6.Wデート?/Aとの再会
斗桝カイリは忙しい。
二日ほど前に「飯屋とます」は新メニュー『豆腐ハンバーグ』を追加し、そこから電子掲示板、SNS等での口コミによって噂が広がり、他地区から訪れる者まで現れ、客足も以前より伸びているようだ。
ウネも店が賑やかになったと最近嬉しそうである。
が、今まで以上に客が増えるという事はその分仕事量も増えるというもの。繁忙な接客や出前注文の増加に、カイリは喜んでいいのか複雑な気持ちであった。
そんな風にカウンターでため息をついていたときに、カウンター席で昼ごはんを食べに来ていた宇堂寺うどうじレンからある相談を持ち掛けられる。
「オフ会ぃ?」
オフ会。
オンラインゲーム等で知り合った者同士が
レンはおそらくSTSで知った誰かと落ち合う約束でもしたのだろう
「そうなんス相手はSTSのペアの人で…」
「ほーん」
カイリは今、遊びの話にカマかけている程暇ではない。
せいぜいゲーム仲間同士楽しんで来いよ、とだけ言い放って厨房に戻ろうとするが…
「そこなんスよ、その人のことなんスけど、実は…」
「女の子……だったんス」
ものすごく腹ただしい情報を聴き、カウンターへ舞い戻るカイリ。
その形相はやや厳か。
「お客様、マウントは当店ではおやめください」
「そういう事じゃないんス~~!!カイリくんに頼みがあるんっスよ…」
なんだ、女の子とのイチャコラする予定を自慢しに来たんじゃないのか、と心の中で思うカイリ。
レンはもにょもにょと何か言いたげにしている。
まさか着いてきてほしいとでも抜かすのでは……
「着いてきて欲しいんス、I地区まで」
ほらやっぱり。
「しかもなんでまた他の地区まで……」
「そこにその子が住んでるんス…そこの中央公園で落ち合おうって。でも最後に『私、女だけど……w』ってチャットに出てきて…自分、女の子と話したことないし、カイリくんがいてくれたらなーって」
そんなに全幅の信頼寄せられても何も出ませんぜ、とカイリは思う。
レンはコミュ障とかではないが、女子に余り耐性が無いため殆ど話さない。
カイリの所属する
ただのゲーム好きだけではなく、スポーツもゲーム感覚でこなせる身体能力を持ち、頭の回転も速いため成績も優秀。
明るい性格や整ったルックスも相まって学校中の女子はもちろん、男子からも人気の高い生徒である。
しかしどうだろう、学校での話し相手はゲーム話の通じる男子ばかりで、女子はその話にうまく溶け込めないし、レンもそう想定しているため滅多に女子と話しはしない。
そういう環境のため、未だに異性に対しての接し方などが分からずのままなのだ。
「いいんじゃないの。I地区、行ってあげな。アンタとレンくんの仲じゃないのさ」
カイリに同行するように促すウネは、慎重に唐揚げ定食の盛り付けをしている。
「でもよバーちゃん、俺がここを開けたらその年でワンオペを痛ぁ!!!!」
「『その年で』は余計だよ!!まだぴちぴちの65歳に向かってぇ!」
ウネはその場にあったお盆を投げつけ、カイリの額にクリーンヒットさせる。
65はれっきとした『その年』なのだが…と付随して言おうとしたが、二枚目のお盆がウネの手元に見えたのでカイリは口を紡ぐ。
「今回はレンくんに免じて、特別に休ませてやるから。アンタもI地区で遊んで気分転換、してきな」
この祖母は、もしかすればカイリを気遣っているのかもしれない。
高校生、思春期という多感な時期___なおかつ、不登校という立場と、それに相応する切羽詰まった彼の悩みを汲み取ったうえで、それを促しているのかも……とカイリは思った。
「I地区ってったらね、マカダミアナッツチョコ。お土産頼むよ~~我が孫!!」
「結局そんなコトだろうと思った……」
俺の思い違いだったか、と思いカイリは一呼吸置き、ため息をつく。
時は流れ1週間後。
レンとカイリは中央地区・M地区駅からI地区駅へのリニアモーターカーに乗り、一時間半程度で何事もなく到着。カイリにとってはこれが人生初の他地区への移動となる。
地区間について説明をしよう。
地下世界に建国された
中央地区から真北にあるカイリ達の住むM地区から時計回りにL、T、I、Θ、N、Jと連なるように「県」が成り立っている。
中央地区とそれぞれの地区が面している場所には『駅』があり、中央地区の円周をなぞるようにレールが敷かれ、そこをリニアモーターカーが通るのでそれを地区間への移動の手段として使用している。
「すっげぇなコレ……」
高層ビルやマンションの合間に見えるトラディショナルな石造りの建物や、奥に見える巨大な湖をザアザアと進む客船クルーズと、湖畔にそびえる「テラ・オペラハウス」と呼ばれている巨大な建造物。
M地区にはない他地区の文化を生の感触で感じるカイリ達は、異国の地に舞い降りた高揚感で体がうずいていた。
「まるで異世界にでも来たみたいっスねカイリくん!!」
「本に書いてあった通りだなー、この古そうな建物は文献に書いてあったシドニーとかいう所のモンにそっくりだ」
レンの感想を無視して建造物や露店の売り物にクマの酷いその目を光らせるカイリ。
I地区に出発する以前、いつものように父の残した地上の文献をこっそり読み漁っていたカイリは、地上時代のオーストラリアについての資料を偶然にも手にする。
そこからI地区の文化や建物と酷似している記事を目にし、興味を持つようになったのだ。
I地区にはオセアニアに住んでいた人間の血統を持った住民が多いためであるが故に、文化が引き継がれていったのであろう。
「カンガルー食べる文化も一緒じゃん!資料に書いてあった通りだなぁ」
「カイリくぅん!!はしゃぐのは良いっスけどちゃんとついてきて欲しいっス!」
珍しく幼児のようにあちこち歩き回りながらはしゃぐカイリを注意するレン。いつもとは立場が逆なはずなのだが。
「おーすまんすまん。んで、相手とは連絡とれたか?」
「うん、湖のほとりのクタジュタ公園ってとこで待ってるって…」
メインストリートを練り歩きながら例の相手と交信し、目的の場所へ向かう二人。
クタジュタ公園______今二人が歩く道をまっすぐ行った先にある湖の前にある公園である。
「おーいい景色」
「人気のスポットらしいっスね。……というかいつの間にそんな串焼きを買って…」
「旨いぞこのラム肉の串焼き。もう一本買ってるから食うか?」
「今はいいっス…」
公園の傍の露店で買った串焼きをレンの方へちょいちょいと振るが、受取りを断られてしまう。レンはどぎまぎしていてそれどころじゃなさそうだ。
「じゃ、俺は近くで見てるからあと頑張れ~」
さっと振り返り離れのベンチへ向かうカイリ。
「え!!??一緒に会ってくれるんじゃないんスかぁ~~!!」
「バカ野郎、赤の他人のオレが居たらややこしいだろうが。ここからは応援してやるから一人で頑張れ」
そんなぁ、と涙目で言うレンを気にも留めずカイリはベンチへすたこらと歩いていく。
『良いのか?奴を捨て置いても』
「心配すんなネギー、ずっと俺に頼りっきしではアイツも成長しねーだろ。それに…」
横目でおどおどしているレンを見やるカイリ。その表情は気味の悪い笑みを浮かべている。
「女の子と話すんだろ?アイツも男だし、この先面白い展開にしかならんだろ」
『ふむ。貴公の「面白い」というのはまるで理解できんな』
理解しがたい感情を汲み取り不思議そうにするネギーをよそに、ニヤニヤしながら向かった先のベンチに座るカイリ。
「よっこらせ」
「どっこいしょ」
『二人』はベンチに腰をゆっくりと下ろす。その互いの声はシンクロし、木製のベンチはそれに呼応するかのようにギギッと軋む音を上げる。
「……お?聞き覚えのあるような声が」
「あれ、この声はもしや……」
「まさか店員がいたとはな、ようこそI地区へ」
「あ……アンペイル…さん、だっけ?お久しぶりで」
「さん付けはいらねーっての」
相席した相手はまさかのアンペイルであった。以前店へもてなして以来は邂逅することなく過ごしていたがどうして。
「…えっとアンペイル。アンタはどうしてここにいるんだ?」
「どうしてもこうも、オレはこのI地区の生まれだからな。M地区にいたのは用があってだからカンケーねーよ」
アンペイルは黒髪を搔きながら話す。
普段はI地区にいるが、仕事の関係で他地区へ出張する機会はザラでもないこと。本日はその仕事がオフであること。そしてさらに……
「んでさあ、この公園に来たのはウチの姉貴が人と会うから着いてきて欲しいっつってさ。オレはここまで着いてきてとりあえずここで様子見てることにしたワケよ」
「そりゃ奇遇だな、俺も友人がオフ会とかで女の子が苦手だからついてきて欲しいって懇願されて。アンタと同じくして待機中っていう感じで…」
互いに似た境遇を話し、和気藹々としているカイリとアンペイル。とここで、アンペイルが10時の方向へ指をさし、自身の姉を紹介する。
「ほら、アレ見ろよ。あそこに立ってんのがうちの姉貴……おっと、アイツか?会いたがってた奴ってえのは」
指差す方向に見えたるは淡い黄緑色の髪色をしたハーフアップの女性。
絹色のブラウスと足首まで長い薄茶色のスカート、赤とピンクがコントラストを描くフレームの眼鏡を身に着け、なんとも可愛らしい姿の女性である。
と、その彼女に走り寄り対面するのは身長180㎝はあるであろう、灰色のカーディガンに鶯色のテーパードパンツを履く顔の整った青年。
その頭には………どこかで見たようなヘアバンド。
「あれ、俺の知り合いだわ」
「…………………………何だと?」
その青年の姿はまごうことなく
そして以前にも増してドスの利いた『何だと』がカイリの右耳に突き刺さる。
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