第22話 祭典
2022年10月9日 日曜日
きのうとは打って変わって雨がぱらつく日曜日。
そんな天候だが、きょうの二人には好都合だ。
洸一は母親の影響で、物心つく前からクラシック音楽に囲まれていた。
中学生の頃、テレビのクラシック番組で見たバレエ、春の祭典に衝撃を受け、それ以来春の祭典は洸一にとって最高の楽曲の一つだ。
バレエの舞踊団はロシアではなくアメリカだったようにも思うがあまり印象に残らなかったのか記憶にない。とにかく音楽が強烈だったのだ。
春の祭典の作曲者であるロシア出身のストラヴィンスキーは、バレエ音楽として作曲を依頼されたのだが、そのテーマは原始宗教において人々が神に生贄(いけにえ)を捧げたり大地を礼賛する踊りを踊ったりするシーンを表現している。
当時(というかストラヴィンスキーの存在自体がそうなのだが)極めて画期的であるどころか、110年近くも前の1913年に初演されたとは思えない、斬新かつ精緻に作り込まれた作品で、洸一も(したがって陽一も)もう数百回は聴いている音楽だが、聴くたびに新しい発見がある。
何より、ライブでオーケストラで聴くと、聴衆が指揮者の魔術にかかり興奮の坩堝(るつぼ)に飲み込まれる、かけがえのない体験でもある。
演奏が困難な作品なので演奏できるオーケストラーも限られ、あまり頻繁に演奏されるものではないだけに、今日の演奏は半年前の発売開始日にチケットを購入してからずっと楽しみにしていた。
チケットを買った時は陽一はいなかったので一枚しか買っていなかったのだが、3ヶ月前に並んだ席での追加購入を申し込んだら幸運にも連番で予約できた。
13:30、上野の東京文化会館に到着した。開演まであと30分。
「すごい人だね。さすがマエストロ高田人気だね」
陽一は初めてコンサートというものに来るのだが、洸一の記憶を受け継いでいるので場慣れているし、名指揮者の高田さんの演奏もさんざん聴いている。
「そうだ。思いついた。二人でピアノで弾いてみない?もうしばらくピアノから離れているけど、おたがいこの曲好きだし、ピアノ再開してみない?」
「おー!超難曲だけど弾けたらすごいな!でもピアノないじゃん」
「買えばいいじゃん。デジタルピアノ2台ぐらい置けるじゃん」
洸一と陽一のマンションは都心に近いがリビングは24畳と広い。サラリーマンの給料で払える家賃ではないのだが、家賃はプロジェクトが払ってくれているので問題ない。
「確かに。じゃあコンサート終わったら楽器屋寄って選ぼう」
クラシック音楽の世界でも、スポーツの世界ほどではないが双子でプロとして活躍している演奏家はいる。特にピアノは兄弟や姉妹がおそろしく息の合った演奏をする(双子でなくても息が合わなければプロ失格なのだが)。
双子以上に通じ合っている二人が腕を磨いてコラボしたらどうなるのだろうか。高知は高校まではプロのピアニストについてかなり真剣に練習をしていたので基礎はできているが、社会人になってからほとんど弾いていない。昔弾けた曲も弾けなくなっているだろうし。
「二人で練習すれば思い出すよ。すぐに」
陽一は洸一の頭の中を読んだかのようにそう言った。きっとおなじことを考えていたのだろう。
「そだねー。あっそろそろ開演5分前だ。席につこう」
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