桜の花びら舞う樹の下で

きつねのなにか

女房との話ですわ

 ゴリラみたいな落語家のあっしと、桜の花びら舞う樹の下ってぇのは似合わねぇかもしれやせんが、今日はここで高座に上がらせて頂きやす。

いやあ実際、桜が舞う季節にこういう樹の下で女房、そのときは彼女ですわな。まあそこで彼女に付き合ってほしいという告白をしちまったもんですからねえ。縁があるんですわ。

 その告白をした時はもう必死でした。顔は真っ白足はガクガク。でも心だけはまっかっか。なんせとんでもねえ心拍数だったでしたからね。

 彼女を逃したらあっしに未来はないと思ってたくらい必死でしたわ。

 それくらいあっしと息が合っていた彼女なんです。いやあ、交際当初からいい彼女でしたよ。今思えば彼女以外との交際は考えられやせんね。出会う前はそこそこ遊んでいたんですけどね。

 それで、告白は成功して彼女にかるーく「付き合ってもいいよ」って言ってもらえたんですけど、それからも彼女を手放したくなくて必死でね。

 もー自分らしくない行動をとりまくっていましたよ。高級レストランとか、豪華遊園地体験とかね。高級ホテルも泊まりやした。遊びは一切やめやしたね。

 まだまだ若い落語家で貧乏だったってえのにねえ。らしくもねえったらありゃしない。落語家は遊んでナンボなんですよ。師匠に借金を肩代わりしてもらうくらいにね。それが大切な経験になるんですわ。

 それで、彼女とデート中にですが、ちょっと休憩がてらエイゼによったことがあったんですよ。彼女がだらけた様子でこう言いやして。

「歩いて足が疲れた、ファミレスにでも寄ろうよ。あそこにエイゼがあるじゃん」

 ってね。

 エイゼがどこだか想像ついた方もいやすでしょうが、エイゼはエイゼです。イタリアンファミリーレストランのエイゼ。間違っても……とっとっと、まあこれくらいで。

 それでエイゼに寄ったんですが、そのとき小腹も減っていたので、何気なく頼んだのがイタリアンスパゲティなんですよ。

 エイゼのイタリアンスパゲティっちゃあ400円もしないやっすい食べ物ですわなあ。庶民の味方ですわ。

 庶民も庶民だったあっしにとっちゃエイゼは女房みたいなものでしてね。行きつけよりも行きつけなところなんですわ。

 彼女がいるのに女房もいるとはどういうことなんだ! なんて意見もありやすでしょうけどね。ちょっとそこはご勘弁。

 浮気は若いうちにしておかないと、うちの師匠みたいな事態になっちまいますからね。マスコミに詰めかけられて、浮気は事実なんですかーなんて叫ばれる。おお恐い恐い。うちの師匠はそれを何回繰り返してもやめられねえみたいでやんすがね。

 話がずれやしたね、師匠のカツラじゃねえんだから。

 んでー、通い詰めてる女房のところですからテキパキと調味料なんかとっちゃってね。オリーブオイルに粉チーズ、辛み調味料がかけ放題なんですよ、あそこ。

 二人でいろいろと味変をしつつおいしく食べていたら彼女がこう言うんですよ。

「あなたと肩肘張らなくてすむこっちの方が、高級レストランよりずっと楽しいな」

 ってね。顔を赤らめながらうつむいた感じでね。

 いやはやそうきちゃったか。

 あっしの意地に、付き合ってくれていたんですよ。決してただで美味しいもの食べたり、遊園地に行きたかったってえわけじゃあない。

「なんであっしの意地に付き合ってくれたんだい?」

 これは女房になってくれた後に聞いたんですが、

「あなたは落語家でしょ、それならもっといろいろな経験をして話の種を作っておかないといけないじゃない。わたしはそもそも庶民的な値段や活動が好みだけど、わたしが彼女のうちなら彼女という名目で高級料理に足を踏み出せるじゃない。高級遊園地に誘い出せるじゃない。緊張して味のわからない高級料理なんてものを味わえるしね。あなた、凄い高いレストランに行ったときあるわよね、あのときの味覚えてる?」

 あのときの味、さーっぱり覚えていやしません。それでもそいつで一つお話を作ってましてね。彼女の言うとおりなんですわ。全てお見通しだったんですなあ。

「肩肘張らない方が楽しい」

 この言葉もいいタイミングでしてね。そこそこ高級なところを楽しんで、そこそこの出費ですむ。そんなところで飛び出してきたんですわ。無理しすぎないタイミングってやつです。

 おそらくこの日遊びまくって足を疲れさせ、エイゼに寄るってーのは彼女が仕込んでいたことだったんでしょうなあ。

 まー、勝てませんね。完敗です、完敗。完全に彼女の手のひらの上であっしは遊んでいたんですわな。いやー楽しく遊ばせてくれやした。

 負けたなあという気持ちをもちつつその場で結婚してくれって告白しましたよ。

 完全に勢いで告白しやしたね。

 そしたら、呆れたかのようにこう言われました。

「それは高級レストランのイタリアンスパゲティを食べているときに言ってほしい。告白は勝負に勝っているときにするべきだよ」

 ってね。

 負けたと思ってるのも見透かされていやした。

 当たり前ですが、勢いだけじゃだめなときもあるんですわ。

 すんませんエイゼさん、あなたのイタリアンスパゲティが悪いわけじゃないんです。あなたの雰囲気が悪いわけじゃないんです。高級なイタリアンスパゲティが勝負をかけられる雰囲気を作るときもあるんです。ほんとすいやせん。また女房と子供と一緒に食いに行きやすんで。

 エイゼは本当にファミリーのレストランですよ。


 というわけで皆さんも、遊ばれているかいないのか、勝負するとこしないとこ、見極めながら告白しなさい、と言うことですわ。

 間違っても勢いだけ、負けているとき、そんなときにしちゃあいけやせん。

 え? どこで彼女にプロポーズしたかって?

 そんなの桜の花びら舞う樹の下に決まってるでしょ。

 一番盛り上がるのはエイゼでも高級レストランでもない、ここですよ、ここ。



 はい、お粗末様でした。あー顔が熱い顔が熱い。

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桜の花びら舞う樹の下で きつねのなにか @nekononanika

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