第12話 土塊戦士跋扈邁進せず
夕刻を過ぎ、深淵なる闇の刻が始まろうとしていた。相対するゴブリン軍団は夜目が効く。依然として不利な状況に変わりないが、今は逃げる訳にはいかない。私は後ろに引かせた栗毛乙女を眺めた。私は追いつく事に成功したのである。もう一度、眺む。あぁ、絶景かな絶景かな。
前方、混戦するゴブリンと我がキヤト族の民。やや押されているらしく、前線は少しずつ後退。砂煙が押し寄せてくる。
私は栗毛乙女にウィンク一つ「刮目せよ!」と声あげ、手に持つ弓矢をキリキリと構えた。敵兵の数多し、なれど一矢入魂にて二、三体くらい討伐してくれる。そして「ここは危ないです。退路を」なんて言いつつ前線は遅れて来た軍に丸投げ、私と栗毛乙女は馬体をならべ愛の逃避行と洒落込んでしまえ!
刹那……そんな剥き出しの闘志を削ぐように左陣からは援軍が五十騎ほど駆ける。
「これより槍のジェルメが罷り通る。ダイルよ、大事ないか」
野太い声と共に援軍が敵軍半数を蹴散らした。(クソ野郎)と叫びたい気持ちを何とか押し殺し、残り半数に狙いを定めた。
すると今度は右陣から剛弓ノヤン隊の雨のように降り注ぐ矢が敵軍残り半数を射抜いた。
「槍の遅れてすまぬ。これより弓のクビライ加勢いたす」
「弓の、遅いではないか、だがしかし心強い。ダイル殿、これより我々と共に相手残り前線を叩こうではないか」
槍のジェルメ、強弓のクビライ。テムジン配下として一位二位を争う屈強な武将である。私は「他でやってくれ」と呟く。
「薄汚いゴブリンの事だ。まだ奥に潜んでいるやもしれぬ。ここは私が受け持つ槍と弓は最前線を探れ」
「しかし……」
「大丈夫。これ以上キヤトの土地を荒らさせるな!」
「おう」「ダイル頼んだぞ」
○
二人の偉丈夫が駆けて行く。その後ろをドドウと百騎の麾下が続きます。私は日上がる陸の上に体を晒す錦鯉のように口をパクパク手をパタパタと異世界ファンタジーを飲み込めずにいた事と思います。
あれ程いた小鬼の数は減るも未だ不利に変わりは無く、私は恐ろしさに身を震わせました。
「大丈夫。貴女は死なない。私が守ってあげる」
親友レモンの一投。路傍の石ころすら武器へと変え(なんとカッコ良きセリフ、いつか私も言ってみたいものです)ゴチンと脳天を撃たれたゴブリンはパタリと倒れました。
「母上、余計な……ここは私が引き受けます」
「異次元を渡り、随分と立派に育ちましね。ダイルもウララのようにママンと呼んでも良いんですよ」
「また、家出しますよ」
話が異次元過ぎてワケワカメ?です。異界ジョークというやつでしょうか?でも、今はそんな事を言ってはいられません。軽傷の小鬼達がワラワラと立ち上がりました。
○
未だ敵兵の数は多し、なれど一矢入魂にて二、三体くらい討伐してくれる。そして「ここは危ないです。退路を」なんて言いつつ前線ごと後退、テムジン本陣と合流後、敵は近衛大将に預け、私は「ささ、此方へ」と栗毛乙女と馬体をならべ愛の逃避行と洒落込んでしまえ!
私は栗毛乙女にまたもウィンク一つ「刮目せよ!」と声あげた。手に持つ弓矢をキリキリと構えた……刹那。
前方右端、敵死角から躍り出るテムジンの義弟、近衛大将ベルグティ。それを合図に私の左からカサル、右からテムゲと主君の弟達が飛び出した。私は(クソ野郎)と叫びたい気持ちをまたも押し殺したが破裂寸前である。
「殿の身内とは言え私はお前達に説教をする。お前達は殿の護衛だ。何が起きるか分からない今、殿が何と言おうと殿のお側を離れるな。ほら、戻れ。ほら引き鐘を打て。解散だ。かいさーーん!」
もはや残敵は一名。矢の刺さるガクブルの幼い小鬼に弱い者虐めのように弓を構える。だがしかし、これも愛ゆえである。ライオンは兎一匹捕まえるのにも全力を尽くす。私は栗毛乙女にまたもウィンク一つ「刮目せよ!」と声あげた。手に持つ弓矢をキリキリと構えた……ところがどっこい!
そこへ真っ赤な薔薇がヒラヒラと舞う。
「あれは、魔草花!」
私はそれが火を放つ魔草花であると直様気づいた。紅の花弁が小鬼の目の前にパサリと落ちる。
「バカ、その花から離れろ!花だけに……」
しかし、小鬼は花に興味つつ。「やめろ!」私は叫んだ。しかし叫び声は虚しく、パチンと指を鳴らす白いタキシード着た似非ゴブリン、ボルチュの姿。指音が響く。音に反応して魔草花は爆裂弾のように燃え盛り、見るも無惨に小鬼は焼け焦げた。最後、ポトリと小鬼の小さな角が地面に落下した。
「ダイル。助太刀にきたぞ」
……私は「くたばれゲス野郎」と一言平手打ち。「痛いでゲス」と苦渋の表情で見つめる珍友ボルチュ。愛しの栗毛乙女はただただポカンと佇んでいた。
○
「蹴散らしたか」
「メルキト軍、撤退を始めました」
前線を指揮していたジェルメとノヤンが潜伏隊を叩いて帰ってきた。隙を突こうとテムジンの前に飛び出した小鬼も引き返して来たベルグティと弟達が守り切ったそうだ。私は殿より差配を褒められたが、そんか事はどうでも良かった。
私の悲痛な心に火が灯る。一報が入る。それは私の中、氷のように冷たく固まった怠惰を溶かし、再び震え上がらせた。
「殿!」
「次はなんだ」
「東方より数百体の土塊兵士を目視にて確認。更に増え続けていると報告あり」
「タイチウトか」
「土塊は全て乙女の形を成しております。間違いなくタイチウトかと」
次こそは我が実力を示す時。私は「見てて下さい」と一言、ルナに跨り駆け出した。
○
丘の上に陣取る。東方に広がる土塊は三百を超える。先陣を駆け、少しだけ傷ついた所で引き返し、貴方のために命をかけて戦いましたと解こう。そしたら、チュッチュムラムラは目の前である。
敵兵との距離は五里。目視にて数は三百と五十と推定。我がキヤト軍と数にして同等。しかしなれど、戦い続けの疲弊した部隊。その部隊に兵糧が運ばれた。
土塊は陽が落ちてから鎮座を続けているそうで、未だ決戦の火蓋は落とされない。私の煮え切らない気持ちとは裏腹に拳大ほどの煮えた羊肉が配られた。香草をふりかけた焼き魚や酒も少量だが配られ始め、戦場は一瞬にして宴会場と化す。ボルチュが自慢の六弦馬頭琴を弾き鳴らし和気藹々と笑い声が木霊し始めた。ウララもルナも鎧を下ろし秣を食し始めている。
次第に「もしかすると相手方は撤退するのでは」という声さえ上がっていた。少し近くではモンリク母と栗毛乙女が談笑をしている。私はグィっと酒を煽る。「何故ゆえに相手は攻めて来ない?」胸が焼ける様だ。これが恋か……私は酔いの力に任せて立ち上がりウィンク一つ「私が命に変えても貴女を」とまで言い放った。
○
それは澄み渡ったていました。山麓の頂から沸き立つ淀みなき冷水のように、体の中にスッと溶けていき、ポッと奥底の魂に火をつけるように私の喉を焦がし、胸を焼きました。まさに上善如水というべきものでした。気分は高揚し力は沸き立ち笑顔さえほろほろと溢れるほどでした。私の視点はフラフラと定まらないにもかかわらず、心は心頭滅却火もまた涼しくらいの気概で御座いました。これが初めての飲酒体験に御座います。
「またも目にゴミが入ったかのかしら?」急に目を瞬かせながらジャージ男は立ち上がり「命に変えても」と自暴自棄。敵軍に突っこもうとしては皆が制する中。男は「お前達まで邪魔を……」「死してもなお……」と戦を目の前にして混乱しているのでしょう。私も先程の戦場では、手をパタパタとペンギンさんだったので気持ちは分からなくもありません。だからこそ、私はそんな彼を手で制しました。
「大丈夫ですよ。貴方は死なない。私が守ってあげます」
キリキリと引く弓の音色が心地よい。皆が「止めて、止めて」と制するも撫でる夜風は心地よい。朧げな皆の声も心の臓の鼓動さえも心地よい。そんな私を一陣の風がそっと凪ぎました。右手握る矢は光輝きヒョウと射ると光線のように夜空に羽ばたき天を突き、矢は爆ぜるように散り散りとまるで夜明けかのような神々しさに絶景かな、絶景かな?
爆発するように散った矢からは無数の光線が生まれ地上に降り注ぐ。撃ち抜かれる鎮座する土塊、土塊、そして土塊。見るも無惨に土塊はどしゃりと瓦解し、大地へと帰って行きました。
フッと力の抜ける。急な眩暈と動悸に力無く倒れそうになる私を無骨な男性の手が受け止める。
「あの〜、えっと。今日はお日柄も良く?」
「クラクラします。何だかワタシ、クラクラしますぅ〜」
「君の名は?」
「せんぼん、あぶみぃ〜で、ごじゃりますぅ」
私は抗いようもない眠りに襲われ、ぐーすかぴーっと寝てしまいました。
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