第4話 ヒーロー活劇

 読者御一統に告げる。話も四話目、数多くあるカクヨムの言葉の大海にぽつねんと離小島みたいなイジケ虫の創造した世界へと足をお運びいただいて恐悦至極に思う。それなのに、主人公の私が真っ裸という少々破廉恥紛いな姿形で相対している事お許し願いたい。「頭が可笑しいのかしら」と突き放すことなかれ。これには訳あっての事。訳あってのフルチンでござる。


          ○


 私は神である。神と交信するキリストも神とあがめられる昨今、私も紛れもなく神であるが名前はまだ無い。嘘です。今はダイルという名で生を全うしている。ないのは服と不甲斐ぐらいである。しかし先走られるな!決して変態紳士などレッテルを貼るらぬことなかれ。それは神への冒涜、笑止千万な無礼極まる行為であることを知れ。そして私も身の程を知れ。と、ここまで好きも勝手に話したわけだが、これは実は私ではなく彼女のお話である。彼女、栗毛の乙女こと千本アブミの話でもあり、言い換えれば、やはり、それを見ている私の話でもある。だから、私個人としては私が主人公と言っても過言ではないと消化した。


 それなら「堂々と主役を張られてはいかが?」と首を傾げられるが、どうやら数多の読者御一統は女主人公とやらがご満悦の様子。「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり、が流行った時代もあったのよん」と説き伏せても、時既に遅く、クソジジイと実年齢三十オーバーの私には興味がわかないとのこと。むしろ「それも乙女が主でしょ」と説き伏せられる始末である。

 そこで私は考えあぐねた末。あえて脇役に徹しようという結果に至った。そして、脇役を順風満帆に勤め上げたあかつきには主役の前に躍り出て(決して主役はやりません、危ないから)そして、バッタバッタと悪の権化をなぎ倒しているのを眺め見ては、血沸き肉躍る酒池肉林の、酒池肉林の拍手喝采だけは我が物に!をスローガンのもと、正々堂々とした心意気で出来る限り戦い抜くことを誓いましょう。と鮮やかに選手宣誓を決めたところで話は少々遡る。遡らなければなるまい。私が好きで丸裸ではないとわからせてやらねば脇役とて始まるに始まれないのだ。


          〇


 はじめまして。私の名前は千本アブミと申します。私には人には言えない秘密があります。その理由は後程。 


 私は校内をコツコツと歩いていました。来週に行われる流鏑馬やぶさめに急遽出なくてはならなくなり、弓道部の顧問、牧田先生にお休みを出願する途中でした。目的の教師は職員室には居らず「何処ぞ何処ぞ」と閑散とした校内を彷徨っていました。そんな中、三人組の女子生徒たちが私を取り囲みます。


「みーちゃった」


 そう言って真ん中の少女が私の結った髪を解きました。垂れる髪。頭のてっぺんに顔を出すのは押さえ込んでいた馬の耳。私は必死で耳を隠すも女子たちは乱雑に耳を引っ張ります。


「本物!スゴッ、これ本物だよ」

「言わないでください。誰にも言わないでください」

「どーしよっかな」


 万事休す。私は天を仰ぎました。神様どうか助けて下さいと祈りを捧げました。


すると……


      〇


 選手宣誓から遡る。私は盗んだ牝馬で異空間を回遊していた。モンリクから伝え聞く「古来より伝われし優れた馬は異次元を駆ける」と。しかし、もっと大事なことを教えていただきたかった。異界より魔糸で編んだといわれる頂いた着物は異次元に突入するやいなや粒子となりハラりとはだけて異空間の彼方へと溶け込んでいった。「あれ?どういうこと?」と私が全裸で少々パニックに陥っていると青く深い夜のような異次元から一筋の光が差し込み現世へと飛び出した。飛び出してしまったといった方が正しい。


 私は辺りを見渡す。ここが現世であり建物の中であることを把握した。目の前には三人の少女が蒼白の面持ちで立っていた。その瞬間「きゃーーーー!」と防災ベルが鳴り響くかの如く黄色い悲鳴が建物内に木霊した。その声に、乗っていた馬は驚き暴れだす。落馬する私は全裸であっても紳士である。暴れ狂う馬から少女たちを助けるため手を引いた。


「やめて、乱暴しないで」

「何を言っている。安心したまえ。さぁ、こっちに」


 更に力強く手を引いたら少女は泡を吹いて倒れた。さらに両サイドの少女に目をやると二人とも同じように泡を吹いて倒れた。現世の美男子はウィンク一つで乙女を失神させると聞いたことがあるが、私の美貌がこれほどのものとは思わなかった。


    〇


 万事休すと思った矢先の事でした。まばゆい光が廊下を覆いつくし現れたのは……大事なところしっかりと隠していたので変態さんではないと思うのですが(こんな人、水泳部にいたかしらん)と首を傾げると「私が来たからには大丈夫」とおっしゃいました。わけワカメです。

 馬は暴れまわり少女たちは次々に倒れ、私の耳を強引に掴んでいた女子生徒は「馬、裸、らっぱっぱ」と譫言を繰り返しています。暴れ馬は私の顔を見ると落ち着き、なんと次の瞬間に幼女へと変貌しました。淡い桃色の髪を垂らし、ぽわわーんとした秋桜のような顔つき。頭のてっぺんには馬耳がぴょこりんと突き出し、おしりにはふっさりとした馬の尻尾。


「おねーちゃんも馬人」

「バジン?」


バジンと何ぞや?


「なんと……美しい。君も馬人であったか」


私は彼に目を移す「きゃッ!」と声が条件反射のように漏れだし「すまない」と彼は下半身を厳重に隠しました。


「出来れば隠れる場所、もしくは裸でいても怪しまれない場所をご存じか?」


 彼はとても困っていました。誰にでも間違いや失敗はあるもの。時には服を着ることも忘れて馬にまたがりたくなることもあるかもしれません。私には到底考えられませんがおじいちゃんも「世界は広い、色々な人間がおる」と言っていました。

 私は「ウーム有無」と悩み「トイレは如何でしょう」と解を提示し、彼は「相分かった」と脱兎のごとく駆けていきました。「校舎裏のトイレは比較的人が少ないですよ」と追加情報を与えると、彼は力強く右手を掲げました。左手はしっかりと下半身を抑えたままです。奇妙奇天烈な体験でした。

 そのすぐ後、少女たちはむっくりと起きだすと私の顔を見るや否や「馬怖い馬怖い」と言って立ち去りました。私はバジンの幼女に上着を掛けてあげました。


       〇


「アブミ~、先生見つかったの?」


 私は親友、陸川怜萌音りくかわ れもんの声を聞き、本来の目的を思い出しました。牧田先生は職員室にいなかったのです。フルフルと顔を振ると「さっき、理科室の方にいたわよ」と情報をもらいます。


「それより、ここら辺に強姦魔が通らなかった?」

「男の人は通ったけど……」

「こっちじゃないか。気を付けて変質者が出たらしいわよ」

「ごめんね。役に立てなくて」


「いいのよ。それより、アブミが無事でよかったわ。安心して、私はこれから部活動の精鋭を集めて破廉恥捕獲作戦を決行する予定よ。そんな訳で部活動に遅れるって先生に言っといて」


 友からの温かい言葉に冬の炬燵のような温もりを感じます。バジンの幼女はどうやら親友の知人のようでした。「ママン、ママン」と言いながら幼女は親友の後ろをついて歩いていきました。隠し子?まさかね。

 レモンとママンを聞き間違えるとは私も少々お疲れの様子。にしても破廉恥とは、そんな男と相対したと思うと背筋がゾクッと凍り付く思いです。それでも「負けるなアブミ、頑張れアブミ」と私の心の中の小さな私が私を励まします。 

 友も頑張ってる。私も破廉恥に負けるわけにはいきません。愛する友の必勝祈願をしつつ、ずんずんと二階の理科室を目指して階段を登り切りました。わちゃわちゃと多種多様なユニフォームが入り乱れての混戦状態。早くも激闘の予感ですが、未だ破廉恥は未確認とのこと。


「アブミ、これはどういうことだ」


 私の追い求めた牧田先生は脂汗をじっとりと流し、道行く生徒にお腹をたぷんたぷんと弾かれては「こらー」と苦悶の表情を浮かべます。私は友の英断、破廉恥捕獲作戦の概要を話すと、牧田先生は「あのじゃじゃ馬娘が部活動を休みたいだけじゃろがい」と罵ったので、私は「それは、それは」と言葉を制しました。友は勇猛果敢であって阿呆ではないのです。です?


「それより先生、凄い汗。如何されました」

「昼にスマイルバーガーを食ったら腹が痛くなってな」

「それはいけません、今、救急車を」

「やめなさい。それは赤っ恥。トイレに行ければそれで良し」


 先生はトイレを求める。それを破廉恥捕獲精鋭部隊が阻む。果敢に攻めるもお腹たぷんたぷんの刑で押し戻される。先生もまた遥かなる戦いを挑んでいたとは恐縮です。お腹たぷんたぷんのおじ様は、家でぐぅたらピザハットかと思いきや、若者と切磋琢磨していたとは、重ね重ね恐縮です。


「全然進めん」「では、校舎裏のトイレをご消耗になれば」と提案すると「これ名案」と先生はすたこらと駆けていきました。おっと忘れてはいけないと「明日の部活動お休みを頂きたいのですが」と言うと、先生は右手を掲げ「構わん」と叫びました。これにて、私の長き戦いは終焉を迎えるのでした。

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