墓守が魔神を斃すことになった物語

やとぎ

第001話 墓守

一人の少年がテクテクと歩いている。


 黒髪、黒眼の少年で容姿は整っていると称して良いだろう。黒いズボン、白いシャツに、黒いベスト、そして黒いコートと全体的に黒を基調とした服装だ。少年の体型はすらりと均整の取れたものであり、180㎝前半の高めの身長だ。

 

 少年の名は“アレンティス=アインベルク”、親しい者には“アレン”と呼ばれている。アレンは代々“国営墓地”の管理を行うアインベルク家の現当主である。


「さ~て、やっと半分か。今日は忙しくないな。うんうん、俺の日頃の行いのおかげだな」


 アレンは呑気に独り言を言いながら歩いている。一人でシンとした国営墓地を見回りすると流石に気が滅入るのでついつい独り言が出てしまうのだ。


「今夜はあいつ・・・も来ないし平和なものだな」


 アレンは続けて言う。声には安堵の感情が含まれていた。


 アレンは周囲に気を配りながら歩いていると立ち止まり、小さくため息をついた。


「言った側からこれだ……しょうがない。行くか」


 アレンはそう言うと走り出した。


 アレンは、『それ』を見つけると走りだした。いや、走るというよりも駆ける、いや、翔るという表現の方がより正確だろう。それだけアレンの速度は群を抜いていやのだ。


 「げ……グールか……。厄介だな……」


 アレンは、そうぼやく。“それ”とは、グールとよばれるアンデッドだった。いわゆる動く死体とよばれるアンデッドがアレンは嫌いだったのだ。

 不気味だからでも恐ろしいからでもない。理由はただ一つ、すさまじくグールは臭いのだ。腐った肉の臭い……それが、死ぬ前の死体の内容物の腐乱と混ざり合いすさまじい悪臭を放つのだ。


 戦闘自体に危険はない。グールの数は4体であり、アレンの実力なら10数えるまでもなく殲滅できる。アレンが厄介だといったのは、グールを切り捨てたときに、肉片、体液が自らの体にかかるのが嫌だったのだ。なにしろ今日の仕事はまだ半分は残っているのだ。

 そこにグールの腐った体液をあびでもしたら、仕事が終わるまで悪臭とともに過ごさなくてはならないのだ。


 アレンは、腰に差した剣を抜き放つと、グールの一体を左肩から袈裟切りにした。グールの左肩から入った剣は、アレンの手に何のひっかりを残すことなく右脇腹を抜けた。切り離されたグールを見ることなく、アレンは次のグールに取りかかった。


 次のグールは土気色の皮膚のところどころが破れ、ウジがわき、眼窩はすっかりなくなり、気の弱いものであれば、いや、よほどの強者でなければ直視することができないほどの醜悪さである。


 しかし、アレンには、先ほど述べたように、グールを恐れる気持ちは微塵もない。ただ、作業をするかのように剣を振るうとグールの首をはね飛ばす。首を刎ねられてもグールは動いていたが、左肩から剣を一太刀入れ心臓を切り裂き、心臓から黒い靄が出てグールは崩れ落ちた。崩れ落ちたグールはピクリとも動かない。


 アレンは残り2体のグールも、危なげなく倒す。戦闘開始からわずか10秒、いくら動きが遅く、まともな思考能力をもたないグールといえども4体をわずか10秒で倒すのは誰でもできるものではない。


 アレンは、すぐに動かなくなった死体から、脱兎の如く駆け出し距離をとった。


 「ぶはぁ~」


 グールから離れたところで、アレンは息を吐き出した。呼吸が乱れているが、これは別にアレンの未熟を示すものではなく全く逆である。

 アレンはグールの悪臭を嫌がったために、息を止めて戦っていたのだ。普通戦闘で、呼吸を止めるなどという事はしない。そんな事をすれば隙につながり、命取りとなるからだ。ところが、アレンは戦闘であっても「臭い」という理由で命取りになる行為を平気で行っていた。余裕の表れであろう。


 「しかし……グールとはついてない」

 

 アレンは先程までの言葉をあっさりと撤回してぼやくと見回りを続けた。

 

 アレンが見回っている場所は、ローエンシア王国の王都フェルネルの国営墓地である。国営墓地は1㎢を超える広大な敷地であり、その広大な土地をぐるりと高さ3メートルの壁で囲んでいる。しかも、その壁には、呪術的な防護がなされており、内部からアンデッドが出てこないように厳重な作りとなっている。

 

 アンデッドの発生条件は、人為的なものと自然発生的なものに、大きく分類される。人為的なものは、よからぬ事を考えた者が、儀式を行い発生させる。そのよからぬ者とは、呪術師と呼ばれるような者達だ。その目的は様々で、犯罪行為、儀式により自分の魔力を高めるなどがそれである。

 対して、自然発生的なものは、死者の怨念、瘴気などが死体にやどりアンデッド化する。


 特にこの国営墓地では、自然発生的なアンデッドが慢性的に発生する。その理由は、この国営墓地に埋葬される者は、身寄りのないもの、死刑になった犯罪者などであり、供養もほとんどされないために、自然にアンデッド化することが他の墓地よりも圧倒的に多いわけだ。


 アレンの家のアインベルク男爵家は、そんな訳ありの死体の多くが埋葬され、アンデッド化しやすい国営墓地を管理する家なのだ。そんな国営墓地を管理するアインベルク家の者は、並大抵の実力ではない。

 アインベルク家は、その類い希なる身体能力と魔術の力で国営墓地の管理を行っているのである。


 「あ~あ、隅々まで見ないといけないのが、つらいよな~」


 いつアンデッドが表れるか分からない国営墓地にあっても、アレンのぼやきに恐怖はまったくない。いつものように見回り、アンデッドが発生したら斃すだけであった。実際にその後、3回アンデッドを発見し、そのたびに斃した。どの戦闘でも長くて30秒もかかっていない。完全なルーチンワークであった。


 「やっと最後の区画か……」


 見回りの最後の段階にさしかかり、アレンの声にもちょっとテンションの高まりが感じられた。

 その最後の区画に、さしかかると気味の悪い声が聞こえてきた。


 「ケケケケケケ!!!!!」

 「ギャオオオオオオ!!」


 その声を聞いたアレンはうんざりした声を出した。


 「はぁ……最後にもう一仕事か……なんで出てくるかな……」


 アレンは、声のする方に歩いて行き、声の主に対して、めんどくさそうに声をかけた。


 「さっさとやるか…」


 アレンに声をかけた相手はレイスと呼ばれる死霊である。夜の世界に浮かび上がる白い靄であり、複数の苦悶の表情が浮かんでいた。

 声をかけられたレイスはニタニタと笑い。アレンに複数の口から呪詛の言葉をかけようとしたのだが、言葉を発する前に苦悶の表情を浮かべ「ギャアアア!!!」という叫び声をあげると胡散霧消して消滅した。


 アレンが、レイスの核を剣で一閃し、消滅させたのだ。


 アンデッドには例外なく、核が存在している。核の原料は、瘴気、怨念などであり、それが、死体にとりつき動かしたり、そのまま怨念をもって活動したりするのだ。アンデッドを斃すには核を壊すしかないのだ。


 アレンは苦もなくやってのけるが、言うは易しであり、普通の人ではまず核を破壊することはできない。


 「ふ~これで今日は終わりだな。日付が変わる前に終わって何よりだ」



 アレンは全ての区画を見回り、墓地の門から出て鍵をかける



 こうして、国営墓地の墓守である、アレンの一日は終わった。


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