第4章 衝突 - 3

「それで、頼んでいた件はどうなった?」


 スオウは半ば強引に変えた話題をホンに投げ掛ける。ホンは思い出したように、あるいはスオウの内心の葛藤を見透かすような笑みを浮かべてそれに応じる。


「ああ、そうだった。襲撃者たちの正体は〈アイゼンスケイル〉。人攫いに強盗、恐喝に詐欺に殺しに薬などの荷運び。……まあ悪事と汚れ仕事は一通りこなしますって感じの、プルウィアじゃよくあるやつだ」


 ホン・チーは金で動くモグリの鉄技士であり、その顧客はマフィアやチンピラ、逃亡犯に不法移民とお天道様の下を歩けない日陰者というジャンルにおいて実に幅広い。そして金さえ払えば、そこで得た情報を提供してくれたり、依頼に応じて情報を集めてくれたりもする。


「元は共和国南部のヴィンゼル州に拠点を持っていたギャング集団で、どうやら一年半くらい前に賞金首表イエローブックへの掲載がきっかけでプルウィアに移動してきた。特定の思想を持っているわけではないから、雇われだろうね。三大マフィアはもちろん、大小問わず色々なグループと繋がりを持っていたみたいだよ」


 賞金首表イエローブックとはスオウたち賞金稼ぎが利用する賞金首の一覧だ。賞金稼ぎにとっては必需品とも言える重要な情報源である一方、悪党たちにとってはここに名前や組織名が載ることがある種のステータスだとされている。

 自分たちの命に値段がつけられ、狙われるようになることを歓迎する思考回路は全くもって理解できないが、〈アイゼンスケイル〉とやらも賞金首表イエローブック掲載で箔がついたことをきっかけに最果ての都市で一気に名を上げようと目論んだクチのようだ。


「〈アイゼンスケイル〉は一般人からの依頼も請け負うのか?」

「さあね。裏に繋がりがある一部の大富豪とかなら別だろうけど、普通はやらないだろう。〈アイゼンスケイル〉側に相当なノウハウがなきゃ足がつきやすいし、そもそも庶民がコンタクトを取ることが難しいと思うけど」


 ホンの言葉はもっともだった。

 裏稼業は思いの外、お互いの信頼関係がものを言う。もちろん騙し合いの世界でもあるが、今回のような著名人の暗殺目的の場合、些細な裏切りや認識の齟齬が関わった組織全てに致命的な結果をもたらす場合がある。流儀の一つも知らない庶民が関われるような案件でないのも事実だ。

 それに〈アイゼンスケイル〉のような野心的なチームが一般人とつるむとは考えづらい。やはりのし上がろうとするならば、三大マフィアを始めとする大組織との仕事に食い込むことが定石だ。

 スオウの思考を遮るように、ホンが再び口を開く。


「それと、君が遭遇した攻性砂流鉄サルガネ使いの件だが、なんと面白いことに、君の元同僚だった」

「何だと?」


 思わず声が鋭さを帯びたが、ホンは宥めるように肩を竦めて話を続けた。


「名前はクーリ・カルバナロ。元同僚と言っても、警護局刑務部の所属。いわゆる処刑人だな。もう七年も昔に辞めているよ。その後の経歴については不明。どこかの組織で解体屋スクラッパーをやっていたなんて噂もあるけど、確証を得られる情報はなかった。君から聞いた風貌や使っていた攻性砂流鉄サルガネを考慮するに、噂もあながち間違いでもなさそうだがね。ちなみにどういう経緯で市長選候補者の襲撃に加担したのかも追えなかった」

「〈アイゼンスケイル〉とは別口か」

「まあそう考えていいだろう。抱き合わせて襲わせたのか、たまたま襲撃のタイミングが重なったのかは分からないが」


 スオウは小さく溜息を吐く。どちらにせよ、厄介なことに変わりはなかった。


「とにかく助かった。恩に着る」

「この程度造作もないさ。情報料は次回のメンテナンスに上乗せしておく」


 立ち上がったスオウは聞き捨てならない言葉に眉を顰める。見下ろせば、ホンが満面の笑みでスオウを見上げている。


「たった今、造作もないと聞こえたんだが、あれは空耳か?」

「造作もないとも。私は情報屋としても一流だからね。だけどそれは情報料とは別の話だ」


 ホンは顔の前に掲げた人差し指と親指で円を作る。


「家が吹き飛び、命懸けでくだらねえ市長選候補者の護衛をやる羽目になった俺に情けはないか?」

「ないね。全ては君の選択だ。ちなみに、市営カジノのポケラでハイカードに一〇万エソのチップを突っ込んだ男の面白い話があるんだが、聞かせてやろうか?」

「……クソ守銭奴が」

「こんな街で、信じられるのは金くらいのものさ」


 さすがは情報屋である。賭場の取るに足らない情報まで収集し、その上使い方まできちんと心得ている。スオウは溜息を吐き、折れるしかなかった。


「お前、絶対ろくな死に方しねえからな」

「君にだけは言われたくないね」


   ◇◇◇


 ホンの店を後にして、路駐していたペトロ七〇〇〇の元へと戻る。

 疲労感のままに運転席へ沈むよう腰かけ、あまり美味しくなかったという理由でホンから押し付けられた国都アウルマヌルスのコンクリート味ドルナツを放り込む。コンクリートは食べたことがないし、スタフティア共和国の国都であるアウルマヌルスのコンクリートが他とどう違うのかなど知る由もないのだが、確かに壁に齧りついている最低な気持ちにさせられた。


「やっぱりクソ不味いじゃねえか……」


 スオウは独りで絶望を溢し、ドルナツの入った袋を後部座席のゴミ箱へと放り込む。どうしてこんなものが市の名物なのかが分からない。もっと他に、プルウィアには素敵な魅力があるはずだ、たぶんきっと。

 スオウは大きく舌を打ち、ペトロ七〇〇〇のアクセルを踏み込む。途端、助手席に放っていた端末が間抜けな着信音を奏でた。


「ったく、今度は何だ!」


 ペトロを急停止させ、通話に応答するやの怒声。だがそれを意に介さないほどに焦燥に焦がされた声が応答した。


『先輩、今どこにいるんですかっ?』

「どこって、アストス区のローザ地下商店街だが」

『今すぐ警護局まで来れますか? ちょっとウルちゃんたち、マズいことになりまして』

「なに? どういうことだ?」


 言いながら無数の憶測がスオウの脳裏を錯綜する。いくつかの最悪が浮かんでは消え、スオウの心に行く宛てのない怒りと焦りが湧く。


『詳しくは局で話すので、とにかく今は急いでください』


 通信を切った。同時、全開でアクセルを踏み込む。ペトロ七〇〇〇の古びたエンジンが悲鳴を上げるように嘶き、吐き出された大量の黒煙がペトロの車体を押し出すように急加速させる。

 強引な追い抜きに鳴り響く罵声とクラクションを置き去りにして、スオウを乗せた薄汚れたベージュの車体は白昼の街路を豪速で駆け抜けていく。

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