僕はパンを食べていた
「そこのテーブルに紅茶があるよ」と言われ、じゃあまずそれを飲もうと僕は窓際の椅子に座った。パンを食べながら、絵を描いているロビンさんを見ていた。
ロビンさんの手つきの優美な事と言ったらない。
細い絵筆から生まれる一本一本の線は、魔法のようにスミレの花をキャンバスに浮かびあがらせてゆく。
生き生きとした緑の葉。しっとりと露を含んだ青い花びら。もう絵だとは思えないほどにリアル。けれどもただ「写実的」というのではない。何か、胸に迫るものがあった。
窓から入ってくる光を浴びているせいか、それを描いているロビンさん自身、まるでこの世の人ではないかのように、美しく幻想的な雰囲気を纏っている。なんだか美術館にいるような良い気分だ。
ただ一つ、昨夜のあの不気味なフランス人形さえいなければ……
僕の気分は、それですっかり台無しになってしまった。ホームズさんに踏みつぶされてばらばらに壊れたはずなのに、人形は五体満足でしかも、髪もドレスもきちんとしている。顔にも傷一つない。昨日と同じく妙にきらきらとしている瞳でじっと僕を見ている。
ロビンさんが直したのだろうか?
うん、多分と言うか絶対そうなんだろうけど……怖過ぎるよこれ……
僕は人形を見ないで済むように体の向きを変えた。
窓の外を見ていると、玄関の扉が開く音がした。
昼食の買い出しにでも行くのだろうか。ユウミさんが綺麗な金髪を風に靡かせながら、軽やかに通りを歩いて行く所が見えた。
ああ、しまった! まだおはようの挨拶もしていなかった!
僕は思わず腰を浮かせた。でも、今から追いかけても間に合わないだろうし、そもそも挨拶は焦って言うものでもないし……。
迷っているうちにユウミさんの姿は見えなくなってしまった。それで諦めて僕は椅子に座り直しぼーっとテーブルを見つめてパンをかじった。すると突然、僕は駆け寄ってきたロビンさんに、椅子からダイニングの方へ突き飛ばされた。
えええええええ?!
あんまり突然だったので、構える暇も何もない。僕は二メートルか三メートルほど吹っ飛んで、堅い床に叩きつけられた。
痛い、ひどいよ!! 僕が一体何をしたって言うんだ?!
痛みで床を這いずりながら見ると、ロビンさんは僕を残したまま、凄く真剣な顔で玄関の方へ走っていった。そのすぐ後ろをあの人形が……ロビンさんの絵やイーゼルや絵筆などの入ったトランクを引きずってついて行っ……いや、これは見なかったことにする。
僕も立ち上がろうとしたその時、不意にすぐそばで「ドゥルルルル」と怪物の唸り声のようなエンジン音が響いた。ギョッとして固まっていると、次の瞬間、ガッシャ―ンとこの世の終わりのような音を立てて、窓が粉々に砕け散った。
嘘だろーーっ?!
僕は慌ててうつ伏せになり、飛んでくる鋭いガラスの破片から顔を守る。
でも、守りきれない背中や首がチクチクした。きっと細かい破片が飛んで来たんだ。
しばらく生きた心地がしなかった。でも少しするとガラスの雨嵐は収まったので、僕は服や髪についた破片を払いながら、恐る恐る立ち上がった。
信じられないことに、一台の
車のエンジンはまだかかったままだった。前のタイヤが空中に浮いたまま、グルグルと回っている。後ろのタイヤは、今朝ユウミさんが水を上げていた花壇に入り込み、土を引っ掻き回している。
こりゃ大変なことになったな……と思っていると、車の窓ごしに運転手の女性と目があった。
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