彼らは何者か?

 ゴトリと重い音を立て、美女の腕から手錠が落ちる。

 サッと煙草を投げ捨てて、アルタモントが振り返る。



 驚き固まるオシプやボルクやその部下らを尻目に、二人は突然動き出す。



 美女は男達の手を振り解くと、猫のような俊敏さで椅子を掴み立ち上がる。それを風車のように振り回し、ところ構わず薙ぎ払う。弾丸すらも跳ね飛ばす。彼女は自分でドレスの裾を引きちぎり、はみ出した白い膝で近づく者の顎を突いた。「あっ」と叫んで倒れる男。その顔へ、容赦なくハイヒールの鋭い踵が襲い掛かる。


 アルタモントは背後の男の銃を奪うなり、弾倉マガジンを引き抜いた。それをボルクの方へ投げつけながらテーブルの上に飛び込んで、転がりながら両腕を伸ばす。同時に袖から二丁の銃が滑り現れて、手品のように指にはまる。刹那、彼は寸分の迷いなく引き金を引いた。

 耳が遠くなるような破裂音が響く。そして一瞬、部屋は静寂そのものに。ボルクは投げつけられた弾倉マガジンを避けようと身体を捻りながら、何故彼が一発しか撃たないのだろうと不思議に思っていた。しかし、次の瞬間ばたりばたりと部下が斃れて全てを悟る。アルタモントはこの一瞬、全弾を打ち尽くしていたのだと。


「うわあああああああーーーっ?!」

「は、早く殺せ!! やっちまえ!!」


 瞬く間にオシプの部下もボルクの部下も大混乱の中に陥った。男達は慌ててマシンガンを持ち直したが、既にその手が震えている。浅い破裂音と共に飛び散った弾丸は、まるで無駄だった。幼子が投げる球のように無力だった。美女がまるで踊る様に身を翻し全てを躱し切るのと同時、アルタモントは懐から弾倉マガジンを抜き出して、再装填リロードまで終えてしまう。男たちの弾丸は二人の身体をかすりもしない。

 代わりに砕け散ったのは窓だ。シャンデリアの光を映し、キラキラとガラスが降る。嵐がそれに混じり合い、ゴウゴウと吠えながら男たちを傷つけて行く。濡らして行く。

 息も出来ぬほどの恐怖を、その場にいる人間のほとんどが感じていた。だが、美女とアルタモントの動きに隙はない。慈悲もない。



 ガン、と男の一人へ椅子を投げつけた美女は、床からナイフを拾い上げる。銀の刃は彼女の凄艶な笑みを映して不気味に閃いた。


「さあ、次に死ぬのは誰かな?」


 ふざけるな、と答えて引き金を引いた男は、次の瞬間もう生きてはいなかった。彼女の投げたナイフがその胸で震えていたからだ。

 慌てて仲間が駆け寄るも、不意にあのフランス人形が動き出しその進路を塞いだ。人形は「ヒヒヒヒ」と笑いながら鋭い牙を剥いて飛び上がり、悲鳴を上げる男たちの喉笛を噛み砕いて回る。



 アルタモントは冷静だった。部屋中の調度に身を隠しては撃つ、撃つ、撃ちまくる。その狙いは恐ろしいほどに正確だった。轟音が鳴り響く度、こめかみに穴を開けた死体が積み重なる。


「弱い、遅い、退屈だ」アルタモントが呟く。


 何だとっ、と男が武術による接近戦を挑んでも、アルタモントの重く鋭い一撃や蹴りの前にはまるで子供のようなものである。サッと突き出したナイフをはたき落とされ、一瞬後にはあばらの骨が折れていた。更に内臓を破られて、ドス黒い血がドッと口から溢れ出した。



「な、何だと……?!」


 一体何が起きた。何が起こったのだ。

 全ての部下を失い、気づけば額や首に銃やナイフを突きつけられて、オシプもボルクも狼狽えた。



「審判の日が来たってことさ」


 ロシアの地で美女は言う。ただその声は、先ほどとは打って変わって冷たかった。更に言えば、女のものではなかった。


「お、お前は男か?!」その顔で? その身体で? 


 そんなまさかと、オシプは目をむいた。


「ああ……ガッカリさせて悪いね。でも女に化けた方がパーティーに出やすかったし、わざと妙なことをしてもその場で殺されないほど、君も油断してくれたからね。

そう、僕をわざわざ探していたデータのある場所へ連れて来てくれてありがとう。遠慮なく頂くよ」





「う、裏切ったのか、アルタモント!」

「それは違う」ボルクに答えるアルタモントの口調はガラリと変わっていた。

「俺はそもそもお前の部下ではない。情報屋でもない。アルタモントという名でもない」

「な、何ぃ?!」

「俺の目的は、お前たち組織の殲滅と、この部屋に散らばっている書類の回収だ。実用養蜂便覧そこの本は、やるからあの世に持っていけ。聖書の代わりにするといい」




「お、お前は何者だ!!」


 遠く離れた二つの地で、オシプとボルクは同時に叫ぶ。



 

 直後に閃く銀の刃、無情に火を吹く鉄の銃……すでにこの世での運が尽きて、彼らは床にくずおれた。しかし、意識が途切れるその瞬間、はっきりと見聞きした。


 人形を抱えた青い瞳の男が、艶やかに笑いながら囁くのを。

 火星のような赤い瞳の男が、水の滴る黒髪をかき上げながら呟くのを。


「僕はMI6の秘密諜報員エージェントさ。ロビン・フッドって名前だよ」

「俺は英国アイリッシュマフィアの殺し屋だ。名はシャーロック。シャーロック・ホームズだ」

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