第62話 聖杯教 終
「今回の任務は……聖杯教を潰す」
サジントが低い声で言い放った。その言葉にアーサーとトゥルーは絶句をしている。
「潰すって、聖杯教をですか!?」
トゥルーは大袈裟に驚いているようだ。それをみてサジントはわかっていたように淡々と説明を続ける。
「聖杯教、表向きは普通の宗教をしているが裏でやっていること……というか上層部が腐っている。赤子を攫ってはどこかしらに幽閉し、二度と姿を見せない。赤子を攫うと言ったが保護という名目だがな」
「で、でも聖杯教って世界的な宗教じゃないですか!? 潰すって無理じゃ」
「潰さなきゃ被害が増える、それに潰すのは上だ。宗教都市ラウダー。そこにいる上位七賢人、そして、宗教王エウ。ここが、永遠機関とかいう犯罪者組織と繋がっている、そこに信者や赤子を横流ししている」
「そ、そんな」
「そして、今回の任務は非常に機密事項の任務になっている。騎士団の中にも宗教や機関と繋がっているもの達がいる可能性がある、だからこそ、俺達がずっと監視をし、安全と判断され得たお前達が適任なのだ」
「僕たちが……」
「そう、そして、更に新人の中でも優秀な者達が三人追加される」
「三人?」
「ギャラハッド、エミリア。そしてヘイミーだ。ギャラハッドはランスロット聖騎士長の娘、知っていると思うがとびきり優秀。エミリアはそもそもこの作戦の肝だな。ヘイミーはノーマークだが天才の一言に尽きる。加える気はなかったが優秀故に加えることにした」
そう話しているとちょうど、仮面をかぶって大人しそうなギャラハッド、強気な目つきをしているエミリア、そして、ニコニコ笑顔のヘイミーがやってくる。
「久しぶりね、先輩」
「あぁ」
エミリアがフェイに話しかけた。しかし、フェイは一瞬、誰だこいつと言う顔をしたので、エミリアが怪訝な顔をする。
「まさかと思うけれど、私のことを忘れたとか言うつもりはないわよね」
「あぁ」
「そう、ならいいわ」
エミリアは以前、フェイに叱咤をかけられた経験がある。それによって自分自身を奮い立てているので以前よりも格段に強くなっている。自分はずっとフェイのことを思って修行をしていたのに当の本人は一切覚えていないと言うのは彼女からしたら怒りが湧くのだ。
「せーんぱい! お久しぶりですー!」
「あぁ、ヘイミーか」
「え! ちゃんと覚えてくれてる! 嬉しいです! 先輩もう二等級聖騎士ですもんね! すごいなぁ!!」
フェイはヘイミーのことはちゃんと覚えていた。あっさり彼女の名前が出たことにより、エミリアの目線が強くなるがフェイは気にしない男である。
ギャラハッドとは絡みはあまりないので互いにスルー状態である。本来のゲームの流れならば、フェイトヘイミーはこの編成には加えられていないので、アーサー、トゥルー、サジント、ギャラハッド、エミリアの五人編成だった。
しかし、二人追加で七名となっている。
「行くぞ、任務について詳細は追って話す」
七人と言う流れが変わったメンバーで鬱イベントに彼らは挑む。
■■
宗教都市ラウダー、天にそびえる大きな塔が特徴的な都市だ。聖杯教と言う世界的に有名な宗教の総本山でもある。
宗教王エウ、と言う人物が大きく統治をしている。
彼は元はただの羊飼いであった。しかし、いきなり神の声を聞き、聖杯の力をその身に宿したと言われている。
全知全能に近いその力で人を率いては、一気に大都市を作り上げたのだと言う。元は貴族の土地であったらしいこの地は税を払うことで自由に使っているらしい。税を払ったとしても余裕で悠々自適に暮らせているとか。
信者達からの金や食糧、それら全てが彼らを肥やしている。
「力ある者が力なき者に付け込み、より多くの養分を得て肥える。それはさほど珍しくはないし世界の真理でもある。しかし、それにも限度がある」
サジントが語る。
「赤子や信者を永遠機関とやらに引き渡し、実験体として使うのは人徳に反し過ぎている。確定証拠が今までなかったから強気に出れなかった。だが、僅かだが濃厚な証拠が出てきた」
フェイ達はそうサジントにそう聞かされていた。人道に反した者達が暗躍をしている。そして、都市にある巨大な塔の地下には今なお幽閉されている者達がいるらしいのだ。
そこで二手に分かれることになる。アーサー、サジント、ギャラハッド、ヘイミーとフェイ、トゥルー、エミリアの二つの班に分かれた。
フェイ達は最初に地下に向かって走り出す。白装束の信者が大勢と大聖堂という場所にて祈りを捧げていた。その数三百人。
「なんだこれ、いくらなんでも異常だ」
トゥルーはその場所にて異様な空気感を肌で感じていた。
空気が単純に気持ち悪い。思考が鈍る、頭の中に無理やり違う感性を入れられているような気持ち悪さ、それをエミリアを感じているようで顔色を悪くしていた。
そして、フェイは何かに気づいたようで一人、別室の扉に入って行った。エミリアとトゥルーはそれに気づかずその大聖堂を見渡す。
何百人が祈りを捧げる先、大きな聖杯の銅像がある場所に一際目立った服装の老人が佇んでいた。
貼り付けたような笑みを浮かべながら両手を上に上げる。
「さぁさぁ、皆さん聖杯に祈りを捧げてください! さすれば幸福により全てがあなた達を包むでしょう!!」
彼の声に応えるように無言でひたすらに手を擦り続ける老人、死んだ魚のような目をして俯いている男性、ひたすらに土下座をする女性。
「狂ってる。こんな場所があるのか」
「……そうね、私には理解が及ばないわね」
トゥルーとエミリアが異常すぎる空間に戦慄をする。その場に呑まれ過ぎたのか、ふいに前に立っていた老人がぎろりと目を向けたことに気付くのが遅れた。
「客人が来ているようだ。最近嗅ぎ回っている聖騎士の犬か。出てきなさい。どちらにしろ、ここから逃げられないですがね」
「「っ!!?」」
二人が一時的な逃亡をする前に、老人は彼らの前に立っていた。それに反応するように信者達も全員が二人に視線を注ぐ。
「ほほほ、なぜ、これほどまでに俊敏性を老いた私が持っているのか、疑問でしょう。しかも、星元を全く使っていないと言うのに。それはね、聖杯の力なのです。聖杯の力が私に接続し大いなる力をもたらしている」
「聖杯が力を与える……?」
「えぇ、私は特別ですので。自己紹介が遅れました、聖杯教、七賢人『強欲』のマッハと申します」
「……」
「ほほほ、先ほどの俊敏性が不思議でしょうがないのでしょう。驚くのも無理がない、これこそ神の加護。宗教王エウからの一部拝借のようなものですがね」
「……星元を使っていないように見えた」
「使っていませんよ。使う必要もありません。まぁ、使えばもっと早くなれますがね!!」
「あぐッ!?」
再び気づいたら、トゥルーは殴られていた。目にも止まらぬ、と言うよりも知覚すらできていないことにエミリアも驚愕する。
そして、マッハはもう一人の侵入者であるエミリアに気づいた。
「おや、あなたは」
「なによ……」
「ほほほ、嘗て実験体だった貴方がここに来るとは」
「……やっぱりここが」
「おや、覚えていたのですね。記憶はなかったはずですが」
「断片的だけど、覚えてるわよ」
「あぁ、断片的とは。良いのか悪いのか……どちらにしろ排除しておきましょうか。ここに聖騎士が来始めているのも貴方の断片的な記憶が問題のようだ」
「……!?」
エミリアも気づいたら、ダメージを負っていた。彼女の腹には剣が刺さっており、血が溢れ出す。
「この程度では死なないでしょう。あなたはアビスそのものと言ってもいいのですから」
「あ、あぐ……」
「アビスだからこそ、暗示も効きにくい。中途半端な人間にはね。っ!?」
マッハは後ろから切り掛かってくるトゥルーに気づいて避けた。驚くべきは避ける寸前は星元を使っていた。それに二人とも気付く。
「おっと」
「……今星元を使った?」
「さぁ? どうでしょうか?」
「全知全能とか言う聖杯の力を使えばよかったんじゃないか? なぜ使わない」
「……さぁ? 神に頼りすぎるのもねぇ?」
「何が条件があるようね……げほ」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫、すぐ傷治るわ。だんだん思い出してきたから。ここのことも、私のこともね……」
エミリアの腹の傷が塞がった。彼女は微かに目を瞑って、何かを思い出す。開けたくもない記憶の奥底、それを開けた時、彼女は絶望をした。だが、戦うことをやめたわけではない、
絶望をしながら戦うのだ。
「思い出した。ここは永遠機関の一つの支部なのよ。それで、私はアビス。アビスに人間の女の子の脳を埋め込んで作られた。半魔人間」
「え……?」
「驚く暇はないわよ。私はすごく絶望してるし。あなたも動じないで……それで聖杯というのは人間の集合体無意識の塊。そこからのバックアップが彼の力なの」
「ど、どういうこと?」
「ほほほ、そこまで思い出すとは」
「聖杯は超高度な暗示によって生み出されてる。だから、無理やり信仰させてて力を高めているのね。ただ、その力も万能じゃない。最初に私達に攻撃をした時は彼自身の能力を高めたのではなく、私達に暗示をかけて行動を遅くした。だから、後ろからトゥルーが切りかかった時はわざわざ星元を使って避けたのよ」
「ご名答、しかし、それを知っても無意味でしょうがね。聖杯、というのはこの世界に根付いている根源的な信仰要素。だれもが、生まれながらに畏怖し同時に崇めている」
「なるほど、畏怖した者に多大な恐怖などもすり込める。というより、世界規模の御伽話に登場する聖杯。赤子の頃から聞かされている話には無意識のうちに……」
「そう、無意識のうちに格下となっている。洗脳も容易い」
「難しい話だけど、付いてきてるかしら? この状況を打破する方法もあるから、トゥルーは時間を稼いで欲しいのだけれど」
聖杯の話に、トゥルーは僅かに眉を顰めた。人間の集合体無意識、それを聖杯とする。それがバックアップをしているという七賢人。この世界の人間は全員が聖杯のおとぎ話は聞かされている。
幼い頃から、すでに洗脳がされていると言ってもいい。それに対して、有効打があるのか。そもそも勝てるのかという疑問が彼に湧いた。
「私が人を捨てれば勝てるわ」
「え?」
「私はアビス。人間としての感情を捨てて、アビスとなれば。野生動物と同じ。野生動物には信仰とかはないわ。躾とはあるけど、あくまでも人間の集合体無意識、それによる無意識の格下認定と洗脳。それを消すには人の感情と人としても合理性や記憶、全てを消すことが……」
「ほほほ、言いますが。それは不可能では? 貴方にその度胸は金輪際消え去る」
「えぇ、確かに……危ない。今も私に暗示をかけようとしたわね」
「はぁ、気づかれましたか。まぁ、なっても構いませんよ? 私としてはね、後ろにいる信者達が必ず助けてくれる」
マッハの言葉に反応して、数百人の信者が彼の壁のようになった。
「トゥルー、フェイ先輩によろしく伝えて欲しい。どこに行っているのか、わからないけど、本当はデートとかするつもりだったけど、あの人。全然振り向いてくれないから」
「待って、まだ方法が」
「冷静に考えればわかるはず。もし、本当に神懸かり的な力を持っていて、聖杯の力を使えば世界征服だってできたはずなのにこいつらはこんなところで引きこもってる。外には魔物やアビスがいる、それを恐れているのよ。野生の恐怖ってやつをね。だから、完全な力を手にするまでここにいるの、永遠機関と手を組んでね。その前に……叩く」
「た、確かにそうだけど」
「あとは、頼むわ」
「ほほほ、どこまで出来るのか楽しみですねぇ。半魔人間の力もぜひ、見せていただき──」
──激しい音響が鼓膜に波打った。
木材性の扉が破裂して、木片がパラパラとあたりに広がっている。音が鳴り響いた方向へ七賢人マッハが目を向けると深淵のような男性が一人いた。
「聖騎士か、やれやれ、まだ蛆如く湧く」
「お前は?」
「七賢人、マッハと申します。あぁ、名は覚えなくとも結構、貴方はすでに死んだも当然なのだから。信者達よ、そいつを生かして返すな」
「弱者を率いてデカくなったと錯覚しているようだが……人だろうが竜だろうが群れても俺は殺せない」
「ほざけ」
信者達が一斉にフェイに襲いかかった。エミリアは自身の闇の星元を高めようとするが、フェイが目線でやめろと訴えたので何もせずに信者達から離れた。
フェイのほどの身体機能が高い人間が普通の常人に対して、体術を放てば大怪我になってしまう。自然と彼はそれを理解し、軽く拳を男性に腹に打った。身体中の酸素が一気に消えて、男性は気絶した。
死なない程度の暴力。
「ほう、さほどはやるようだ」
「信者を盾にするのがお前らの宗教方針なら、子供の絵日記よりも経典の内容がうすそうだ」
「馬鹿馬鹿しい。ガキの絵空事に劣るはずもない。しかし、あまり信者を潰されるのも金が消える。ここは私が貴方を倒しましょう」
「七賢人、大層な名前だ。お前にそれほどの強さは見えないがな」
「私の速さを君は知覚できない」
マッハが駆け出した。速さはさほど振り切ってはいないが、彼らの言葉は大きな現実となる。だが、それを超える速さでマッハは首を掴まれて地面に叩きつけられた。
「な、なんだ、と……!?」
「王はどこだ……」
「お、王だと?」
「他の奴らも言っていた、王こそ最も強いと。王はどこにいる」
「お、王に勝てるはずもない。七賢人最強と言われている私ですら傷もつけられない、あれは本物の王……」
「お前達は全員同じようなことを言う」
「ど、ういうこと……なっ!?」
薄くなっていく意識の最中、マッハは見た。フェイが出てきた部屋の奥から倒れている数人の七賢人の姿が見えたことに。
目の前の男はすでに、七賢人を倒し終えた脅威以外の何者でもない。そう自覚し、彼は意識を消した。
フェイはそのままエミリアとトゥルーを差し置いて辺りを見渡した。エミリアとトゥルーはジッと彼を見た。
((強い……前より、上に昇っているなんて))
「王とやらどこだ。相当な強さらしいが」
「王は多分、更に地下にある。王聖堂にいるわ」
「そうか……」
下の地面を見てから、徐に歩き出すフェイ。それをエミリアは止めた。
「私も行くわ」
「お前達は他の奴らを解放しろ」
「え?」
「囚われている老若男女、全てが解放対象のはずだ。お前達に任せる。妙な生物がひしめいている、精々気張れ」
フェイはそれだけ言って今度は意を決したように走り始めた。扉を蹴りとばし、地下に通じる道を探す。アビスにいた謎の生物を打破しながら下に下にと降っていく。
そして、一際大きい扉を見つける。その扉を拳で壊そうとする前に勝手に扉が招くように開いた。
「これはこれは、予期せぬ客。と言った方が良いのだろうか」
「……」
「我らが聖書、にはこんな記述がある。世界を創りし聖杯。人をも生み出し、世界の理を法に落とし込む。秩序、繁栄をもたらした聖杯を手に入れた者、新たな繁栄と秩序を作る力を掴む」
「……」
「これを聞いて、どう思ったかね? 素晴らしい伝説と思ったか、夢があるロマンを幻想したか、己が新たな世界を手にしたいと欲望を出すか……私はね。実にくだらないと思ったのだ」
王、と言うに相応しくない外装をしていた。漆黒色の服を着ている、靴もかすかに泥がかかっていて汚れている。ズボンも同じように黒い。
髪の毛色は真っ白。信じられないほどに綺麗な毛並みだった。
「あぁ、君が噂のフェイ君。なのだろうね」
「その名で間違いはない」
「君のことは僅かに聞いている。なんでも数人、我らが機関の人間を葬っていると。いやはや、実に嘆かわしい。こんな子供と大人の境目にいるような半端な男に負けてしまうとは。と以前までならば思っていた。だが、どうやら違うようだ。七賢人を君は四人も倒した」
「あれは倒したうちに入らない」
「実に同感、だが、それはそれ。あれは暗示をかけるだけの戦士としては素人に毛が生えた程度。だとしても君が倒したことに変わりはあるまい。ゆえに問いたい。我らが機関に入る気はないか。永遠を求める、力を求める、娯楽を求める、なんでもいい。自由に生きるのだ。今の世界は秩序がありすぎる。人間とは本来もっと自由であるべきなのだ。楽に楽しく、生きるべきだ。力あるものが自由に際限なく拳を振るっていい世界。それこそが生物として正しい世界なのだから」
「過去に遡るだけ、お前達はいつもそれだ。全ての人間達は、原初の英雄、永遠、聖杯、過去に縋っている。お前達には未来を掴み取る覚悟とビジョンがない。平行線以前の問題だ」
「なるほど。確かに確かに。言い得て妙だ。そして、君には口よりも実力で説得をするべきなのだろうね」
グラグラと聖堂が揺れる、彼の周りには気づけば漆黒のオーラが渦巻いている。気を抜けば引き寄せられてしまいそうな強風が吹いている。
「君は時が止まったように動けない」
「俺は止まらない」
「なに?」
フェイが一瞬で間合いを詰めて、巻いていた布から聖剣を取り出し振り下ろす。凄まじい速さの剣を王エウが避ける。
避けたと言うのに驚愕の蓋文字が浮かんでいる。
「この世界にいる者は誰もが聖杯を幼い頃から聞かされている。たかが作り話とはいえ、潜在意識と健在意識に無意識に畏怖と敬意が植え付けられているはず、赤子や動物……とでも言うのか?」
「俺は俺だけを信じるのみだ」
「……ありえない。まるでこの世界からの逸脱者か。言語能力や思考能力に難があるわけでもないだろうに。なぜそうなる……考えても無駄か。君はやはり、研究材料として我が同志とする」
大気、再び渦巻く。エウの姿が人間とはかけ離れた存在へと昇華する。目は赤く、肌がアビスのように真っ白になった。
「半魔人間。その完全体、それこそが私なのだ。王の力を見せよう」
「っ……」
生物の限界を超えた速度、人間という種の枠を完全に逸脱した動きがフェイに襲いかかる。脇腹に手刀が入り、肋が砕ける音が鳴る。
勢いそれだけで収まらず、フェイは聖堂の壁に激突する。
「どうだい、これでわかったかな」
「あぁ、お前に勝てるのがよくわかった」
「今の一撃だけでも、随分とダメージが入っているというのに。苦痛を出さないのは褒めるべきことだろう」
「微塵もダメージはない」
「なら、これでどうかな」
本当に純粋なる身体能力による殴打が繰り出された。フェイもすでに目を慣らしており、互いに拳が打ち出される。
激突を続ける両者の拳、神に祈るべき聖堂になるとは思えない激震音。数百発撃ち合い、両者離れる。
「驚くべきか。生身の人間か。この体をここまで……だが、私はすぐに元に戻る。君は戻らずダメージが溜まり続ける。勝敗が見えてきたかに思えるのだが」
「……」
「呪の刀を使うか」
フェイは腰にある魔刀を抜いた。
「ッ!?」
フェイの刀をガードした腕があっさり斬られたことに彼はまたしても驚愕する。
「絶対切断能力が付与されてる、のか。君はびっくり人間のような輩だ」
「……」
魔刀には爪を一本消すことにより、絶対に物を切断する能力がある。すでに爪を剥がしているフェイからしたら痛くも痒くもない。しかし、再生能力が神懸かりなエウにも同じように斬られたところで然程のダメージもない。
「そして、噂の聖剣。君には扱えないはずだが。使うというのか」
フェイは背負っていた布から聖剣を取り出した。全く光を帯びないその剣を左手に、刀は右手に持つ。
「どちらが利き手かな。今までは右に剣を持っていたと聞いているが」
「両方使えるように鍛えてるに決まってる。いつ腕が取れてもいいようにな」
「……その覚悟、素晴らしい。しかし、残念だ崇高な志向も圧倒的な力のまえには意味がない」
フェイがまず聖剣を振り下ろす。それを右腕にてガードする、金属音が響くが互いに硬直を一瞬余儀なくする。
すぐさま体勢を整える二人、次なる攻撃に向かうがエウの拳の方が速い。それを魔刀で受け流しつつ、蹴り全く同時にフェイは繰り出した。
「なに?」
蹴られたことに違和感覚えながら、蹴られた部位がすぐさま治癒された。
(この男、あまりに闘い慣れている。私の手刀による肋、拳同士の激突で指も折れてているはず。その状況下でこんなにも冷静になれるか……?)
(そして、あの魔刀。退魔師が一人封印されていると聞いていたが……使用者を飲み込むと言われているはず。それを扱いながら、さも当然な顔つき。身体的に制限を受けているようにも見えない)
(なにより、あの身体能力。ただの、人間。があれほどまでに強くなるのか。人間の域を出ていると言ってもいい)
(剣術も見事、先に武具を取り上げた方がいい。あの魔刀、あれで「核」を斬られたら流石に再生もできずに死ぬ、私は今はアビスとほぼ同じなのだから)
「……なるほど、過小評価……を下していたか。戦ってわかる、強さか。厳しい戦いだと考え直した方がいいか」
「厳しい戦い?」
「あぁ。その通りだ」
「図に乗るなよ。俺と戦って厳しい戦いがあるわけがない。なぜなら負けた言い訳を考える必要がないからだ」
「……」
「相手が俺だった、それだけでお前の負けは済まされる」
「……っ」
「存分に負かしてやる。ごちゃごちゃ考えてないで殺しに来い。最も俺は還暦まで死なないがな」
舌を出して、存分に舐め腐った表情がエウ、の目に入った。そして、ちょうどその場にやってきていたアーサーにもその表情が見えた。
今までフェイは表情を崩すことはほぼ無かった。戦いにて笑うことはあった。しかし、ここまで「ノっている」事は無かった。
自分は身体能力に絶対に自信を持っていた。周りも自他も認めていた。純粋な能力にして、格が劣っている事に乾笑いが出たのではない。
嬉しいのだ。
この世界は今、自分に厳しい。まだまだ、上がいて、天は遠い。
「この世界の理不尽は心地よい……更なる上を見せてくれるから」
最近は自分よりも能力にて上の相手と戦うことがなかった。彼にとって、そんな戦いは程遠い事になりつつあった。しかし、ここにて分かる。
まだまだ上がいると。まだまだまだまだ
まだまだまだまだままだまだ。
「不条理の風が気持ちいい、やはり俺が世界の核だ」
「……なんだ、お前は……?」
「知っていることを聞くな」
彼は駆け出した、戦いをただ楽しんでいる。非常な研究を怒りもある、人を人と思わない所業を繰り返す者達に裁きを下したいとも少なからず思っている。
が
ただ、強くなりたい。世界で一番傲慢な男はただ、戦いと上に登ることを喜ぶ。
「気持ちが悪い。気味が悪い、気持ちが悪い、本当に気持ちが悪い、吐き気がするほどに気持ちが悪い…!!」
(俺に、人を超えた俺に、こんな化け物のような恐ろしい存在にならなくてよかったと思わせるか!! 妖怪が……!)
(まず、あの刀、あれを折る!!)
(あれだけが俺を傷つける武具)
フェイがまず聖剣を投げた。まさか、聖剣を投剣として使うものがいるとは思わなかった。咄嗟に避けるが魔刀を上から振りかぶっているフェイがいた。
向けられた刃を両手によって納める。白羽どりで掴むと刀を思いっきり捻り、折った。
破片があたりに散らばる、しかし、折った事で彼は止まらないのだ。残った柄、そこから微かに残る剣の刃を振るう。
両腕を切る、すぐさま再生に移るがそれをさせないフェイの剣速。体を星元により無理やり強化して更に分裂させる。
腕が完全に無くなりかけた時、エウの足蹴りによってフェイの腕蹴られ、魔刀が飛んでいった。
(こ、この隙に回復を……! な、なに!? この男、刀を飛ばされたのに拳を振りかぶっている!? お前の拳では俺を貫けるはずがない!! それに核を的確に射抜けるはずもないというのに!)
フェイは拳を振りかぶっていた。しかし、刀でなければ致命的なダメージは与えられない。
それは分かっていたはずというのに。
(防御の必要はない……しかし、本能が言っている防げと!)
フェイの拳を咄嗟に自身の足蹴りにて防ごうとする。しかし、彼の拳を止められなかった。
足が一瞬で貫通し、そのまま胸元までフェイの拳が貫いた。
「なに、をした、いま、なにを……!? なぜ、俺の核を貫ける、人間の能力で!!」
「……げほっ、げほ」
咳き込み血反吐を吐きながら、フェイは拳を見せた。彼手には魔刀の折れた剣先が握られていた。
魔刀の折れた柄の根元部分、そして、剣先の部分。後者を手で拾い。それを強く握っていたのだ。
そして、それを握ったまま思いっきり、拳を振るう。欠けている部分が殴った拍子に掌から手首まで貫通して、大量出血しているのが見えた。
それを見て、エウは全てを察した。
「きさ、ま、本当に、人か、人の摂理に反しているッ、そんな狂人な行動を、して、なにになる、恐怖は、恐れを抱くはず、それになぜ、核を的確に射抜くことができた!!」
「勘だ」
「ふざけるなぁ!!! そんな、そんなことを! 最後の最後に、ギャンブルだと! 大博打をして、それで済む話か!!!」
「……お前は分かっていない。自分の言動が俺の勘を研ぎ澄ませた事に」
「ど、どういうことだ?」
「最初から、お前、半魔人間と言った。人間ならば誰でも心臓があり、心臓から星元が流れている。それが自然だ。たとえ、人を超えたとしても馴染んだ考えや癖は治らない」
「……っ!」
「聖杯の説明でお前が文化や人の無意識を利用し、暗示をかけていると分かった。お前が答えを出していたようなものだ。今まで慣れ親しんだ事はそう簡単に捨てられない」
「……そ、そんな」
「半魔人間、か。確かに人を超えていた、が、人間の頃の体の使い方は捨てられない。現にお前が繰り出してきた体術は威力はすごいが面白みに欠けていた。人間らしいと言えばらしいがな」
「そ、れを、考慮してのあの一撃……お前、考えているのか、狂人なのか、一体、なんなんだと言うのだ!!」
「俺は俺だ、半魔人間、実にお前らしい。最後まで中途半端だ」
フェイの顔はもう、興味がなくなったように冷めていた。いつもの無表情に戻っていた。
「ふざけるな。どれだけの信者の心臓、実験を得てここまでしたと思っている! 半端だと、純粋で若い恥肉を何百人と、砕き入れたと、言うのに、こんな子供に、破れる、のか。ぁ。からだ、がくず、れる。さいせいが」
灰のように王は消えた。
それを見届けるとフェイは自身の手首に入った剣先を抜いた。今までないほどに大量出血をしていた。
魔刀の効果は敵だけでなくフェイにも影響していた。パックり、綺麗に手首が切れて、彼自身も今に死んでしまいそうに血が流れていた。
更には血が収まらない。
出血多量で彼は倒れてしまう。だが、そこにアーサーがかけついて彼の手首を魔術で治癒した。治癒しても血は流れているのでふらふらの意識のままだった
「フェイ、大丈夫?」
「……も、んだい、ない」
バタリと彼も倒れてた。
王を倒した事により、一気に調査は進んだ。まず、違法実験が全部表向きとなり、信者達も洗脳を解く事になった。
そして、本来のイベントであればエミリアは死んでしまうのだが特に活躍の場もなく、生きている。
エミリアが人の人格を無くし、七賢人を倒すのだが暴走をして信者をも喰らってしまう。それを止めるためにトゥルーがそれを殺す。
その後、宗教王とトゥルー&アーサーが戦うのが本来の流れ。だが、それはもうどこにも存在しないゲームの話なのだ。
結果的に言えば被害は広がらず、聖騎士全員が任務を終える事になるのだ。
■■
勝ちやがったぜ。
今回は結構久しぶりにギリギリのギリギリだった。
まぁ、主人公だから勝って当たり前だしね。殆どの信者も解放されたらしい。アーサーとかが活躍して、光の星元で洗脳を解いたとか。
あと、何気にヘイミーも活躍をしてたらしい。
アーサー曰く、
『あの子、気に食わないけど。強いのは認める、才能もある』
ほぉ、コミュ障で面倒臭い性格であるアーサーが褒めるとは珍しい。
『あの小娘、星元が透き通っておるのぉ。全盛期のわらわに及ばぬが、それなりの才はある』
『光の星元を持っていないのが悔やまれマす』
バラギと
まぁ、俺には及ばないだろうし。気にしなくてもいいか。モブだろうしね。
因みに俺は右手が魔刀で引き裂かれて、若干の麻痺が残っているらしい。まぁ、主人公だからね、右手の麻痺ぐらいは基本。
それに全く使えないわけじゃない。それより問題なのは魔刀が砕けてしまった事。あんなに使い勝手のいい武器が無くなるのはちょっと悲しい。
「すまんー」
『わらわに謝らなくてもよいが……それより右手を気にしろよ』
バラギは刀が折れてもあまり気にしていないようだった。俺は問題ない。麻痺してるがリハビリすれば治るだろうし。
治らなくても殴れるのは変わりない。
しかし、今回の敵は強い事には変わりなかった。何か、新たな強さを得ないといけないな。
多分だけど、そろそろ主人公覚醒イベントが来るな。間違いない。
いつものように修行を繰り広げる。厳しく修行だな。
心なしか、身体能力は上がった気がする。今回あんまり通用はしなかったがそれは問題ない。
効果があるのかではなく、信じてやり続けるのが大事。
俺は最近は食事にも気を遣っているんだよね。胸肉めっちゃ食べてるし、野菜もめっちゃ食いまくってる。
プロテインがあれば筋肉がもっと凄くなったと思うのだがこの世界には存在しないのである。
「フェイ君ー!」
ユルル師匠がやってきた。相変わらず元気そうで嬉しいなぁ。
「フェイ君、大丈夫ですか? 怪我をしたと聞きましたが」
急に顔が暗くなった。
「問題ない。それよりも何かようか?」
「はい、お弁当持ってきました! 訓練もいいですがたまには休みましょう!」
お弁当を持ってきてくれたのモグモグ食べる、食べなければ成長できない。二人でのどかに食べていたら……風に吹かれた新聞が一枚飛んできた
「え?」
その表紙を見たユルル師匠は絶句をしていた。ガヴェイン・ガレスティーア、覇王都市にて覇王を殺害する。
と新聞には書かれている。ユルル師匠の三人のうちの兄の一人。二人は俺が倒しているからこれが、最後の一人ってわけね。
ユルル師匠からしたら、最悪の兄だよね。自分は悪いことしてないのにね、兄が犯罪したから勝手に悪いやつ認定されてるんだからさ。
さーてと、こいつ倒してくるか。
覇王都市にまだいるだろうしね。これ撃破したら、弟子が犯罪者兄貴三人を倒した事になるじゃん。
絶対名誉回復するだろ。俺はモグモグサンドウィッチを食べながら走り出した。
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