02 ぷるりんとの出会い
横風で体が反転し、うつぶせになり視野が広がる。大の字で全身に風を叩きつけられ、口の中に大量に流れ込む空気で歯ぐきがむき出しになり恥ずかしい。お笑い芸人が身体を張るあれだ。そして開いたままの口は、風圧に窒息しそうで目尻の涙が止まらない。
(これがスカイダイビング…)
ただしパラシュート着陸出来ればの話。
私の背中には斜めがけのバッグのみ。なんとか地面に到着するまでに気絶出来ることを祈るのみ。
横目には青みの強い丸い月。けっこう明るい。視界が涙に滲んだ世界は夜で、薄ぼんやり町の灯りと道路が見えてきた。
(森……?)
地上にもこもこと黒が濃い固まりがある。そこから橋のような物が空中に架かっているのが見えた。そして何故かそれが自分に向かって来る気が…、
『ふぎぁ!』
変な声、いや、音が出た。
だって青い何かが、口に飛び込んで来たから。
自転車で口の中に虫が飛び込んだあれに似ている。でも異物を飲み込んだのどごしは無い。水…? と、そうこうしている間に眼下には広がる森が近づいて来た。
見た目、柔らかそうな木のもこもこ。でも、十九年も生きていれば、あれが実際クッションになるわけがないのは知っている。
(だって、葉っぱと硬い木の枝の集合体だもの、)
くし刺しだ。
死んだ。
心残りは、気絶出来なかったこと。
『!?』
木の頭頂部に来た時、身体がしなった。
大きく両手を広げ、指先まで痙攣したかのように自分の意思に反して動き出す。次に猫のように背が丸まると、腕が伸びて枝を掴みくるりと一回転した。
手が、肩が、落下速度を緩和するように、次々と枝を掴んでは遠心力で降下する。バサリ、バキバキ、バサリと葉を散らし枝をへし折りながら、木から木を滑るように飛び伝う。
そして、軽やかに大きな岩場にすたっと着地した。
(これ、前に見た、かも、)
映画とか、ヴァーチャルゲームでお猿の視覚を覗き見た、そんな夢の様な出来事に頭がぼんやり放心中。
「?、…………? …………!」
『あ、鼻水・・・』
鼻と口に液体感がする。確認に手を上げた時、ずるりと何かが飛び出した途端、身体の力が一気に抜けてへたり込んだ。
胃から、肺から、全ての息が吐き出てるかも、肩も、全身で空気を求める。
『っ、はあっ、はあっ、はあっ……、何、なにこれ……一体、なんなの……』
しばらく肩で息をして(倒れそう…)とふらふらする。でもなんとか顔を上げて座り込み辺りを見ると、膝の前に半透明の異物があった。
『……ゼリー……?』
ソフトボールくらい、外側に向かって青みが濃くなっている。球の中心はキラキラと金の光が綺麗。しばらく球状でぶるぶる震えていたそれは、大福のように底辺が地に着くと、私を見上げた……ような気がした。
こいつには、目なんてない。
『わかった。あれだ』
(子供の頃にやったアレだ。でもクリア出来なかったアレだ)
ちなみに私はゲームが好きで、一通り様々なジャンルに挑戦してみたのだが、ほとんどクリアしたことがない。
有名どころは大体手をつけたのだが、村人のアドバイスもナビゲーション係の話も話半分にしか聞かず、謎は解けず、洞窟や城から抜け出せず、周辺の同じ敵を倒し続けレベルだけが少し上がる。
奇跡的に洞窟から抜け出せた事ももちろん何度もあるのだが、安心感にぐるりと一回りして、再び同じ迷宮に踏み込んでしまうアクシデントが発生。
そしてイライラもやもやする。
そのままエンディングを見ずに、
ログアウト……。
(そんな私だけど、ファンタジーではもはやマスト出演者となっている、こいつの類似商品を知っている)
半透明、ぷよんぷよん、ぷるんぷるん、青色……強いて言えば。
『何故、頭の先が丸のままなのか……惜しいよね』
(………)
ぷるり。
ふるふる、ブルブル。
怒っている。きっと、このゼリーは怒っている。怒りの三白眼は無いがわかる。
でも怖くない。
おもむろにわしづかむと、裏から透かして見上げて見てみた。想像通り。下から見ても、中心部は光がキラキラ……。
ブルブル、ブルブル。
手のひらに伝わる玉の振動。でも害はない。だってこいつ、さっき私の鼻から出たやつと同じ色。空中で口に飛び込んで来たやつにも似ている。
自分の口に飛び込んで来た震える玉を、私物認定してパーカーのポケットにしまうことにした。
(ブルブル、マナーモードみたい)
きっと何かに使えるはず。
捕獲用具は無いが、遭遇モンスターレベルいち、リアルにゲット。
『それより、ここ……何処かな? ……今更だけど、夢じゃない? 私、生きてるよね……』
手のひらをにぎにぎし確認。痛い。傷だらけ。なんだか身体のあちこちも痛い。マナーモードといえばスマホだ。バッグから取り出し画面を確認。映りこむ情報を見て落胆はしない。
見慣れない木々の中、電波も何も、Wi-Fiも GPSマークも無反応になっている。
(だよね。想定内。でもGPSって、電波とか関係あるのかな? 設定オフにしてた?)
再び画面を見つめたが、残る充電残量を考えてとりあえず保留する。
そして先ほどのアクロバティックな自分のことを考えるのも、今は疲れているので保留する。
(色々とそれどころでは無い)
身体を引きずりながら数歩、ぽろりとポケットからやつが落ちた。私を見上げる様に傾いた玉。それがいきなり膝裏に飛びついてきたので、カックンされて前のめりに転んだ。
『痛……。何すんだ、こいつ、』
やはり地味に怒っているようだ。
『ほら、いつかきっとご飯あげるから、おいでおいで』
(……)
責任感の無い駄目な飼い主の考えを見抜いたのか、くるりと回って私とは反対方向へ進んだゼリー青。
『待って待って! 行っちゃヤダ!!』
ゼリー状は前進し続ける。けど身体中が痛くて素早く動けない。だがこちらは必死である。何か、何か、やつの気を惹く何か。
『待って待って、やだよ、一人にしないでよ……、そうだ、名前つけようよ、そういう儀式忘れてたね、名前!』
ピタリと、ゼリー状の動きが止まった。
名前。
どうやら奴にとって、有効な誘いだったらしい。
『私の名前は、右の神名……、じゃなかった。神名芽依』
(……)
やはり名前に興味があるようだ。
モンスターや召喚獣に名前を与えることは必須。青いゼリー状は内側をキラキラさせて近づいて来た。
(単純だな。そしてやっぱり、私を見上げているよね、これ)
『君の名は、……そうだな』
ゼリー状は貰う名前に期待して、キラキラ輝いているのだろう。生涯に関係する、名前って重要だよね。
とりあえず、ぱっと見で。
『………………ぷるりん、でいいか』
瞬間、飛びついた半透明のゼリー青は、私の鼻と口を覆い塞ぐ。意図的に止められた酸素に悪意を感じて、地面を叩きギブギブと訴えた。
『わかったわかった。真剣に素敵な名前、考えるから』
適当は駄目らしい。
顔から離したそれを再びポケットにゲットし、いつも利用しない飾りファスナーでしっかりと封印した。
本当の名前は、後で考えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます