もったいないおばけ

シヨゥ

第1話

 ぼくは捨てることができない人間だ。

 そう言うと物があふれたごみ屋敷に住んでいるんだろうと想像されるだろうが、そんなことはない。どちらかといえばミニマリスト。ぼくの暮らす部屋には最小限の家電と家具しか置いていない。

 では何を捨てられないのか。それは経験や経歴といった消費した時間だ。


 すでにいまの仕事に行き詰まりを感じている。それも長いこと。このまま進んでもこれ以上はなく、むしろこれ以下に落ちていくことさえ見え始めている。もはや分水嶺は目前。年齢的にもギリギリだ。

 そう感じながらも決断をできないのはここまで来るのに多くの時間を費やしたからだ。それに幾ばくかの投資も行っている。それをもったいないと思い動けずにいるのだ。


 これがぼくが捨てられないものの正体だ。

 もったいない。そんな世界では美徳とされる日本人の精神がいまは煩わしい。

 世間からしてみたら平々凡々な社会人生活。それなりの収入にそれなりの地位。今の年齢にしたらちょっと低めの水準かもしれないがまぁまぁ満足な暮らし。それを叶えるために重ねた見えない苦労と努力。

 捨てるにはもったいないと思ってしまうのも仕方がないことだろう。

 それでも捨てる日を間違えたら社会で暮らしてはいけない。これはごみの日と一緒だ。

 もし叶うのならこの経歴をリサイクルショップで高く買ってもらえないだろうか。フリーマーケット的なものでもいい。誰か価値を見出してくれ。

 そんな他力本願な願いばかりが浮かぶ。なんともダメ人間な僕である。

 ええいままよ。そんな叫びとともに新たな一歩を踏み出したいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もったいないおばけ シヨゥ @Shiyoxu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る