2話 この街のこと(2)


「あっ!やっぱり久志ひさしくんだ〜!」


 三春みはると久志が道の真ん中で謎のやり取りを続ける中、そんな二人の間に無理矢理入り込む様な声が大通りに木霊した。

 久志はすぐにその声に気付いて同時に笑みを浮かべて三春に言葉を呟く。


「いいタイミングだな、三春。今から会う人はこの街の中心に限りなく近い人だぞ」


「え?」


 久志の言葉の意味がわからず三春は思わず呆けた声を上げ、お偉いさんでも来るのかと思ったのか心なしかそわそわし出した。

 久志の視線の先を見つめていると人の波を掻き分けて一人の女性が顔を覗かせた。

 女性はシックな灰色の見方によっては薄ピンクとも取れるスカートに軽いジャケットを羽織った服を身に纏った顔が整った美人に部類されるであろう人物であった。

 いかにも都会の空気に慣れているといった感じのファッションに思わず三春は感嘆の声を小さく上げるが同時に疑問の声も上げた。


「ギター?」


 女性は右手にギターケースを持っていったのである。

 四角い革製ケースなどでは無く、形がいかにもギターという感じのギター型ソフトケースに入れられていた為、三春にもすぐにその手に握られているものがギターだという事がわかった。

 そんな三春につかさず久志が小声でフォローを入れる。


杏梨あんりさんって言ってな。プロギタリストなんだ」


「プッ……プロ!?」


 さりげなく放たれた言葉に三春は一気に目の前の女性に緊張を露わにした。

 そんな三春を杏梨は最初は不思議そうに見つめたが、やがて咳を切ったように笑い出した。


「何でそんなに緊張してるの!うける!私はそんな大物じゃないよ」


「えっ……あっ……いや!」


「杏梨さんは普通にプロギタリストでしょ」


 三春が完全に固まった事によりつかさず久志が会話を発展させる為に再びフォローを入れた。


「俺なんてもう毎日杏梨さんが入ってるバンドの曲ヘビロテしてますよ!」


「大袈裟だなあ」


「全国ツアー控えているバンドのボーカルさんが何言ってるんすか!」


 二人の空気に全く入れず三春は思わず固まってしまっていた。

 彼は所謂いわゆるコミュ症に部類される人間なので初対面の人間とは基本的に話せない。

 久志のようにガツガツ来てくれれば話は別なのだが……

 今回に限っては相手がまさかのプロアーティストらしく、聞くところによると全国ツアーで日本を渡り歩くレベルのバンドらしいので三春の緊張は最高潮に達していた。


 そんな三春を気遣ってなのか杏梨は逆に三春の事を質問をした。


「彼は?ここじゃ見た事ない顔だね」


「あぁ……今日この街の近くに引っ越してきたんですよ。確か家は……中島公園側だっけ?」


 久志は三春の肩に手を置いて口が回らない三春の代わりにどんどん他人の紹介をして行く。


「へぇー!じゃあ都会デビューってやつ?」


「そっすね!それで俺が今まさに街を案内してる途中です。大通りの紹介は終わったからこれからさっぽろ駅に向かう予定です」


「いいなぁー!私もたまにはゆっくり街を歩きたいんだけど仕事が詰め詰めだからなあ」


「仕事ってのですか?」


 久志の質問に杏梨は僅かに顔に困った表情を浮かべて久志にだけ聞こえる様な声で質問に答えた。


「例の『すすきの』のね……修哉しゅうや君がちょっと調べたい事あるらしくて」


 二人の不思議な会話に三春は困惑を露わにするが、そんな三春を他所よそに二人は二人にしかわからない会話を続けていく。


「修哉さん……!出所したんすね!」


「はい!?出所!?」


 久志からとんでもない言葉が聞こえ、三春はすぐにツッコミを入れる。


「ああ、上林かんばやし 修哉さんって人が居てだな。杏梨さんのバンドの搬送役?なんていうのかなあ」


「搬送役って!私達は患者か!」


 久志の説明に笑いながら杏梨はツッコミを入れて代わりに杏梨が説明を始めた。


「うちのバンドはそんなにお金ないし飛行機なんていう贅沢な物は使えないからねえ。だから基本的に車移動で全国を回るんだけど、その車を運転してもらってる人なんだ」


「その人が何で務所に!?」


「んー、正義感が強いんだよね。悪い人じゃないよ!でも正義感が強すぎてたまに空回っちゃって」


 杏梨は人差し指を頬に置いて何処か上の空を見上げながら修哉と呼ばれている人物の説明を続ける。


「だからこの前この街で暴れてた自称ギャングを一人で潰しちゃったんだよね。それが原因で警察に捕まっちゃって」


「ギャング?え?一人で潰す……?」


 怒涛どとうの情報量に三春は再び固まり、頭の中にはてなが渦巻く。

 田舎でコンビニにたむろする自称ヤンキーは沢山見て来た三春だが修哉はそれを一人で壊滅したという。

 となればそれは最早ヤンキー以上に怖い人物であると容易に想像できる。

 どれだけ強面で筋肉質な人なのだろうと勝手に思い込み、想像を膨らませては身を震わせている。

 そんな三春に次は久志が説明を始めた。


「修哉さんは名前に『修』って入ってるだけあって一部からは街の守り屋、もしくは修理屋なんて言われてるんだぜ。頭も切れるし力もある。そして優しい!飯を奢ってくれる!最高の人だぜ!」


 久志の説明にますます三春の中の修哉という人物像があやふやでぼやけた存在になっていく。


 ────都会には色んな人が沢山いるんだなあ……


 そんな事を思っていると三人の間に割り込むようにさらに声が介入をしてきた。


「おい杏梨。急に車から飛び降りてどこに向かったと思えばこんな所で何してんだ」


 透き通る様な爽やかな声がスッと間に入り込み思わず三人はその声がした方に視線を向ける。


「修哉〜!」


「修哉さん!お久っす!」


 三春以外の二人がその男に先程話していた人物の名前を当てはめて呼ぶ事により、三春はすぐにその男が上林 修哉であること理解した。


 細いのにどこか引き締まった印象を受ける体つき。

 凛とした表情。

 低音寄りの優しい声。

 好青年を思わせるファッションと整えられた髪型。


 男らしさがここまで滲み出ている人物が他にいるのかと思うレベルで三春は修哉に目を奪われた。


「あっ、あの……はじめまして」


 思わず頭を下げる形で挨拶をした三春に修哉は不思議な顔を浮かべながら言葉を返す。


「見ない顔だな。この街に引っ越してきたのか?というか頭を上げてくれ恥ずかしい」


「はっ、はい。東堂 三春と言います」


「そうか。三春、この街は楽しいぞ。久志と一緒ってことは学生だろ?思う存分今の時間を楽しめよ」


 修哉は軽く三春の肩を叩いた後、杏梨の方を向いて最初の言葉の続きを口にする。


「ほら杏梨行くぞ。この時間帯から段々と『すすきの』で例の奴らが暴れ始めるらしいんだ」


「おっけーよ。それじゃあ久志君と三春君、また会おう!」


 そう言うと修哉と杏梨は人混みの中に消えてしまった。

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