第84話 フツーじゃねぇーーーーーーーーよっ!!

「はい、お姉ちゃん。あ~~んして」


「あ~ん」


 バイト中の昼休み。アリスちゃんがまかないのナポリタンをフォークで巻いて食べさせてくれる。


 最初は恥ずかしかったけど、いつの間にか慣れちゃったなあ。最近はアリスちゃんとは食べさせ合いっこが普通になってるし。



「美味しい?」


「うん。美味しいよ」


「よかったあ。できれば、お姉ちゃんには私の作ったご飯だけを食べてほしいんだけどなあ」


「え、何で?」


「だってさ、人間の細胞って二ヶ月くらいで入れ替わるらしいじゃ。てことはさ、二ヶ月私の作ったご飯だけを食べてもらったら、お姉ちゃんの体は私が作ったってことになるじゃん!」


「……発想が怖いよ。んっ」


 ナポリタンのソースでもついていたのか、アリスちゃんは私の唇の端をペロッと舐めてきた。


 ……なんか、これにも慣れちゃったなあ。



 今日はいつにもましてアリスちゃんが甘えんぼだ。


 というのも、最近私とイチャイチャできないからその分も甘えたいらしい。


 確かに最近予定が合わなくて、一緒にお風呂入ったり遊んだりもできなかったからなあ。


 私も寂しかったし、こうやって来てくれるのはとっても嬉しい。



「ありがとっ」


 お礼を言うと、何故かアリスちゃんは不満顔。


「どうしたの?」


「もう、どうして恥ずかしがってくれないの? 私恥ずかしがるお姉ちゃんが見たかったのにぃ!」


「そんなこと言われても……」


 理不尽じゃないか……なあっ!?



「あ、アリスちゃんっ? どうしてスカートの中に手を入れてくるの?」


「入れたいから……えへへ、すべすべしてる~。お姉ちゃんて足キレイだよね」


 恥ずかしい。恥ずかしいけど……


 アリスちゃんはとっても満足そうだ。


 アリスちゃんの嬉しそうな顔を見ると私まで嬉しくなる。なるけど……



「んっ……ぁ……っ」


 くすぐったい。体がピリピリして、変な気持ちになってきた……かもっ。


 やめてって言ってもやめてくれないだろうし……よしそれなら……



「わっ!?」


 私の手が触れると、アリスちゃんはビックリしたような顔で私を見た。


 でも、すぐに「えへへ」と笑顔になる。


「お姉ちゃんが私の足触ったぁ」


「さ、先に触ってきたのアリスちゃんでしょ!」


「そうだよ。だからお姉ちゃんにも、もっと触ってほしいなぁ」


「えぇ……」


「いやなの?」


 アリスちゃんが悲しそうな顔をするので、私は慌てた。



「そ、そんなことないよ! 私、もっともっとアリスちゃんに触りたいっ!」


 言った。言って……あれ?


 小さく首を捻る。私今なんて言った!? とんでもなくとんでもないこと言っちゃったんじゃない!?



「えへへへへへへへへっ」


 アリスちゃんの嬉しそうな笑い声。ちょっと気が抜けすぎな感じの声だった。


 ぐりぐり~と顔を私の体に押し付けて甘えてくる。



「ねえ、お姉ちゃん。もっと触って。ね? 好きなところ触っていいんだよ? ねえ、触ってってばぁ」


「う、うん……」


 ちょっと迷って、私はアリスちゃんを抱きしめて頭を撫でる。


 さすがになあ、ここじゃなあ、変なところは触れないよ……



「お姉ちゃんのそういうところだぁい好き~~っ」


 でも、アリスちゃんは満足してくれたらしい。


 嬉しいんだってことは声で分かった。その声だけで、私も幸せな気持ちになれたのだった――




 私、青山美鈴あおやまみすずは今週から『ルエ・パウゼ』でアルバイトを始めた新参者だ。


 バイト先の相談をしたところ、同じくここでバイトしている宮野遥香から紹介され、ここで働くことになった。


 宮野とは大学のゼミ仲間で、ちょっと冷めたところがあるやつだなー、なんて思ってた。


 思ってたんだけど……



「じゃあお返しに。アリスちゃん、あ~ん」


「あ~~ん」


「アリスちゃん、ソースちょっとついてるよ。拭くからジッとしてて」


「なに言ってるのさ! どうしてペロッてしてくれないのっ!?」


「えぇえええええっ!? なんで怒るの!?」


「だって何度言ってもすぐにペロッてしてくれないんだもん!」


「だって……恥ずかしいじゃん」


「そんなの今さらだよ。この間だって、一緒にお風呂入ったとき……」


「わーわー! 待って待って待って! 分かった、ペロッてするから言わないで!!」



 …………いや。いやいやいやいや。なにコレ。だれアレ。私の知ってる宮野と違う。


 休憩室に来てからというもの、めっちゃキレイな従妹の子とめっっっっっっっっちゃ、イチャイチャしてる。


 もうさ、驚きだよ唖然だよ。でも一番驚愕なのは……



「ね、ねえ井上さん」


「んー?」


 スマホをいじりつつ、眠そうな声で返答があった。


「あの二人、ちょっと大胆過ぎない?」


「え? そう?」


 キョトンとした顔をされた。



 そう、これである。一番おかしいのはみんなの反応だ!


 今、休憩室には、宮野たち、私と井上さん、それにもう一人の先輩がいるが、動揺して言うのは私だけ。二人は我関せずだ。



「青山さん気にし過ぎじゃない?」


「いやいやそんなことはないでしょ!」


「でもあのくらい普通じゃん」


「フツーじゃねーよ!」


「でも、あの二人いつもあんな感じだぜ。いちいち気にしてたら身がもたんよ」


「……マジで?」


 それはそれでっていうか、そっちの方がアレじゃない?



「だから大丈夫だよ。青山さんもそのうち慣れるって」


「それ大丈夫なの? 注意とかしないの?」


「したともさ。だから最近はマイルドになったよ」


「アレで!? マジで!?」


 ……そういえば、前にアリスちゃんが大学に来たときにも、二人はこんな感じになってたっけ。



 私たちが会話している間にも、宮野たちはどんどんヒートアップしていく。


 そっか……そうなのかな。


 井上さんたちは二人を気にしてないし、二人は私たちを気にしてないし、これがフツーなのかな……




「お姉ちゃん、もっとぺろぺろしてほしいなあ」


「えぇっ!? も、もうしたでしょ。ちゃんと舐めてとったよ」


「もっとぺろぺろしてほしいんだもん」


「うぅ……」


 私はアリスちゃんを見る。


 白くて奇麗な、とても繊細な肌。それに、薄いピンク色の唇……



 なんだか急に恥ずかしくなって、さっと目を逸らす。


「ん……っ」


 またすぐに視線を戻した。


 アリスちゃんに、頬をペロッと舐められたから。



「お姉ちゃんが舐めてくれないなら、私が舐めるね……ぺろっ」


「ぁん……っ。だ、ダメだよ……やめてっ」


「だめ。だって、お姉ちゃんのほっぺにソースついてるもん」


「うそだよ! さっきとれたって言ってたでしょ!」


「見間違いだったの。まだついてるよ。ぺろ」


「アリスちゃぁん……っ」


「ジッとして。大丈夫、恥ずかしいことなんてないよ。今までにだって何度もやってるし、私たち婚約者なんだもん。だから、これはフツーのことだよ」


「フツー……」


 そっか、そうだよね。


 コレは普通のことなんだ。だから恥ずかしがることなんて……


「うん。フツーだもんね。しよっか、アリスちゃん。フツーのこと……」




「フツーじゃねーーーーーーよっっ!!」



 私たちの視線のさき、そこでは、



 バンっと両手で机を叩いて立ち上がった青山が、心からの叫びと言ったような声を上げていたのだった。

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