第15話 アリスちゃんは見た

 今更かもしれないけど、我が家の家庭事情を説明しておこう。


 お父さんはよく出張していて、滅多に家には帰ってこない。お母さんもたまにパートで朝から家を空けることがある。


 そういうとき、家事をやるのは私の仕事だ。なんだけど……



「お、おぉう……」


 思わず、ため息をつくみたいな、変な声が出てしまった。


 洗濯籠の中の衣類を洗濯機に放り込んでいると、偶然、ほんとーに偶然、あるものが目に入ってしまった。



 アリスちゃんの、下着が。


 だからって話かもだけど、なんていうか、その……すごく目につく。


 黒い。黒くて、レースで、それに透けてる、あと上下お揃い……



 あ、アリスちゃんて、いつもこんなのつけてるの?


 こういうので、学校に行って授業受けてるの? 私と出かけたときも、こういうのつけてたのかな……?



 って、いやいやいやいや!


 やめよう。こういうのよくない。アリスちゃんだって、自分の下着をジロジロ見られてもいい気持ちはしないだろう。


 早く洗濯をすませて、ご飯作らなきゃ。




 アリスちゃんと一緒に朝食を作って食べて後片付けまでをすませた。


 今日は平日。アリスちゃんは学校へ行き、午後になると私も大学へ行って講義を受ける。


 いつも通りに。井上もいつも通りカレシの悪口(また別の人)を言っていた。


 いつも通り、だったんだけど……



 いつも通りじゃないことが起きた。


 私の部屋の、私の机の上に、アリスちゃんの下着が置いてある。



 …………



 ……………………



 えぇえええええええええっ!? え、は、えっ!? どっ、どういうことこれっ!?



 瞬きをしたり、こすったり、頬を叩いたりつねったりしてみたけど、下着は消えてくれないし、どうやら夢でもないらしい。


 私の目の前にあるのは、確かにアリスちゃんの下着だ。今日の朝、私が見た、その……大人っぽいやつ。



 ど、どういうこと!? 何でアリスちゃんの下着が私の部屋に!?


 あ、もしかしてアレかな? 先に帰ってきたアリスちゃんが洗濯物を取り込んでくれて、それで間違えて私の部屋に置いたとか……


 いや、でも他の洗濯物は置いてないし、大体自分の下着を見間違えるかな? それにその……目立ちそうだし。


 でも、じゃあ何で……



「お姉ちゃん」


「うぴぃっ!?」


 突然呼ばれて、私はその場で飛び上がってしまった。



 振り返ると、アリスちゃんがいる。



「ごめんね? ビックリさせるつもりはなかったんだけど」


「う、うん。だいじょうぶ気にしないで」


 驚きが尾を引いてちょっと声が上ずる。でも、アリスちゃんは気にしていないみたいで、普通に私の部屋に入ってきた。



「あのね、さっき洗濯物取り込んだんだけど、間違えてお姉ちゃんの部屋に持ってきちゃったみたいなの。ある?」


「えっと……こ、これのこと?」


 下着をアリスちゃんに手渡すと、恥ずかしそうに笑って、両手で隠すように受け取っていた。



「ホントにごめんね? なんか、変なもの見せちゃって……」


「う、うぅん、いいの! 気にしないで!」


 私は何故か慌ててしまう。そして、アリスちゃんは恥ずかしそうな仕草ながらも、何故か冷静。


 そのまま、アリスちゃんは普通に部屋を出て行った。



 ……え? 本当に私の思った通りだったの? 下着だけ間違えるなんて、そんなことある?


 まあ、あるん、だよね。実際そうみたいだし…………


 そういうこともあるんだよ、うん。




 って、そんなわけないじゃん!



 思わず、そう突っ込んでしまう。


 でも、そんな訳ないのだ。


 だって次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、私の机の上にはアリスちゃんの下着が置いてあった。



 白くて、布が小さくて、ちょっと透けてるやつとか!


 Tバッグとか、ヒモパン(ヒモが縫ってあるのじゃなくて解けるやつ)とか! そんなのばっかり置いてある!



 アリスちゃんは毎回「間違えちゃった」なんて言ってるけどそんな訳ないじゃん! わざとに決まってるじゃんこんなの!


 ある日のこと、ついにそう突っ込んでしまった。



「ねえ、お姉ちゃん」


 しかし、アリスちゃんはとっても冷静。


「これ、なーんだ?」


 私にスマホの画面を見せてくる。そこに映っていたのは……



 私だった。



 洗濯機の前で、アリスちゃんの下着を見ている私。



「こ、これ、なんで……」


 予想外のことに言葉を失っていると、アリスちゃんの顔には妖しい笑みが。


「この前たまたま見ちゃったの。ビックリしたなあ」


 一歩、また一歩、アリスちゃんはゆっくりと、でも確実に近づいてくる。


 私はすぐ壁際まで追い詰められてしまった。



「お姉ちゃんてさ、女の子の下着が好きなの?」


「へあっ!?」


 あまりに予想外な言葉に、変な声が出てしまった。



「だってこのお姉ちゃん、すごく一生懸命に見てたから、私思ったの。女の子の下着が好きなのかなあって。だから私、お姉ちゃんのお部屋に下着を置いてみたんだ。お姉ちゃんが喜んでくれるんじゃって思ったから」


「べっ、別にそういうわけじゃ……」


 アリスちゃんは「ふーん」と気のない返事。でも、次の瞬間には妖しい笑みを浮かべて「じゃあ」と言った。


 言いながら、アリスちゃんはブラウスのボタンを外していって……!?



「ち、ちょっとアリスちゃん!?」


 あっという間にボタンは全部外されて、隠れていた白い肢体が露わになった。



 そしてその胸には、対照的な、黒いレースの下着がつけられていて……ってやっぱり透けてる! 見えちゃうってこれ!



「こういうのが好きなの?」


 今度はスカートをたくし上げて、裾をウエストのところに押し込んだ。


 やっ、やっぱり透けてるぅ……!



「ね、どうかな?」


「ど、どうって……キレイだよ、とっても……っ!?」


 私はほとんど無意識のうちに、そう答えていた。


 そしてその直後には、唇を塞がれていた。



「んむっ……んっ……ちゅ……っ……」



 なんだろ……アリスちゃん、なんかいつもより……っ!


 唾液が口から溢れて、肌を湿らせ床に滴る。


 それでもアリスちゃんは私から離れようとしない。私も別に離れたいわけじゃないから、そのまま吸い付いて……どうしても息が続かなくなったら離れて、またすぐにくっついて……



 そんなことを繰り返していると、私の目は、自然と一点に吸い寄せられていく。


 アリスちゃんの、白い肌に張り付いた、下着に。


 私の心臓の音はどんどん大きくなっていって、同時に、私はどす黒い感情に支配されていく。


 欲しい……この子の全部が欲しい……



「ズルい」


 短い言葉に、私の意識は一気に引き戻された。



「私、何かしちゃった……?」


 直前までの感情のせいで、急に不安になってしまう。でも、そういうわけではないらしい。


「私ばっかり見られてる。お姉ちゃんも見せてよ」


 全然違った。ていうか……



 そんなこと言われても困る。


 そもそも自分でボタンを外して、自分でスカートめくったくせに……っ!?



「あ、アリスちゃんっ!?」


 アリスちゃんの手が、私の太ももに伸びていた。


 ゆっくり撫でまわされて、私の体は静電気が走ったみたいにビクビクする。



「お姉ちゃんかわいい」


 そして、今度は耳元で囁くように、


「ねえ、いいでしょ? ちょっとだけでいいから、見せてよ。……だめ?」


 ま、またその顔……


 私がその顔に弱いこと知ってて、わざとしてるんだ。ズルいのはアリスちゃんのほうだ。


 そう思っているはずなのに、私は首を縦に振ってしまう。



 アリスちゃんはいたずらっぽく笑う。


 その白い手が、いつかのように私のスカートの中に入っていく。そして太ももを撫でるみたいにしながら、ゆっくり捲っていって、アリスちゃんに下着を見られ……



「やっ、やっぱりだめぇ……っ!!」



 寸前になって、焦らすみたいな手つきに、羞恥が爆発した。


 私はアリスちゃんを突き飛ばすみたいに引き離そうとする。と、



「お、お姉ちゃんっ!? そんな急に押されたら……きゃあっ!?」


 私たちはバランスを崩して、二人して倒れこんでしまった。



「ご、ごめん、アリスちゃん! だいじょう……」


 途中で止まってしまう。まるで、時間が止まったようだった。


 いつかとは逆だ。アリスちゃんは私の下にいて、私はそれを見下ろしている。



 アリスちゃんの顔は、真っ赤だった。


 赤くて、ちょっと潤んだ目で私を見つめていて……



 これって、そういうことだよね?


 アリスちゃん、私でそういう気持ちになってくれたんだよね……


 こんなにキレイな子が、私を見て、私の体を触って、そういう気持ちになって、そういうことをしたいって、思ってくれて……


 思って、くれて……



 そっか。



 私、うれしいんだ。


 アリスちゃんが、私でそういう気持ちになってくれて、したいって、思ってくれてることが。


 それは、私もだ。私、やっぱり期待してる。


 死ぬほど恥ずかしいのに、アリスちゃんを求めてる。もっと、アリスちゃんを近くに感じたい……



 それはきっと、アリスちゃんも同じ。私を求めてくれてる。


 それなのに、私は自分だけ恥ずかしいような気がして、臆病風に吹かれて……


 どうしよう、私、アリスちゃんに恥かかせちゃったかな……



「お姉ちゃん」



 アリスちゃんの声が、また私を現実に引き戻してくれる。



 彼女は無言で、じっと私を見ている。


 不意に目を瞑った。顔を、ちょっと上に向けて。



 流石の私も分かる。彼女が何を望んでいるのか。 どうすれば、さっきの続きをしてくれるのか。


 だから私は、ゆっくりと顔を近づけていって……



「二人とも大丈夫っ!?」



 急にドアが開かれ、一人の人物が入ってくる。それはおばさんことお母さんだった。



 …………



 ……………………



 あっ。

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