逆狼男

寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中

半月の夜

 逆狼男は満月の夜に『恋』をする


 ぼやけたお月さんは三日月なのか半月なのか、はたまたその中間なのか俺にはよくわからない。夜眼は利く方なんだが、どうも眩しい物を見るのが苦手なもんだ。

 月の形なんて気にしているモノ好きな狼は俺くらいだろうから、他の仲間に聞いたって「どうでもいい」と一瞥されてしまう。


 あぁ、こんなことなら前回の満月からちゃんと数えておくべきだった。数を数えるのは苦手じゃないが、日数を数えるのはどうも難しい。


 ところで、人間の世界には狼男っていう言い伝えがあるらしい。なんでも、満月の夜にだけ獰猛な狼に変身してしまう呪われた男の話だ。物語の結末は諸説あるだろうが、大体の場合、狼になった男は理性を失いとんでもない過ちを犯してしまう事が多い。


 ふざけた話だと思わないか。まるで狼は理性が無い化け物だと言っているようじゃないか。人間は狼を勘違いしている。狼だって喰って良い相手と悪い相手の区別だってつくに決まっている。意味もなく無暗に仲間を喰い散らかしていたら既に俺達は絶滅している筈だろう。

 そうしていないのは狼が分別の付く知性ある生き物という証拠だ。


 群れない変わり者狼を例えて『一匹狼』なんて言葉があるくらいには集団行動は得意だし、コミュニケーションだってとれる。複数で協力して狩りをするのにどれだけ高度な思考が必要なのか人間は一度考えるべきだ。


 ・・・と、まぁ。こんな風に人間の考え方にケチをつけるような狼はあまりいないだろうな。俺だって自分がただの狼だったらこんな事考えないさ。俺は普通の狼とは少しだけ違って、満月の夜だけ人間の姿に変わってしまう不気味な体質を持った狼だ。


 つまり、『逆狼男』ってとこだな。


 生まれてからずっと月一で人間になっているんだ、人間の文化には多少詳しくなるし、人間のイメージする狼に文句も言いたくなる。


 いや、どうだろう。人間になれる満月の夜にわざわざ人里に降りたがるっていうのも変なのかもしれないな。自分以外の逆狼男に会った事がないから普通がわからない。

 ただ一つ言えるのは、今まで一度も満月の夜だけ狼の群れに紛れてくる狼男の話は聞いたことが無いということだ。


 人里、と言っても残念なことに俺達の住処は少子高齢化とやらで村民がどんどん減っていく潰れかけの山奥の村だ。どうせなら煌びやかで爪がガチャガチャなりそうなくらい無駄に舗装された明るい夜の街を歩いてみたいもんだが、電車の乗り方なんてよくわかんないし、一晩限定となると遠くに行くことも無理だろう。



 なんて、文句を言いつつも俺は今の住処を気に入っている。畑は広いし、猟師は爺さんだ、獲物になる小さい動物だって多い。まぁ畑を漁る事なんて滅多にしないが、都会の畑は高い所にあるくせに狭いらしいからな。多分俺達を殺すための武器だって立派なんだろう。




 それになにより、俺はこの場所を離れたくない理由が出来てしまった。それはつい数日前の事だ。


 餌をあさりに村に降りた時、一人の人間と目が合った。少しだけ赤茶けた長い髪と、熊みたいな色の服を着た大人しそうな若い雌だ。

 人間は俺を見ると怯えた顔で息を呑んで、両手いっぱいに持った収穫したてのジャガイモを足元に置いた。多分8,9個くらいはあっただろう、人間にとってそれが大事なものだっていうのは知っているが、俺から逃げる為に荷物になると判断したのだろうと思ったさ。または、あわよくば愚かな狼が野菜に気を取られてくれないかという策略だろう、と。


 ただ、俺の捻くれた予想とは違い、人間は「お腹が空いてるの?」と俺に話しかけてきた。馬鹿な話だ、普通の狼に人間の言葉が通じるわけがないのに。震えた声で、精一杯優しさを装って俺に話しかけてきたんだ。


「これ、少ないけど・・・どうぞ」


 まさか俺の正体を知っているんじゃないかと一唸りすると、人間は小さく悲鳴をあげた。そして、両手を差し出すようなポーズを何度も繰り返す。まるで言葉の通じない狼にボディランゲージしてるみたいに、だ。


 泣きそうな顔をしてるくせに、ジャガイモを一つ手に取って俺の方に差し出す動作をしたり、何個か此方に転がしてみたり、どうにかして俺にジャガイモを喰わせたいらしい。恐怖に怯えながら俺に施しを与えようとするその姿があまりに馬鹿馬鹿しくて、一周回って俺はその人間が愛おしく見えてしまった。


 馬鹿な話だと思うが、人間のくせに不器用で純粋で、人間らしく馬鹿なあの女に酷く惹かれてしまったみたいだ。本当に可笑しな話だ。いくら今まで人間に恐怖され、拒まれて来たからって少し優しくされただけでこんなに情が移るなんて、満月の夜に人間になり過ぎて価値観まで甘ったれた人間みたいになっちまったんじゃないだろうか。



 悍ましい事に次の夜も、その次の夜も俺はあの人間の顔を忘れることが出来なかったんだ。仕方がないから認めたよ、俺はあの人間の雌に一目惚れしたんだな、って。


 その証拠にいらないけど一つだけ貰ったジャガイモを寝床に大事に飾っている。ご丁寧に置いてたって、ただ腐るだけの出来の悪い歪なジャガイモなのに。


 もちろんこんな事は仲間狼には話せない。狼は群れから追い出されてはまともに生きていく事は厳しい生き物なんだ、俺の気が狂ったと思われては困る。


「さぁ、どうしたもんか」


 相変わらずぼんやりした月を見て悩むあたり、もう俺の中で答えは決まっているようなものだ。


 次の満月の夜、あの人間に会いに行く。会って何をするかなんてわからない、愛を伝えるのか、ジャガイモのお礼を言うのか、よくわからないがとにかく人間の姿で会って、俺に怯えない彼女と少しだけでいいから会話をしたい。



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