売店の栗原さん
椎那渉
第1話 日誌のようなもの
2月9日
今日は朝から吹雪いていた。寒そうにスタッフ通路を歩いている看護師の中に、今日もあの人たちがいる。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「おはよっス!今日の昼は牛丼かなぁ~」
「まだ早いよ、漆山」
「あっ、栗原さん!おはよっス!」
こちらへひらひらと振られる手に思わず笑いながら振り返した。
仕入れメモ:牛丼
2月10日
今日は少し暖かい。開店前に通路側へ品出ししていたら、黒髪のあの人がやって来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「毎朝早いな…これ、良かったら」
「…!えっと…昨日の…?」
「あぁ、ごめん…俺は柏木だ。放射線技師やってる」
白衣の胸ポケットからぶら下がった名札を見る。彼の名前は柏木、アツシ。
「あっ…お噂はかねがね…」
「はは、なんだよそれ」
差し出されたのは1粒のキャラメルだ。そういえば、昨日買ってたなぁ。
「柏木さん、ありがとう」
2月11日
店番していたら、金髪の人がやって来た。毎朝すれ違う3人組のひとり。お疲れ様ですと挨拶して、君もねと返してくれた。いつもニコニコした笑顔は何だか安心する。なんと言うか、何年も前に実家を出た兄みたいだった。
「…もしかして、柏木のこと探してる?」
「えっ」
「少し寂しそうだったから」
そんなこと…ない、と思うのだけど。
柏木さんは放射線技師、金髪のその人…柳原さんは心療内科の先生だ。牛丼の人は病棟の看護師で、漆山と呼ばれていた。3人は看護学校の先輩後輩の間柄らしい。
「今日は柏木、非番なんだよ」
まぁ、それなら居ないのも当然だ。……って、なんで安心してるの。毎日売店に来る人なんて、院内スタッフ含め沢山いるのに。
2月12日
世間はバレンタイン前の賑わいを見せる。今年は日曜日だから尚更だ。病院の売店には板チョコはあれど、バレンタイン用のチョコは卸してないけれど。
「柏木さん、今年は幾つ貰えるっスかね?」
「俺はそこまで興味無いな…甘いの苦手だから」
……だったらなんで、この間キャラメルを買ってたのだろう。不思議な人だ、と思った。
2月13日
明日は休みだから、今日のうちに在庫を確認。帳簿をつけながら店番していると、焼きそばパンとお茶を持った柏木さんがレジに並んだ。
「……これも頼む」
ついでに差し出されたのはチョコプリン。 意外だな、と思いつつもレジを打ち、お会計を告げてお金を貰ったその時。
「…あの、さ」
「はい」
「明日、空いてる?」
一瞬、自分の耳を疑う。
「あっ、いや、その、深い意味は…」
慌てたように視線を迷わせる姿に、思わず頬が綻んでしまった。何処と無く、可愛いとさえ思う。
「えっと…1日、空いてますよ」
「そうか、良かったら…チケット2枚貰ったんだが、皆予定あって」
見せられたのは、見たかったファンタジー映画。そう言えば、リバイバルしていたんだっけ…!
「行きます!」
即答していた。
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