第8話 悪夢

2022年8月31日 水曜日


その夜洸一は夢をみた。


モスクワのシェレメチェボ空港にいた。

トランジットのためだが、財布もパスポートもない。身分を証明するものもクレジットカードもない。

空港職員にそう伝えるのだがまったく取り合ってもらえない。


今はそんなことはないのだが、表記も何もかもキリル文字でほとんどわからない。


そんなことをしているうちに搭乗時刻を過ぎてしまう。


異国の地で絶望の淵に立たされ途方に暮れる。


というところで目が覚めた。


動悸をおぼえながら目を開けたら薄暮の中陽一が心配そうに見つめている。


「またうなされてたみたいだね。もう大丈夫だよ」


陽一にはなにも説明する必要もない。おそらく同じような夢を見るのだろう。


ひとりだった頃は、そんな夢をみると動悸がおさまるのに1時間もかかり、その日はなんだか鬱な一日になってしまう。


夢は眠っている間に脳が不要な情報を処理することのあらわれだという。睡眠中も脳は完全に休んでいるわけではない。そう自分に説明しても、明晰な夢はそれから醒めてもしばらくは現実との区別がつかず、暗い気分が続く。


だがいまは違う。陽一のひとことで、きっぱりと夢は夢として片づけることができる。


やがてこんな夢を見なくなるといいな。洸一はひとつ光明を見出した気がした。

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