7話 歯車が動き出す(4)


 ────地下鉄にて



「ええと……僕はこれから何処に連れて行かれる訳で?」


 三春は唐突な出来事に動揺を隠せないのか、言葉が少し曇っている。

 そんな三春に対して少女は壁に背中を預けてスマホを見ながら言葉を返す。


「さっぽろ駅に行ってお別れよ。あんた、あのままあそこに居たら痛い目にあってたと思うから連れてきただけ。この後は自分で頑張りなさい」


「いや、なんで僕が!?僕何かしたかな?」


 三春本人は『リバース』に狙われる対象になった事など知る由も無い為、少女の言葉を聞いても疑問が深まる一方であった。

 そんな三春に少女はスマホから一旦目を離し、このまま何も知らせずに解散するのも彼が危険に陥る事になるかもしれないと思い、少し詳しい説明を始めた。


「あれは『リバース』のメンバーよ。あんたも聞いた事ない?」


「ごめん……詳しくはわからないけどもしかしてすすきので暴れてるっていう組織?」


 久志ひさし杏梨あんりとの会話で何度か出てきた組織の事かと三春は思い、半々半疑で真偽を確かめるべく言葉を返す。

 するとそれは正解だったようで少女はこくりと頷いた。


「それで、私の実家の人達がその『リバース』と抗争してるのよ。その関係で私が追われてた訳」


「抗争!?もしかして君の実家も組織的な……」


「まあ、古い組織よ。今のメンバーも殆ど身内だけだしね。昔から札幌に現れては度を超えた騒ぎを起こす奴らをらしめるみたいな、市民からは感謝される組織だったのよ」


 少女は壁しか映らない窓に目線を置きながら淡々と説明を続けていく。


「だから今回もすすきので暴れる変な組織の成敗に向かったんだけど……思ったより相手が手強くて手を焼いてるのよ」


 少女の説明がいかにぶっ飛んだものなのか三春は疑問に思っていたが、先程までの久志の街の説明といいこの街は自分の常識が通じる街ではないと思い始め、特に今疑問に思っている事も口に出して質問はしなかった。

 段々と三春はこの街の異常さに感覚が麻痺していってるのかも知れない。


「それで様子を見に行ったらそのメンバーに私が見つかって追いかけ回されてたの。私はその組織のボスの子供だから顔が割れてたみたい。顔が割れるぐらい調べられてるってことは相手も相当私達のこと嫌ってるみたいね」


 少女はうんざりとしたため息を吐きながら話をホームの時点に戻す。


「その逃げてる途中であなたとバッタリぶつかった訳。そしたら遠くからあなたに対して『あれは関係者か』的な事言ってたから無理矢理乗せたのよ。あいつら敵には容赦ないから置いていくのは可哀想と思って」


 ここまで話を聞いた三春の顔は気付けば青くなっていた。

 三春は今の会話で信じたくない事に気付いてしまったのである。


「つまり……僕は今その危険な組織から狙われてると……?」


「そうなるわね」


 淡白に答えられた回答は三春の心を不安のどん底に叩き落とし、三春はその場に膝から崩れ落ちそうになった。

 引っ越して来て初日でこの仕打ちはあまりに酷いでは無いかと三春は心の中で静かに泣いた。

 意気揚々としていたテンションが気付けばマリアナ海溝並みの深さまで落ちている。

 三春は少女に負けない程の深い深いため息を吐いた。


「さっぽろ駅に行ってどうするつもりなの?」


 そんなどんよりした気持ちを一先ず心の隅に収めて三春は少女にこれからどうするのかを聞いた。

 しかし少女は先程と変わらない返答をする。


「だからさっぽろ駅に行けばその時点で解散よ。これに乗った理由も逃げる為だもの。後は勝手にもがきなさい」


「そんなぁ……」


 三春は引っ越して都会デビューした初日ですぐに生活が危機に晒される事を嘆くと同時にこの抗争に無理矢理巻き込まれる事への不満を込めて残念な言葉を吐くが、少女は言葉の強さを弱めず三春に対して言葉を投げる。


「この街の住民でしょ?ならこんなイレギュラー慣れなさいよ」


 ────久志くんもそんな事言ってたなあ……


 三春は今の少女の言葉を聞きふと久志の言葉を思い出した。

『この街に足を踏み入れた以上、普通に留まる事なんてこの街が許さない』

 この街ではこんな事が日常茶飯事なのだろうか。

 だとしたらこんな街とっくに廃れていてもおかしくないのではないか?と三春は不意に考えを巡らせてその事を少女に質問した。


「その……僕は今日初めてこの街に来たんだ。それで街を案内してくれてた友達も今の君と同じような事を言ってたんだけどこの街ってこんな事が日常茶飯事なの?」


 三春の質問に少女は特に考える素振りも見せずに間髪入れずに答えた。


「『リバース』に関しては少し度が過ぎてるから稀よ。あんな無差別暴力集団はいないわ。でもそうね、組織やらギャングやらは表では成りを潜めてるだけで裏では普通に沢山居るわ。私の実家がその組織の一つだし」


 三春はこれまでの久志や杏梨の話を聞いてやっぱり存在するのか……と思いながら少女の言葉に耳を傾け続ける。


「この街に住んだりする人間は基本的に頭のネジが外れてるのよ。原理はよくわからないけど危険な事を面白がる人が多いの。非日常も慣れてしまえば日常って訳なのかしらね」


 少女はそういうとスマホを取り出し、指をスライドさせてネットニュース掲示板を開いた。


「ここに載ってる犯罪一覧は半分が札幌、特に街中で起きたものよ。日本で今現在最も犯罪数が多い街、札幌。これは有名な話ね。でも不思議な事に住民の満足度は犯罪数に全く影響を受けずに常に全国の市の中でも上位。さっきも言ったけどこの街の人間は狂うのよ」


「なんでそんな……こんな所に好んで住んでたら命がいくつあっても足りないかも」


 三春はウキウキで都会デビューを果たした初日だというのに気づけば札幌から一旦距離を置いて実家に帰省したいと思い始めていた。無論そんなことは親からどやされるし大学の講義にも参加できないので無理な話なのだが。


「でもこの街には人が住む。街中には人が集まる。そして気付けば誰もが主人公になる街なんて言われ始めた。誰しも必ず一度はイレギュラーに巻き込まれるからね。でもそんなことは蒙昧もうまいよ」


「どういうこと?」


「この街でイレギュラーに喰われて逃げ出した人、恐れを抱いた人は空気に変わるって言われてるの。誰からも認知されず、ただ死ぬまで回り続ける社会の歯車に成り下がるって言われてるわ。なんでかは知らないけど心が折れた人は二度と生きた顔を見せないのよ」


 少女の言葉に三春はまたもや久志の言葉を思い出していた。

『モブはこの街の空気に喰われて正真正銘ただの空気に成り下がる。そういう街なんだよこの札幌は』

 この言葉が住む人にとっては共通認識のようなものなのだろうかと疑問に思いながら少女の話の続きを聞く。


「この街は大きな怪物の胃袋よ。街で用済みとなった人間から養分を吸い取られて生きた心地がしなくなる。恐ろしい街ね」


 少しオーバーな比喩表現だが三春はそんな説明をすんなりと受け入れる事ができた。

 田舎育ちの三春にとってこの街は常に想像を超えることばかりが起きていた為であろうか。

 そんな話に三春は少し怯えながら言葉を返す。


「じゃあ、この街で君達の言う『空気』に成り下がらない為には……」


「心を折らずにイレギュラーに順応していくしか無いわね」


 三春の言葉にすぐさま少女は答えを提示する。

 そうこうしているうちに地下鉄はさっぽろ駅に無事到着を果たし、二人は降りる人の波に混ざってホームに足を下ろした。

 少女は降りるならすぐにスマホの電波が復旧したので誰かにメッセージを送っている。

 そんな少女を見て三春の心は揺れ動く────


 ────このまま帰るなんて危険すぎるよ!


 ──── でもお金なんて持ってないし夜を越せない……


 ────それにこんな異常が普通扱いされてる街の夜なんて何が起こるかわからないしさっきの組織に見つかるかもだし……


「じゃあ、私は上に向かいが来るから行くわ。気をつけてね」


 少女はそんな三春の心境など知る由もなくその場を去ろうとするが────


「待ってよ!」


 三春が少女の事を言葉だけで引き止めた。側から見ればこれから告白でもするのかというぐらい三春の頬には汗が滴っているが、本人にそんな気はさらさら無い。


「何?まだ何か聞きたいことでもあるの?」


 少女はそんな三春を見て一応質問をするが三春は固まっている。

 何故三春が少女を引き留めたのか。それは実に簡単で情けない理由であった。

 怖いからである。

 この先安全が保証されない以上、一人になるのは実に心苦しい。

 だからこそ三春は孤独を怖がった。

 学校で一人になるのは慣れている。同級生の人数が少ないうえに自分の内気な性格が混じって気付けばボッチの仲間入りを果たしていたのだ。

 それによって特段三春は孤独を恐れていない。悲しいとは思うが頭を抱えるほどの苦では無いと思っていた。

 何なら最も苦痛なのは内気な性格を変えられない自分である。

 しかし今回に限っては話が別である。

 孤立すれば殺される────こんな事を恐れない筈がない。

 したがって三春は心底、今の状況を恐れて思わず一人置いていってしまう少女を何の言葉も考えず引き留めたのであった。


「ええと……何もないなら行くけど?」


 少女は質問をしても無言な三春にめんどくさそうな目線を送りながら念のため再度言葉をかける。


 ────どうしようどうしよう。


 三春の頭はこれでもかという程思考を巡らせる。

 純粋に「一人は怖いので連れて行って下さい」といえばどれだけ楽なのだろうか。しかしそれは恥ずかしいうえに一応男である三春のプライドが許さなかった。

 相手は服装的に高校生である。年下の、しかも異性に一人が怖いので助けて下さいはこの上なくダサいだろう。

 故に三春は考える、考える、考える────


「それじゃ、行くから」


 そうこうしているうちに少女は地上に出る為に階段を登り始めてしまった。

 喉元まで言葉がでかけるがそれが果たしてベストなのかと自分を疑ってしまい結局三春は言葉を発せない。


 ────とにかく何か言わないと!!!


 急かされると人間の思考力は著しく低下すると言われているが三春はまさに今この状態であった。

 遂に三春から苦し紛れに放たれた言葉は実に危険なものでありとんでもない言葉であった。


「『リバース』なんて組織、この際返り討ちにしちゃおうよ!」


「は!?」


 勢いで言い終えた時、三春は心底泣きそうな気持ちになったが、こんな大衆の面前で泣いてたまるかとその涙をグッと押し殺した。


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