第64話 あなたはだんだん……

「お姉ちゃん、催眠術かけさせてっ!」


 ある日、お姉ちゃんにお願いしてみた。



「え……急にどうしたの?」


 お姉ちゃんはキョトンとした顔で、目をパチクリさせている。



 その後で、何故だか警戒したような目をされたけれど、別にイヤらしいことはちょっとしか考えていない。


 夜。お姉ちゃんの部屋で過ごしていた時、お姉ちゃんが疲れたーと言っていたので、マッサージしようかと申し出たんだけど、



(――「マッサージはいい! 大丈夫だからっ!」――)



 と拒絶されてしまった。


 だから催眠術にかけて疲れを取ってあげようかなって思ったのだ。通称、催眠療法。


 そう説明すると、



「でも催眠術って……アリスちゃんかけられるの?」


「大丈夫! 任せてっ!」


 お姉ちゃん……婚約者の為だもん!


 催眠術なんてかけたことないけれど、きっとやってみせる!



 お姉ちゃんはちょっと考えたみたいだったけれど、


「……じゃあ、ちょっとだけやってみてくれる?」


 躊躇いがちに、そう言ってくれたのだった。




 でも、どうしよう? 勢いで言ってはみたけれど、私催眠術なんてかけたことないしなあ。


 そうだ。お姉ちゃんが好きな海外ドラマで、主人公が催眠術をかけるシーンがあったっけ。あれを真似してみよう。


 私はお姉ちゃんの手をぎゅっと握る。すると、お姉ちゃんの体はびくっと震えた。



「お姉ちゃん、体から力を抜いて、リラックスしてね」


「う、うん……」


 頷いてはいるけれど、お姉ちゃん、緊張しているみたい。


 私は記憶を探りつつ、ゆっくりと言葉をかけていって、



「今、お姉ちゃんの体は疲れちゃってるの。だから、私が疲れをとってあげる。私の言うことを聞いてくれれば、すぐに疲れはとれるからね。分かった?」


「……うん。分かった」


 今度は、お姉ちゃんは言葉だけで首肯してくれた。


 ……大丈夫かな? これで催眠術にかかったのかな? ……よし、試してみよう。



「お姉ちゃん、キスして」


 するとお姉ちゃんは、



 ちゅっ



 してくれた。


 ちょっと身を乗りだして、唇を重ね合わせてくれた。



 ……何だろう、お姉ちゃん、いつもよりちょっとだけ積極的な気がする。


 ていうか……ていうか! 私、催眠術かけられてる! すごい! 私にそんな才能がったなんて!


 他にもやってみよう。何がいいかな。えぇと、えぇっと……



「お姉ちゃん、好きな人の名前教えてほしいな」


 気のせいか、お姉ちゃんがぴくっと動いた気がした。


 すぐに答えは返らずに、数秒の沈黙の後で、



「アリスちゃん、です……」


 とのお答えが。



 …………えへ。


 えへへ。えへへへへへへぇ……


 そっか、そうなんだあ。お姉ちゃん、私が好きなんだ。



 まあ知ってるけれど。


 それでも、こうやって言われるとうれしいものだなあ。



「どういうところが好きなの?」


 さっきよりも強く体を震わせるお姉ちゃん。


 そして、さっきよりも少しだけ長い沈黙の後で、



「とってもかわいいし、キレイだし、いつも私を大切にしてくれて、考えてくれて……一緒にいると楽しくて、それだけで幸せで、もっと触れ合いたいって、感じたいって思って、それで……」


「もっ、もういいですありがとう」


 うぅ、やばいやばい。


 すっごい照れる。何だろうこれ。



 もう! 照れさせるのは私の役目なのに! これじゃいつもと逆じゃん!


 お姉ちゃんのくせに私を照れさせるなんて! お姉ちゃんのくせに生意気だぞ!


 そんな悪い子にはお仕置きしなきゃ……



「ねえ、お姉ちゃん。私もね、もっともっとお姉ちゃんと触れ合いたいの。だから、お洋服脱いでほしいなあ」


 三度震えるお姉ちゃんの体。心なしか、顔が赤くなっているような……?



 首をかしげる私の目のまえで、お姉ちゃんはゆっくりと立ち上がり、自分の服に手をかけた――




 ――どうしよう。


 私の頭には、さっきからそんな考えばかりが浮かんでいる。



 アリスちゃん、急に催眠術をかけるなんて言いだして。


 落ち込んだ顔を見たくないから、かかったフリをしてるんだけど……



 好きな人の名前はとか、どんなところが好きなのとか、そんなこと訊いてくるなんて、アリスちゃんかわいいなあ。


 しかも自分で訊いておいて照れてるし。普段が普段だから、こういうのはちょっと新鮮かも。


 なんて、最初はちょっとほのぼのとしていたけど、



「お洋服脱いでほしいなあ」



 突然そんなことを言われて、顔が引きつりそうになった。


 ふ、服を……? マジですか。



 アリスちゃんはじっと私を見ていて、不思議そうに小首をかしげている。


 もしかして、不安になってるのかな? うぅっ、アリスちゃんが落ちこむ顔見たくないし。仕方ない……



 私はゆっくり立ち上がって、服を脱いでいく。


 まずは、パーカーから。次に中のキャミソールを脱いで、上はブラジャーだけになる。


 ……下も、だよね。


 アリスちゃん、じっと私を見てる。やっぱ恥ずかしいなあこれ。


 でも、ゆっくり脱いだら余計に恥ずかしいだけだし……えいっ! 私は一思いにルームウェアのショートパンツを脱いだ。



 下着姿になった私を、相変わらずアリスちゃんはじっと見ている。


 は、恥ずかしい……。


 羞恥に負けて手で体を隠しそうになるけど、今の私は催眠術にかかっているわけだし、それは不自然だよね……



「お姉ちゃん。私のお洋服、脱がしてほしいなあ」


 そう言って、アリスちゃんは両手をバンザイした。



 や、やっぱりそう来るか。何となくだけど、言われるような気がしてた。


 予想していたからか、私は自分でも驚くくらい簡単に従った。お風呂に入るとき、着替えるときなんかにも、お互いに脱がせあったり着せあったりしているからっていうのもあるかもだけど。



 私はしゃがみ込んで、アリスちゃんの服に手をかける。


 アリスちゃんはじっとしてされるがまま。結局、アリスちゃんも私と同じように下着姿になった。


 アリスちゃんがつけているのは、淡い水色の下着だった。シルク生地の、フロント部分に花の刺繍がされた下着。


 ……私、この下着初めて見るかも。用意してたのかな? こういう時の為に。


 それとも、いつも準備してるのかな? いつ、そうなってもいいようにって……



 アリスちゃん、すっごくキレイ……


 きれいな白い体に、きれいな下着が吸い付くようで、なんだかドキドキしてきた。


 ど、どうしよう。私、もっと……アリスちゃん……



「お姉ちゃん、抱きしめて。ぎゅーってしてほしいなあ」



 おねだりするように言われる。


 甘えるように仕草と言い方に、一瞬、頭が真っ白になって、


 気づいた時には、私はアリスちゃんを抱きしめていた。


 言われたように、ぎゅーっと。強く強く、もっともっと、近くに感じられるように。



 温かい……


 こうして下着姿で抱き合っていると、やっぱりぬくもりをより強く感じる。


 温かくて、なんだか心地いい。ずっとこうしていたいと思える。


 一つだけ不安なのは、うるさいくらいに高鳴っている心臓の音が、アリスちゃんに聞こえていないか……



「お姉ちゃん、催眠術、かかったフリしてくれてるでしょ?」


 突然そんなことを言われたのでビックリしてしまった。


 けれど、アリスちゃんは適当に言っているんじゃなくて、確信を持っているように思えた。



「……気づいてたんだね」


 正直に言うと、アリスちゃんは「流石に気づくよ」と笑った。


「私、催眠術なんてかけられないもん」


 なにそれ、と私もちょっと笑ってしまう。



「ごめんね、嘘ついちゃって。アリスちゃんが落ちこむところ、見たくなかったから……きゃっ!?」


 私の言葉は、無理矢理に中断させられる。


 突然、アリスちゃんに押し倒されてしまったから。



「どうしたの、アリスちゃ……んむっ!?」


 強引に体を押さえつけられて、唇を塞がれる。


「まっ、待って……ほんとっ、んむ……どうし……ちゅ、ぅ……っ」



「きれいだよ、お姉ちゃん」


 混乱する私の頭上から、アリスちゃんの言葉がふわふわと降ってくる。


「きれいで、とってもやさしい私の……私だけのお姉ちゃん」


「な、なあに……?」


「えへへへへへへぇ」



 ものすごく緩んだ顔で笑われて、私の顔はちょっと引きつったんじゃないかと思う。


 ど、どうしたんだろう……?



「お姉ちゃぁん、だぁい好きぃ~。うりうり~~」


 アリスちゃんは床に寝転がったかと思うと、私を抱きしめて胸に顔をうずめてきた。


 なんだか気持ちよさそうだけど……大丈夫かな? 私の胸、アリスちゃんのと比べると……その、慎ましやかだし。



「よしよし、アリスちゃんいい子だね~」


 私はアリスちゃんを抱きしめて、優しく頭をなでる。


 絹みたいに細くて、宝石よりもきれいに輝く長い黄金の髪。


 シャンプーと、アリスちゃん自身の匂いとが相まって、とってもドキドキする。



「えへへへ~。お姉ちゃぁん」


 アリスちゃんも、私を抱きしめてくれた。


「ねえ、お姉ちゃん」


「どうしたの?」


「期待してたでしょ? 私と、こうなること」



 予想外の言葉に、頭を撫でる手が止まってしまう。


 き、期待って……



「どういうこと……?」


「だって、お姉ちゃんとってもかわいい下着付けてるから。私に見せるために、準備してくれたのかなあって。……違うの?」


 最後に不安そうな顔をされてしまった。


 うぅ、ずるいよその顔。そんな顔されたら……



「期待っていうか、気をつけてるだけだよ。だって、いつそうなるか分からないし、アリスちゃんにみっともないのは見られたくないから……」


「お姉ちゃーーんっ! かわゆいかわゆい!! もうかわゆすぎだよお姉ちゃーーーーんっ!!」


 今度はアリスちゃんが私の頭を撫でてきた。わしゃわしゃーと、すごい手つきで。



「大丈夫だよ! 私、お姉ちゃんならオムツ穿いてても愛せるから!!」


「それは私がだいじょばないよ」


 それにすごく複雑だよそれ。



 アリスちゃんて、時々ものすごく変なこと言うよなあ。


 冗談みたいなことを、本気で。


 それは私を好きで、大切に想ってくれているからで……



 アリスちゃんを見る。彼女もじっと私を見ていた。


 手を伸ばして、握って、指を絡めあう。


 それだけのことが、くすぐったくて、うれしくて、幸せで……



「お姉ちゃん、疲れとれた?」


「……まだ、ちょっとだけ疲れてるかも」


 アリスちゃんはちょっと笑ったように見えた。


 そして、私の耳元で、



「じゃあ、もっともっとほぐしてあげるね」


 くすぐったさと、羞恥……そして期待に震える私の体を、アリスちゃんはやさしく抱きしめてくれて、



 私たちは、唇を、肌を重ね合わせたのだった――

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