Be the hero you want to be.

 おいおい、何だよ! まるで映画スターみたいに格好良い人だな!!

 かなり感心しながら見つめていると、ホームズさんは不意に低い声で喋り出した。


「ベーカー街221Bだ」

「え?」

「名前はサンクチュアリという」

「へ?」


 何だ、その自己紹介は……?

 僕とマイクは面喰らい、揃って間抜けな声を出した。


「あの、ホームズさんはホームズさんですよね……?」マイクがおずおずと尋ねる。

「当たり前だ。何故そんな馬鹿な事を聞く?」ホームズさんは訝しげな顔をした。

「俺が言ったのは、そこのウエストミンスター高校上がりの浪人が知りたがっている、下宿の住所と名前だ。

ついでに言うが、そこの家賃は光熱費、一日二回の賄い込みで一月、四百五十ポンド(約六万八千円)だ。大家はそこに住んでいるらしいから、予約無しでも部屋の下見は出来るだろう」


「えっ!」僕は驚いた。


 下宿の家賃の安さにもびっくりしたけれど、それ以上に、まだ何も言っていないのに、僕らの訪問の趣旨を全て理解しているホームズさんに驚いたのだ。


「な、何故分かったんですか!」

「お前さんには分からないのか」

「分かりません」

「なら分からなくても良い」

「いや、でも! 僕は知りたいです!」

「ほう、こいつは珍しい」ホームズさんは急にニヤニヤし始めた。

「まあそこまで言うなら良い、教えてやる。全て観察をすれば簡単に分かる事なんだが」


 ホームズさんはテーブルに腰かけながら指差した。


「まず、お前さんが来ているトレーナーだ」

「トレーナー?」


 僕は自分の服を見る。見たけど、分からない。僕が着ているのは、普通の服だ。何となく習慣になっていて、今日も着て来てしまった高校の制服だ……あ。


「そうだ、服の状態と紋章を見れば、お前さんが以前、高校……それも学費の高いことで有名な、パブリック・スクールのウエストミンスター校に通っていて、今年卒業したという事が分かる。マイクの紹介の仕方を考えてもな」

「な、なるほど!」


 一瞬で納得。

 確かに、このトレーナーを着ているのは、学校の看板を背負っているのと同じ事だった。

 それに、マイクは僕のことを「同級生の……」と言ったのだ。マイクの歳を知っている人なら、僕の歳も分かって当然だ。


「でも何故、僕らが下宿の話を聞きたがっているという事まで分かったんですか?」


「俺が下宿の話をマイクにしたのは、つい昨日の事だ。それからまだ一日も経っていない。そんな時に、途方に暮れた顔の同級生を連れて来られたら、意味は推して知るべしだ。誰でも分かる」


「あー……そうですよね」


「それも、こんな時間に人に訪ねに来るくらいだ。お前さんは親から逃げ出す事に必死なようだな。夢を追うのを反対されたか」


 ホームズさんの推理はいちいち核心に迫っていて恐ろしいほどだ。

 僕は「ええ……そうです」と頷いた。


「けれどもお前さんには、上手い事にいくらか自分の自由に出来る財産のあてがあるようだな」


「ど、どうしてそれが」


「高校を出たばかりの若者が、親の助けも無しに一人暮らしをするのは大変だ。しかしそれを、お前さんはあっさりと叶えようとしている。慌てて下宿を探そうとしている所からして、国の補償に頼っているのではない。そういう申請が通るのには、時間がかかるからな。

という事は、お前さんには自由になる金があるという事だ。年齢からして、遺産相続と考えるのが妥当だな。では、誰の遺産か?


それは、お前さんがはめている腕時計から推理した。それは、若者にはにつかわないブランド物。何かの記念にもらった事は一目瞭然。

文字盤に彫られている年月日からして、お前さんの高校入学のはなむけだったのだろう。


しかし、一度の受験の失敗で『家に帰って来い』という親が、ブランドの腕時計を贈ってまで息子を激励するかどうか。

祖父か祖母か、それ相応の関係の人間からの贈り物、という方が納得出来る。重厚感あるデザインからしてそれを贈ったのは、男と考えるのが妥当だろう。


さて、時計の盤面には「お前の思う英雄であれ」という言葉も彫られているな。随分、軍人的な言葉だ……。そういうことを言う人間ならば、お前さんをあらゆる意味でサポートしていてもおかしくない」


 その通りだ。僕は、ホームズさんの目を見て大きく頷いた。




 僕の父さんは僕が生まれる前に死んでしまった。だから僕を育ててくれたのは、母さんと、父さんの親戚であるハロルド伯父さんだった。

 伯父さんは優しく、そして厳しい人だった。よく言われたのは、人に親切であること。正直であること。姿勢は真っ直ぐ、話し方は丁寧に。そんなことだ。

 僕がそれを守ると目を細めて褒めてくれた。


『偉いぞ、リーハ。お前は立派だ』


 僕もそんな伯父さんを尊敬していた。大好きだった。

 血が繋がっているとは言え、僕は伯父さんの息子ではない。でもそれと変わりなく接してくれた。僕の高校の高い学費を補ってあまりあるほどの財産を残してくれた。伯父さんは僕を、本当に心から愛してくれていたのだ。


 けれど残酷に時は過ぎ、伯父さんは三年前に突然、交通事故で亡くなった。

 伯父さんの最後の言葉は悲しいけれど温かく、今でもしっかり覚えている。


「人生には、辛い事と同じくらい楽しい事もあるんだよ。だから元気を出すんだリーハ。前へ進むんだ。いつか私の言った事を忘れないでほしい」


 お前の思う英雄であれ、と。


 第三次アフガン戦争の軍医だったこともあるからか、伯父さんは本当に強い人だった。

 いつも笑顔で、どんな小さなことにも感謝をしていた。誰にでも優しかったし、進んでゴミ拾いや植樹等の自然を良くするための活動をしていた。しかも僕の知る限り、一度も愚痴や弱音は吐かなかった。

 伯父さんは確かに、自分の思う英雄であったに違いない。




「そうだろう」と、言ったホームズさんの目は、とても優しかった。

「だから、自分の人生の為とは言えどもその歳で下宿住まいを考慮する事が出来るのだと、俺の推理は一周廻ってそこに辿り着く」


 ホームズさんは、僕の腕時計を見ながらそう締めくくり、「証明終わり」というように両手を広げた。

 僕は思わず拍手した。

 ホームズさんはちょっと嬉しそうにした。頰は紅潮し、瞳はきらきら輝いている。

 でも僕の視線に気づいたホームズさんは、パッと顔を背けて言った。


「ま、これは俺の職業だからな。当然の事だ」

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