第一章/僕は医者になりたいんだ!
そもそもの始まり
運命がおかしな方向へ走り出したこの日のことは、多分一生忘れないだろう。
一、朝起きて服を着替えようとしたら、つま先をベットの足に思い切りぶつけた。
二、コーヒーを飲もうとしたらカップをひっくり返して、おろしたてのシャツを台無しにした。
三、気分転換をしようと思って散歩に繰り出したら、不良に絡まれてボコボコにされた。
それでもまだ、その時の僕は希望を捨てていなかった。
「大丈夫。もう間もなく、輝かしい日々が始まるはずだ」と思っていた。
夏が終われば秋が来るのと同じように。
世界がついこの間、二十一世紀を迎えたのと同じように。
だけど……四つ目。
“リーハ・H・マフィー様
選考委員があなたの願書を検討した結果、残念ながらあなたの学歴では入学を許可することができません。これ以上前向きな回答ができないことを残念に思います。”
“リーハ・H・マフィー殿
この度はご応募頂き、ありがとうございました。厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが、今回は入学を見合わせて頂くことになりました。”
“リーハ・H・マフィー様
選考委員が慎重に検討しました結果、誠に残念ではございますが、今回はご期待に添えない結果となりました。なにとぞご了承くださいますようお願い申し上げます。”
「ウッソだろ……?」
PCに電源を入れた、その瞬間のことだった。いつか立派な医者になるために僕がどうしても入りたいと思っていた全ての大学からの不合格通知が、雨あられのように受信箱に降り注いだ。ピコンピコンピコン……同時に十歳の頃からずっとずっと頭の中で描いていた人生行路のビジョンがガラガラと崩れて行き、僕は底のない絶望の淵へ真っ逆さまに落ちて行った。そう、これがそもそもの始まりだったんだ。
「リーハ! ご飯ができたわよ~!」
いやいや、一つ忘れてた。
その時「バーン」と勢いよく扉を開けて入って来た母さんからの追い打ちも、やはり僕の人生を変えた原因だったと思う。
「ご飯……? ごめん、今日はいらn」
「うわっ、すっごい暗い顔! やっぱり! 予想通りだわ! アンタ大学落ちたでしょ、顔でわかるわ~!」
母さんはデリカシーが無いどころの話じゃない。第一声で迷う事なく僕の心を砕いて来た。
「まぁ気持ちは分かるけど、いつまでもメソメソしてちゃダメよ、早く気持ちを切り替えなさい! アンタは別にお医者さんにならなくても良いんだから!」
「は、はい……?」僕はめんくらった。
それってどういう意味だろう。僕を励まそうとして言ってくれているのか?
「違う、違う、アンタはほら、これから園芸や農業を勉強すれば良いのよ! それでゆくゆくは私と一緒に野菜栽培の仕事をするの!」
ちょっと待って、僕の夢は野菜を作ることじゃない……
「だってね!」と母さんは、僕の反応を全く無視して、手に持ったお玉を振り回しながらしゃべり続ける。
「いつもはこの時期に、近くにあるビニールハウスにたっぷりレタスの種まきをするんだけど、私は他の畑の世話もしなきゃいけないじゃない?
ほんと人手が無くて困るのよ! アンタが早く一人前になってくれたら助かるわ~。ねぇ、今年はレタスの他に、私が働いてる大学の研究で、イチゴやトマトも植える予定なのよ。
あ、アンタが昔使ってた長靴とか軍手とかはもう捨てちゃったけど、すぐに新しくブランド物で揃えるから、大丈夫よ!」
どこが大丈夫だよ。
「それからね、突然だけど私たち、来週カリフォルニアへ引っ越すわよ!」
は?
「あちらの大学の先生が私の野菜栽培の技術をすごく評価してくれたみたいでね、スカウトされちゃったのよ! ねえ、凄くない? もうこの家も買い手がついたから、私達は晴れてカリフォルニアの民よ……ってリーハ? どこ行くのよ!!」
バタン!
僕は母さんの脇をすり抜けて夕暮れの街へ飛び出した。
嫌だ、嫌だ、嫌だーーっ!!
何が「早く気持ちを切り替えなさい」だよーーっ!!
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