできたのだ。
運転席と助手席にいた両親は亡くなり、俺だけが生き残った。
それからは、父方の祖父母と一緒に暮らし始めた。
ふたり共優しくて、俺は特に不満などなかった。
祖父は書道家で、俺が文字を書くのが好きだというと喜んでくれたが書道でないことを残念がっていた。
引き取ってくれた祖父に悲しげな顔をされてしまったのが心苦しくて、書道を始めたりした。
でもやっぱり、俺はカリグラフィーが好きだったんだ。
きちんと、整然と、隙間を極力空けずに均等に書く技術や文字の美しさは書道の美しさとは違う。
だが、俺の実力では……カリグラフィーだけでは食えない。
余程のデザインセンスがあったり、美大卒とかで他の技術もあれば何とかなるのかもしれない。
でも、検定に合格はしたが、カルチャースクールの講師にギリギリなれたくらいだ。
フリーでなんて、仕事は殆どない。
しかし、書道には今も助けられている。
書道は祖父の指導もあって、かなり上の段位まで取れた。
だから、二十三歳の時になんとか書道教室の講師になることができた。
やっぱり、指導してくれるプロがいるのといないのでは違うのだろう。
それでも『文字を書く』という仕事で、二十七歳で独立できた。
祖父母が亡くなった後もひとり暮らしをしながら、コレクションを増やしていった。
寂しさや孤独を埋めてくれていたのも、このコレクション達だ。
なのに。
こんな、森の中に。
俺は、なんでここにいるんだろう……?
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