prologue - 謎の美少女は歯車となる為に街に踏み込む


 ────ハァ……ハァ……


 すすきの駅の地下にて、一人の少女が息を切らしながら壁にもたれかかっている。

 すれ違う人々は、その姿をマジマジと見るが声をかける事はない。この街でこんな事はなのだから。

 しかし今回は訳が違う。違う理由で人々はその少女に視線を集めていた。

 少女は何処かの高校の制服を纏い、腰まで伸びる長い髪を棚引かせていたのだ。

 札幌の中でも魔境と呼ばれる『すすきの』で、誰かが何かに追われる事は特段珍しくはない。

 借金取りに追われる中年親父、不倫がバレて女の怒りを買った屑男、男をもてあそんでいた妲己の様な女、その他諸々……大抵は自業自得が原因である。

 しかし、今回は訳が違った。

 まるでアイドルの様に整った容姿端麗ようしたんれいの女子高生であった為、何かの撮影なのでは?と人々は思ったのだ。


 少女は携帯のカメラ越しの視線の中を掻き分け、自分をは居ないかと目を凝らす。

 取り敢えず辺りに追手の様な者は居なかったのか、少女は安堵の息を漏らし、その場に思わずへたり込んだ。

 すると騒ぎを耳にして駆けつけた駅員が、少女に駆け寄り声をかける。


「大丈夫ですか?何かあったんですか?」


 そんな心配する言葉に少女は、愛想の良い笑みを含みながら駅員に言葉を返す。


「大丈夫です。ちょっと友達と喧嘩になっちゃって……」


 友達と喧嘩した結果、駅内を駆け巡るなどあり得ない為、すぐに駅員はそれが嘘だと分かったが、何か言えない事情があるのかもと思い、取り敢えずの提案を投げた。


「その……落ち着くまで我々の休憩室で休みますか?汗も凄いですし、お茶も出しますよ」


「良いんですか?ありがとうございます」


 少女はその提案に追っ手から身を隠すには駅員の休憩室は中々に良い場所だと思い、すぐに駅員の行為に甘える事にした。

 周りの人々はそのやり取りを聞いて、ガッカリした様な表情を顔に貼り付けながら、まばらに散らばっていく。

 そんな人の波の合間を縫う様に駅員と少女は歩き出し、休憩室へと向かい始めた。


 休憩室に入ると他に駅員の姿は見当たらず、時計の音、そして時折地下鉄が走った事により作られる振動のみが響く、静かな部屋であった。

 ここなら休息が取れると思い、少女はすぐに休憩室のソファに腰を下ろした。

 そんな少女を横目に駅員は、休憩室の棚から袋に詰められた茶パックを取り出しコップに注ぎ、ポットからはお湯を、そして少しの冷水を足して簡易的な緩いお茶を少女に提供した。


「こんなものしか出せなくて申し訳ないね」


「いいえ、ありがとうございます」


 少女は提供された茶に対して感謝を告げた後、おもむろにそのお茶を口に運んだ。

 そんな少女の目の前に置かれている椅子に駅員は腰を下ろし、再度会話を始める。


「なんであんなことになってたのか、一応聞かせてもらえるかい?一応業務的なアレで聞いておかないといけなくて」


 駅員は先程の少女の説明が大凡おおよそ嘘だとわかっていたので、再度同じ質問をした。

 少女は駅員の業務に聴取も含まれているのかと少し疑問に思ったが、助けてもらった以上あんな嘘で済ますのは申し訳ないと思い、真実の一部を語った。


「少し抗争に巻き込まれちゃって……それでその抗争から逃げる為に走ってたんです」


「抗争?」


「最近すすきので話題に上がってるじゃないですか、一人の魔術師を中心に結成されたっていう組織」


「ああ……確か組織名は『リバース』だったかな。テレビでも少し噂になってるね」


 『リバース』

 最近突如すすきのに現れ、無差別に人を襲う謎の集団である。その特徴として、組織員は全員腕に刺青の様な青い鳥のマークを刻んでおり、最近は遂に殺人未遂の事件まで起こし、ちまたでは度々噂となっている。

 そんな組織の名前が何故上がったのかと、駅員は疑問に思い質問を重ねていく。


「なんで君がそんな組織との抗争に?」


「あまり詳しい事は語れないんです!ただまぁ……とにかく巻き込まれたんです」


 本当に詳しくは語れないのか、少女は説明の途中に駅員から目線を床にらした為、駅員はこれ以上聞き出すのは無理だろうと察したのか、それ以上の質問はせずにメモ帳にペンを走らせ始めた。


「まあ、語りたく無い事は人それぞれ沢山あるよね。とりあえずは最近噂になっている組織に追われてたって事にしておくよ」


「ありがとうございます……」


 会話が終わると部屋にはただただむなしい静寂せいじゃくが部屋を包み込んだ。

 ペンを走らせる音、お茶を飲む音、時計の音、そして時々響く地下鉄の音がやけに部屋に残響する。

 そんな沈黙を破る様に駅員が、再度事情聴取とは関係ない個人的な質問をした。


「『リバース』って組織名さ、どう思う?」


「はい?」


 唐突な振りに思わず少女はいぶかしむ様な表情と共に、言葉を聞き返してしまった。

 そんな少女を他所よそに駅員はメモ帳にペンを走らせながら言葉を続けていく。


「『リバース』の意味は直訳で『再生』を意味してるんだけど君はなんの再生だと思う?」


「ええと……」


「噂では組織の長、の魔術師ライム・ノルウェーツの復活らしいんだけど」


 少女の解答を待たずしてすぐに言葉を続ける駅員に、少女は妙な不信感を抱いたのか、ソファーから立ち上がり駅員と僅かな距離を取る。


「ライム様は必ずこの街『すすきの』に現れる。予言の日は4月7日。君の────さかい家には邪魔をされる訳には行かないんだよね」


 少女は自身の苗字を急に呼ばれた事に対して咄嗟の恐怖を覚え、さらに駅員と距離を取る。

 そんな少女に対して駅員は、逆に近寄りながら言葉を続けていく。


「君、巻き込まれたと言っていたが君がこの抗争の主犯格だろ。君の写真を見た事がある。確か堺家当主の御令嬢だったな」


 駅員は近付きながら白い手袋を脱ぎ捨て、狂気をはらんだ目を少女に向けて、さらに歩み寄る。


「その腕……!」


 手袋を脱ぎ捨て、露わになった素肌には青色の鳥が刺青の様に描かれており、少女は駅員に対して思わず嫌悪の表情を浮かべた。


「その表情……やっぱり『リバース僕達』の事をよく思ってないんだ。良くないなあ、ライム様に失礼だと思わないのか?」


「他人の命を消すことになんの躊躇ためらいも持たない、貴方達の顔の見えないボスなんて嫌悪されても仕方ないわよ」


「そんな思想を持ってるなんて……君は選ばれなかった人間なんだなあ。でもやっぱり俺は選ばれた人間だったんだ!」


 声色を明らかに強めて、駅員は少女に手を伸ばす。

 壁際に少女は追い込まれ、いよいよ逃げ場は無くなっていた。


「抗争相手のお偉いさんを殺して俺はライム様に認められるって訳だぁ!」


 そうして、駅員の手が少女の首元に伸ばされようとした時────


「ふガッ!?」


 駅員は聞くに耐えない情けない声と共に、その場に膝から崩れ落ちた。

 駅員が倒れる直前、少女は思い切り脚を振り上げて相手の股へとその足を運んでいたのだ。

 そして、見事に男の急所に足はクリティカルヒットした。


「グッ……グソごぁ!」


 少女は声にならない声を必死にあげる駅員をまるでゴミを見るような目で睨んだ後、すぐに休憩室の扉を開けて外へ向かう。


 ────とにかくこの街から離れないと!


 しかし扉から出た瞬間、駅員が最後の力を振り絞る様に高らかと声を張り上げ、すすきの駅にその声を木霊こだまさせた。


「この娘が堺家の令嬢だ!!!!!!『リバース』はすぐに集まれ!」


「なぁ!?」


 少女はしまったという顔をした後に直ぐに地下鉄へ駆け出した。

 直ぐに『すすきの』を出る為にひたすらに、ひたすらに。

 この後の地下鉄で運命を変える出会いがある事など知る由もなく────ひたすらに、ひたすらに。


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