第007話 王城にて①

 チュンチュン……


 アレンは、鳥の鳴き声を目覚ましに、目を覚ました。さわやかな目覚めを演出した鳥の鳴き声もアレンの心を晴らすことは出来なかった。


 昨夜の報告のために、王宮に出仕し、国王に謁見を求めなければならない。


(憂鬱だ……いっそのこと……頭が痛いとか言って休もうかな……)


 もちろん、そんなことは許されるはずもないので、出仕の用意を始めることにする。



 多くの貴族では、準備は使用人が行うが、アインベルク家では、使用人の数は、家令のロム=ロームス、その妻でメイドのキャサリン=ロームスの二人だけだ。アインベルク家の屋敷は、それほど広いものではなく、というよりも普通の商家の屋敷に毛が生えたぐらいだ。

 おまけに、夜会、茶会などの社交界とはまったく縁がないために、2人の使用人でも管理が間に合うのだ。


 ロムとキャサリン夫婦は50に差し掛かろうかという年齢であり、アインから見れば、父母を超え、祖父母といった感じだった。アレンがアインベルク家を継いで1年経つが、この2人がいなければアインベルク家は早々に行き詰まっていたことだろう。


 出仕用の礼服に身をつつみ、自室を出ると、食事をとるためにダイニングへ向かう。いつもより早い時間だが、そこは能力の高いロームス夫婦、ばっちりと朝食の用意がしてあった。

朝食のメニューは、パンと目玉焼き、自家製ウインナーが二本、サラダという貴族の朝食としては少々、質素なものであった。しかしアレンはキャサリンのつくる素朴だが、優しい味付けの料理が好きだった。一時期、全寮制の学校に通っており、豪華な食事だったが、どうもアレンはなじめなかった。


 食事を始めると量が少ない事もあるだろうが、あっという間に平らげてしまう。その様子をロイとキャサリンはニコニコと見つめていた。特にキャサリンは、美味しそうに食べるアレンの様子を自分の孫のように見つめていた。


 2人には、クレアという娘がいるが、商家に嫁いでおり、アインベルク家にはいない。クレアには子どもが二人おり、夫婦仲も良いそうなので、幸せな人生といえるだろう。


 アレンにしてみればクレアもまた身内であり、その家族も大事な存在であった。


「ロム、すぐに出仕して、昨夜の事を陛下に報告する。」

「かしこまりました」

「夕方までかかる可能性があるから、昼食の用意は必要ない」

「かしこまりました」

「じゃあ、行ってくる。ロム、キャサリン、今日も家の事をよろしく頼むよ」

「「かしこまりました。アレン様」」


 声がぴったりそろって、アレンを送り出す。アレンはこの当たり前のやりとりが好きだった。アレンの日常にかかせないやりとりだったのだ。


* * * * *


 二人に見送られながら、屋敷をでたアレンは王宮に向かって歩き出した。普通、貴族としては、馬車もしくは馬で出仕するが、残念ながらアインベルク家には、馬車どころか馬がいないのだ。


 別に貧乏をしているわけではないのだが、馬の世話は結構大変なので、ロムとキャサリンの負担を増やしたくないという事もあり馬を飼うことをしなかったのだ。



 てくてくと王宮への道を歩いていると、いくつかの馬車がアレンを追い抜いていく。時間的に貴族のお偉方が出仕してきたのだろう。一時間半ほどの時間を散歩がてらに歩き、王宮に到着する。


 王宮に到着したアレンは、名前、役職を名乗り、国王陛下への謁見希望と希望理由を告げ、淡々と手続きを進める。今回の担当者はアレンに対して丁寧な対応をしてくれた。それだけで、アレンは気が良くなる。

 担当者によっては、あからさまにアレンに嫌悪感を示す者もおり、そんな担当者にあたっては王宮にいる間中、不愉快さが消えないのだ。


「アインベルク男爵、それでは謁見時間まで、控え室でしばし待機をお願いします」

「はい、わかりました」


 アレンは担当者に礼を言い、控え室に向かい歩き出す。


 アレンが控え室に向かう間に、アレンは様々な視線を受ける。そのほとんどがアレンに対し非好意的であった。理由のほとんどは、アレンに何の責任もないことである。アインベルク家への偏見が原因であった。


 アインベルク家は、アンデットに深く関わる家だ。「墓守」という仕事で、アンデットを退治(駆除ともいう)する以上、アンデットの情報、死霊術などを深く学ぶのは当たり前だ。だが、アンデットという非常に不気味な者に関わるアインベルク家には常に偏見がつきまとうのだ。

 特に神殿関係者にとって、アインベルク家は忌避の対象であった。おまけにアレンは未だ17歳の小僧である。アレンは家の件で忌避され、自身の年齢のために侮られるという二重の意味で非好意的な視線にさらされるのだ。


 さらにアレンの容姿が人並み以上に整っている事も、非好意的な視線を増やしている原因であろう。

 黒髪、黒眼に精悍な顔つき、鍛え抜かれた体は同年代の異性の視線を集めることも1度や2度ではない。最も、自分がアインベルク家の人間だと知ると、とたんに手のひらを返す異性に対して、いつしかアレンは何も期待しないようになった。


 控え室に入ると、すでに数人の文官、武官、貴族がいた。部屋に入ったアレンを露骨にさげすんだ眼で見る。不愉快な視線だが、怒り出すわけにもいかないので、視線を無視して用意されたいくつかの席のひとつに座った。 


(はぁ~相変わらず、王宮は居心地が悪いな。俺もこんな所、好きで来ているわけじゃないんだがな)


 非好意的な視線に対して、アレンの忍耐度はどんどん削られていく。


 しばらくして、控え室に新しい謁見希望者が入ってきた。


 新たな入室者はアレンの姿を見るとわかりやすい態度で侮辱してきた。


「ふん、身の程知らずの小僧が、ユーノスは息子に礼儀作法すら教えることが出来なかったらしいな」


 父の名を使いアレンを侮辱するが、アレンは相手にしない。アレンにとって父は立派で尊敬する人物であり、そんな父を侮辱することなど、アレンにとって当然看過できる問題ではないだろう。

 あくまで「普通なら」だ。しかし、アレンはまったく相手にしない。怒りを我慢するのでもなく、平然としている。それを見る他の謁見希望者達にも困惑の表情を浮かべた。完全に無視された形となった謁見希望者は、不快さを増大させる。


「小僧!!こちらを向け!!」

 

 男はアレンを怒鳴りつけてくる。それをアレンは、つまらなさそうな表情と視線を向け手静かに立ち上がった。


「あと52回」


 アレンが発したのはこれだけである。たったそれだけいうと、アレンは再び座り視線すら合わせようとしなかった。


「貴様!!52回とは何のことだ!!レオルディア侯爵家の一門であるパオロ=ヨアヒム=グレーブナ-を侮るか!!」


 もはや周囲の者は、固唾をのんでパオロの激高を見ている。レオルディア侯爵家は代々、軍務卿を輩出しており、軍関係者に巨大な影響力を持っているのだ。『レオルディアに逆らうものは軍を相手にするに等しい』といわれるほどである。


 言葉ではらちがあかないと、パオロはアレンティスを腕力で屈服させることにした。この謁見希望者の控え室でもめ事を起こせば、パオロであってもタダでは済まないだろう。だが、こちらはレオルディアの一門、相手はたかだか男爵家でしかも嫌われ者の墓守だ。どうとでもなるという思いが、実力行使に踏み切らせようとしたのである。


 そこに、謁見の許可を告げる担当者が顔を出す。控え室の空気に戸惑いながら、自分の職務を遂行した。


「お待たせいたしました。陛下が皆様に謁見を許可なされましたので、呼ばれた方から謁見をお願いいたします。」


 担当者の言葉に完全に水を差された形になった。さすがに謁見が決まった状況で、喧嘩沙汰はまずいと思ったのだろう。パオロも不満があったが、実力行使をするのを思いとどまった。


「それでは、アレンティス=アインベルク男爵、陛下が謁見を許可するとの事です。」


 担当者の言葉に、控え室にいた者達は、色めき立つ。アレンよりも先に謁見を希望している者はいた。爵位が上の者もいる。アレンよりも重要な地位についている者もいる。しかし、陛下は、アレンにまず謁見を許したのだ。つまり、自分たちよりもこの17の小僧の方が陛下に重要視されていることが、理解できたのだ。

 

「はい、ありがとうございます。それでは皆様方、ごきげんよう」


 アレンの声には愛想も何も感じられない。淡々とした口調でそれだけ言うと謁見に向かった。


 残された者は、軽んじられた、侮辱されたととらえ、負の感情がわき上がるのを感じたが、国王陛下に重要視されているアレンを口撃するのは、自らの立場を危うくすると思い、その言葉を飲み込む。

 

 なんとも、微妙な空気が室内に流れたのだ。

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