第31話 飛躍

【ここまでのあらすじ:洸一は医療機器メーカーの開発部に勤める35歳。某国スポンサーの再生人間プロジェクトで洸一から複製された人間である陽一は、身体のみならず記憶も人格も洸一の複製。2022年8月下旬から共に練馬区に同居し、互いに高め合っていく。きょうは二人が日課にしているランニングで10月にフルマラソン3時間切りを目標にしたレースだ】


2022年12月17日 土曜日


きょうは洸一と陽一が目標にしてきたフルマラソンのレースの日だ。


コースは自宅から行きやすい埼玉県の荒川沿いを走る。スタート地点は武蔵野線の西浦和駅から歩いて15分ほど。送迎バスも出ているが、身体を目覚めさせるにはちょうどよい距離なので、二人は着替えや補給ドリンク等を持って朝7時にマンションを出た。


うすぐもり、気温8度。風はほとんどない。フルマラソンにはうってつけの天候だ。


スタート時刻は9:00だが、7:30前に最寄駅に着いてしまったので、冷えや動き過ぎに注意しつつ、ウォーキングやストレッチしながらスタート時刻を待つ。


数年前からのランニングブームで、どの大会も募集開始から即日定員になる人気ぶりなのはこの大会も例外ではない。学生からシニアまで軽く数千人はいようかという盛況だ。


8:50。スタートまで10分。洸一と陽一は指定されたブロックに移動する。二人は先頭から150mほど後ろのCブロックだ。タイムはネットで計測するので、この距離は問題にはならない。むしろ先頭はベストタイム2時間10分台も含むエリートランナーだし、スタート直後彼らはいい位置を確保すべくかなりのペースで走るので、つられてオーバーペースになってもいけない。ちょうどいい位置だ。


陽一と洸一は並走できる限り1㎞毎に互いにペースを確認することにしている。二人の走力はほとんど同じだし、コンディションも見事な位いつも一緒なので、レースではお互いがゴーストレーサー的に少しだけレースペースを上回る形で引っ張り合うことで、サブスリーを余裕で達成するプランだ。


1㎞地点。陽一はウォッチでペースを確認した。最初の1㎞は4分15秒。ちょうどサブスリーのペースだ。実際のレースで重要なのはオーバーペースを避けること。貯金しようと思って速く入り過ぎると後半がくっと落ちる。素人にありがちなミスだが、二人は上々のスタートを切った。


二人はずっとぴったり並走しているが、言葉は交わさない。そんな必要はない。調子の良し悪しもメンタルも顔を見ることすらしなくてもわかるようになっていた。二人ともトップコンディションだ。むしろスローペースかもしれない。


10㎞は43分30秒。サブスリーを達成できるペースだが、二人はお互いの調子を把握し、ギアを切り替えた。


20㎞は1時間24分20秒。サブスリー達成には1時間26分前後でいけばいいので、かなりいいペースだが、まだ二人には余裕があった。二人同時に一段ギアを上げる。


30㎞は2時間3分ちょうど。既に二人はキロ4分を切るペースで走っているが、スタミナも十分、むしろ適度にウォームアップでき、30㎞の壁などまったく問題ない。しかしここは攻めることなく、ペースは自然にまかせることにした。コースの若干のアップダウンが急に負担になることもある。


40㎞は2時間41分45秒。これは!と二人は思った。サブスリーどころかサブエガもいけるじゃないか。あと2.195㎞。スパートかければいける。


ゴール。ネットで2時間49分53秒。ぎりぎりだがサブエガいけた。2ヶ月前にはとても考えられないタイムだ。


心地よい疲労感の中、陽光に輝く川面をみつめながら、二人はこの2か月間で自分たちが飛躍したことを実感していた。


(つづく)

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