召喚されたら斜陽の国の国王になってました

@silverstate

第1話  ある日常の点描①

日本 東京 都心部



コーヒー豆の在庫が少なくなってきたので、馴染みのコーヒービーンズショップへ出向く。


天気も良いし、散歩がてらに一駅手前の駅で降りて店を目指す。


30分ほど歩いて店へ到着。


店のドアを開けると生豆の焙煎中なのか、嗅覚を刺激する素晴らしい香りが店内に漂っている。


「いらっしゃ「こんにちは」いませ。いや〜、なかなかの豆が入荷しましたよ」


マスクをしているが、目は笑っていて営業上手の店長が迎えてくれる。


ここの店長のお勧めはハズレがない。


「どんなコーヒーですか?」


興味深々で店長に尋ねると


「ベトナム産のルビーマウンテンです。加藤さん好みの、雑味がなくて美味しい豆ですよ」


と返してきた。


コクと苦味を楽しんだり酸味を味わったりするコーヒーよりは、透き通るような爽やかで雑味の無い味わいのコーヒーが私の好みだ。


ルビーマウンテンは、ベトナム産コーヒー特有の酸味が少なく、ソフトな苦味が特徴と聞いている。


どんな味だろうか?


「この前の中国の雲南コーヒーでしたか、あれも素晴らしいコーヒーでしたが、一体どこから美味しい豆を探してくるんですか?」


カウンターの椅子に座りながら、ふと思いついて尋ねてみる。


グレードの高いコナやブルーマウンテン、馬鹿高いゲイシャは確かに美味しいが、値段が値段だけに手を出し辛い。


だが店長は、マイナーな産地のコーヒーをお勧めしてきて、それがまた美味しい。


「いや、私は問屋さんのお勧めから試供品頂いて、そこからチョイスしているだけですよ。問屋さんが信頼できるとこなので、まぁ間違いはないだろうな、と」


笑顔で会話しながら、デミカップにコーヒーを淹れてくれる。


「なので、そこの問屋さんのバイヤーさんが素晴らしい仕事をしてくれてるんです。はい、これがお勧めのルビーマウンテン」


出された小さなカップを手にして、マスクを外し鼻へ近づけて香りを嗅いでみる。


…素晴らしい香り!


次に一口分、啜ってみる。


「おお〜」


思わず声が出てしまう。


「私の聞いた話だと、コロナの影響でバイヤーさんが産地まで出向くのが難しいので、結構美味しい豆が残っているそうです。あ、もちろんブランド化している有名どころの豆は別ですけどね」


まあ、本物のブルーマウンテン…ブルーマウンテンが見える農場が名乗っているブルーマウンテンではなく、ブルーマウンテンエリアの農場で栽培されたコーヒー豆だが、値段が200g7000円からスタートする。


あまりにも味わいと値段のバランスが取れていない状態は、何か間違っている。


「売れ残った豆…もちろん焙煎していない生豆ですが、これが放置状態というかエイジングといいのか、一、二年熟成させると、味わいがワンランク上になります。目端の効くバイヤーさんが、現地の倉庫で保管料を払って、豆を熟成させているって話も聞いてます」


ある意味、現代のモンスーンコーヒーか。


帆船でコーヒー豆を運んでいた時代、季節風が吹いて出港可能になるまでは、港の倉庫でコーヒー豆が保管されていた。


吹き始めたモンスーンに乗ってインドからヨーロッパを目指す帆船に積まれたコーヒー豆は、倉庫での長期の保管に加えて帆船での輸送中に熱帯の特有の湿気を帯びた気候と長期間の航海で海風に晒されて膨張と熟成を重ねて、独特のアロマとまろやかな味わいを獲得した。


バイヤーは、それを狙っているのだろう。


さすがに目端が効くバイヤーだな。


そんな事を思いながら、デミカップのルビーマウンテンを、もう一口飲む。


しかし、この爽やかな雑味のない味は、グレードの高いコナといい勝負になると思う。


コナと言っても、単にハワイ産のコーヒー豆の事ではなく、コナウインドが吹く農園で栽培されたコーヒー豆の事だ。


「…これは美味しいのは美味しいんですが、無農薬、無施肥でやってる農園さんなので、不良品が多く混じってまして」


申し訳なさそうに店長が言う。


「まあ、それは仕方ないです。農薬使わないと虫食いの豆も多いし、肥料やらないなら大きさも不揃いで発育不良もあります。でも、この美味しさならハンドピッキングも苦にならないですね」


不良豆のハンドピッキングは面倒だが、暇をみて作っているAFVのジオラマに比べると大した手間ではない。


現在作成中の、前線から戻ってきた補給部隊の荷馬車と馬の装蹄シーンのジオラマは、荷馬車がイメージに合ったキットが無くて、様々なキットのパーツを寄せ集めたスクラッチ状態。


装蹄師が使う鍛冶場や、馬にブラッシングをする兵士やら、とにかくフィギュアも馬も、切って貼って盛って削っての細かい作業の最中。


そんな時に飲む美味しいコーヒーは、必要不可欠なものだ。


「で、おいくらです?」


「400グラム1500円ですが、いかがですか?」


ははぁ、この美味しさでこの値段は、不良豆が相当に入ってるのと、まだブランド化されてないからだろう。


不良豆を3割と見積もったとしても、生豆280グラム1500円。


この味を考えると、かなり安い買い物だ。


「下さい」


「ありがとうございます」

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