第七章 トゥルー覚醒編
第43話 次世代
王都中に居る国民達、全てがバタバタとずっと急ぎ足のように浮足立っている。子供達はワクワクを抑えきれずに城下を駆け抜ける。
「とうとう、明日だぜー」
「平和を願う祭典だー」
ブリタニア王国では一年に一度だけ、平和を願う祭り事が催される。死んでしまった騎士を弔う為、これからも勇敢に戦いに望む騎士を称える為、様々な理由が交差する祭典。
国民も聖騎士も貴族も、王族も全員で祝う式典を楽しみにしている者は多い。特に子供は出店が出るので美味しい物を楽しみにしている。
「わーい、わーい」
「祭りだ」
「祭りだ」
そして、彼ら以外にも大はしゃぎする者が居る。
「なぁなぁ、聖騎士はパーティーに出るんだろ? そしたら、アタシ、滅茶苦茶、肉とか食べられるんだろ?」
「そうかもね」
「よっしゃー!」
年齢的には今年で16歳になり、大人びても良い年頃であるというのに、ボウランはそのような気配を出すことなく只管に喜びを前面に出していた。彼女の隣にはいつもと変わらず、無機質のような表情のアーサーが歩いている。
「アタシ凄い楽しみだな! アーサーは楽しみか?」
「……まぁ、少しだけ」
「だよな! 肉とかどれだけ食べられるかな?」
「……ワタシは肉より、ダンスが楽しみかな」
「ダンス? そんな食べ物あったっけ?」
「踊りのこと、食べ物じゃない」
「ふーん」
一気に興味を無くしたようにそっぽを向いてしまうボウラン。だが、反対にアーサーは頬を赤くしていた。ブリタニアで行われる祭典で行われるダンスにはとある言い伝えがあるからだ。
(ダンスをした、男女ペアは結婚するっていう言い伝えがあるらしい……)
風の噂で彼女はそれを初めて聞いたとき、真っ先にフェイの顔が浮かんだ。彼女は自身が彼に気があるという事には前々から気付いていたが、最近のケイとの激闘でその想いがより鮮明になった。
世界が忘れても、たった一人……厳密に言えば二人だが、忘れずにいてくれた人。救いを差し伸べてくれた事が何よりもうれしかったのだ。
(踊って、その後に告白されたらどうしよう……ワタシ、厄介事多いけど……フェイなら気にしないよね……)
フェイの事を考えてしまって、ニヤニヤしてしまうアーサー。普段の顔とは全然違うニヤリ顔にボウランが気付いた。
「お前、なんでにやにやしてるんだ?」
「なんでもない」
ボウランにそう言われると、すぐさまいつもの無表情に早変わりをするアーサー。二人はそのまま騎士団本部である円卓の城に向かう。
「ワタシ達、祭典のお手伝い頼まれてるけど……なにするんだろうね」
「さぁ、アタシも詳しくは知らないけど……ご馳走の味見とかなら嬉しいな!」
「全部それだね」
アーサーはボウランって食いしん坊なのだなと改めて感じた。
◆◆
祭典の熱気が包む王都から少し離れた三本の木の場所。そこではいつものようにフェイが素振りをしていた。彼は祭典だからと言って浮足立つことはなく、虎視眈々と日常をこなす。
修行修行修行、彼の頭の中にはそれしか無い。
「フェイ君ー!」
修行を続ける彼の元に一人の女性が駆け寄る。ユルルは手を振りながら、いつものようなニッコリ笑顔をフェイに向ける。
「今日もフェイ君の好きなハムレタスサンド作ってきたので、是非食べてください。ほら、修行は一旦中断してください」
「……」
「一度休んでごはん食べて、そしたら私と一緒に修行しましょう」
「そうか」
ユルルの言う事は素直にきくフェイ。彼は地面に座り、ユルルから貰ったタオルで汗を拭きながらハムレタスサンドを食べる。ガツガツと大量に貪る彼を見ていると幸せな気分になり、彼女からは自然と再び笑みがこぼれた。
ある程度、フェイの食が進むと彼女はわざとらしく咳払いしながらとある事を聞き始めた。
「あー、その……そう言えばもうすぐ祭典がありますよね! フェイ君も出るんですか? 聖騎士はほら、円卓の城で集まったりするのは知ってますよね?」
「そう言えば、そんな催しがあったな」
「フェイ君、誰かと一緒に行ったり、踊ったりしますか? いえ、全然深い意味はこれっぽっちもないですけど……」
「興味ないな。俺はそれよりも――」
「――修行ですよね! フェイ君らしくて安心しました!」
(よかったぁ……。こっそりマリアさんと踊る約束してたとか言われたら……多分私、大泣きしてた……)
「お前の言う通り、修行だな」
「ですよね。でも、あれですよね……ずっと修行と言うのも、あれですよね。偶にはそういう体験とかしても良いかなっても思います」
「そうか」
「もしよかったら、私と一緒に祭典、周りませんか?」
「……」
「あ、嫌でしたら、別に……」
「構わないが……」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、別に構わない」
「や、やったぁ。じゃ、じゃあ、祭典の日、お昼に銅像の前で……」
「分かった」
(ふぇ、フェイ君がこんな誘いに乗ってくれるなんて……もしかして私のこと……。いや、それともただ単に師匠がリラックスした方が良いと言っているから弟子としてきいておこう見たいな感じなのか……どっちなのかはわかりませんが……)
(一緒に行ってデートして、もしかしたら考え方とか変わるかも……そのまま流れで踊りとかして言い伝えが本当になったりして……)
(最近、アーサーさんも積極的になっているように見えるし……私も好き……だから、ちょっとだけ大胆な事をしてみよう!)
彼女は決意した。好きな人に少しずつアプローチをしていくことを。
彼女以外にも様々な思惑を持つ者が居るが……日が過ぎていき……そして、祭典の日がやってきた。
◆◆
ユルルは着ていく服を部屋で悩んでいた。数少ない私服の中からこれが似合うのか、あれが似合うのか、彼女は検討を何度も繰り返す。
暫く、考えていると白のワンピースを選んでそれを着込んだ。よしと納得をして彼女は部屋を出ようとする。すると、丁度部屋のドアが開いた。
「お嬢様、ただいま帰りました」
「おかえり、メイちゃん」
「申し訳ありません。少し、外は騒がしく、帰りが遅くなってしまいました」
「謝らないでよ、全然メイちゃん悪くないし」
「そうですか。あ、お嬢様、飲料水などを買ってきました。あちらに置いておけば宜しいでしょうか?」
「ありがとう、そうしてくれるかな」
メイが購入してきた飲料水を並べる。その後、メイはユルルを見ていつもと違う格好であることに気付く。
「いつもは訓練着とか、団服しか着ないお嬢様が……剣しか振ってこなかったお嬢様がオシャレをするなんて……お熱ボンボンですか?」
メイはユルルの額に手を当てて、もう片方の手を自身の額に当てた。メイの表情は少しニヤニヤしており、からかわれていることを彼女は察した。
「からかってるのよね」
「はい」
「もぉ! 怒るよ!」
「申し訳ありません。メイドジョークでございます。もしかしなくても、フェイ様とご一緒に祭典を回られるのですか?」
「そうなんだ……私……」
そこまで言って彼女はこのまま自分がフェイと一緒に回ったら、メイが一人ぼっちになってしまうかもしれないのではないかと気づく。
「メイちゃんも誘おうと思ってたんだ! 一緒に行こう! 祭典!」
「……いえ、メイは」
「いいからいいから! 元からそのつもりだったし!」
「さようでございますか」
「さようでございます! ほら、一緒に行こう! あ、服は……いつもと同じメイド服でいいの?」
「メイはいつでもメイド服が着たいのでお気になさらず」
「そっか、じゃ、行こう!」
ユルルは手を引いて、メイを連れて走り出す。外は活気づいており、出店の種類もいつもより多い。子供が彼女達の側を駆け抜けていく。
「一緒に以前、祭典に来た時を思い出しますね」
「あー、そう言えばメイちゃんと周ったっけ」
「はい、お嬢様が肉串を落として、大泣きをして、それを見かねた店主がサービスでもう一本肉串をくれたのは良い思い出です」
「そう言えば、そうだったね……」
「あと、芋揚げを落として不貞腐れて、もう何も食べないと言って大変でした。機嫌を取るの」
「……私って昔ヤンチャだったよね」
「はい。かなり」
雑談をしながら歩いているとユルルがフェイと待ち合わせをしている銅像の場所に到着をした。
「来たか」
「フェイ君、遅れてごめんなさい」
「謝る必要はない。俺も今来たところだ。それに……お前も来たのか」
「申し訳ありません、ご迷惑でしたか?」
「そんなことはない」
フェイはそう言うと一人ですたすたと歩き始めた。腕を組みながら殺風景のような顔で彼女達の前をフェイは歩く、そんな彼を後ろから見てメイはユルルの耳にコソコソ話をし始めた。
「前々から思っていたのですが……フェイ様は馬鹿真面目な方ですよね」
「やっぱり、メイちゃんもそう思う? この間ね、フェイ君の星元操作向上の為に騎士団の図書館で魔術本を探してたんだけど……貸出資料を見たらフェイ君の名前沢山あったんだ……。剣術の本とかも……」
「暇があればそういうのを読んでいるのですね……。真面目……、待ち合わせもメイ達より前に来てましたし」
「フェイ君約束あると必ず、私より前に来てるよ。義理堅いし、親切だし、一緒に居るとただ怖い見た目の人じゃないって凄く分かる」
ユルルとメイは眼の前のフェイを見て、互いの想いを述べた。フェイはその会話の内容に興味はないらしく、只管に前を歩きながら祭典を回る。
「あ、フェイ君、あのお店のハムレタスサンド、特別に味が変わった物が売られているらしいですよ」
「……ふむ」
フェイが興味を持って足を止め、二人も彼に追いつく。すると、そこへ二人の聖騎士の影が踏み入った。
「おいおい、記念すべき祭典に、あのガレスティーア家の四女が居るのか」
「何故堂々と歩けるのか、理解に苦しむわね」
嘗て、ユルルの兄達が起こした大罪を未だに根に持つ者達。一人は男で一人は女。それがユルルにちょっかいをかけた。
「……ご、ごめんなさい」
「……お嬢様」
ユルルは先ほどまでの笑顔から冷めきって、息を飲んで俯いてしまった。それを見て、メイは目線を鋭くするが眼の前の聖騎士二人はどこ吹く風で侮蔑の眼差しを向け続ける。
「いつまでたっても、十二等級から上がれない落ちこぼれが――」
もう一度、聖騎士の男が彼女に心無い言葉を向けようとした次の瞬間。その男、そして、一緒に居た女の聖騎士は身の毛がよだった。それほどまで寒くはない気温であるのに、真冬にいるかのような気味の悪い状態になった。
「――消えろ。お前達もこの祭典が自身達の血祭りになるのは本意ではあるまい」
ライオンに遭遇したシマウマのように二人は逃げて行った。
「お前も直ぐに謝るな。お前の悪い癖だ」
「……ご、ごめ、あ、いえ。ありがとうございます」
「……行くぞ」
ユルルにそれだけ言うとフェイはハムレタスサンドを買うために出店の列に並んだ。その後、三人でパンを食べ、時間を潰し、日が暮れ始めた。
◆◆
音楽隊が王都を回る。有名な音楽隊であり、ブリタニアの王はそれを呼び寄せて音楽を奏でさせる。これにあわせて踊りを踊ることで特定の異性は結ばれるという言い伝えがあるのだ。
「フェイ君、踊りませんか?」
「……構わん」
二人きりのデートで無かったが彼女はそれで満足であった。そして、そこにいたメイもついでに踊り、祭典は終わった。その後、祭典巡りを終えて、フェイは修行馬鹿であるので一人で再び剣を振って時間を潰す。
日を跨ぐほどまで深夜まで剣を振り孤児院に帰った。フェイが孤児院に入ると中は静まり返っていた。それもそのはず、深夜であるので起きている者が居るはずがない。
「ふぇい」
だが、レレは起きていた。食堂の椅子に座ってフェイが帰っていたことに気付く。眼は見えないが、いやそれ故に彼は心の眼が育ちつつあった。
そして、彼の隣にはマリアも寝間着に着替えて座っている。
「お帰りなさい、フェイ」
「……なぜ起きている」
「ふぇいをまってた! まりあがふぇいとおどりたいって!」
「え!? そ、そんな事言ってないわよ!? レ、レレが今日は眠れないからフェイの帰りを待つって言って……」
「ふぇい! まりあはすなおになれないだけ!」
レレは余計な事かと思ったが、マリアの為に余計であっても世話をしようと決めていた。レレは今日の朝にあることを聞いた。
『まりあはふぇいとおどりたいんじゃないの?』
『……え、えっと』
『まりあ、すなおになって! ぼくしってるよ! まりあがふぇいをすきだって!』
『……気付いていたのね。でも、私はフェイが幸せならそれでいいかなって思うの。フェイ自身が本当に踊りたい人と踊ればそれで……そんな気持ちを私は大事にしたいから』
『まりあのきもち! わかった! よけいなことはしない!』
『約束よ』
『うん! やくそく!』
「や、約束は……どうしたの?」
「ふぇい! さそってあげて! ぴあのならぼくがする!」
レレがピアノを指さす。ゆっくりそこに向かってピアノの席に着いた。
「……踊るか、俺と」
「……いいの、
「……別にお前を拒む理由もない」
◆◆
スタッツの村という村がある。人はさほど住んでおらず、住んでいる者達は全員平民だ。
「本当に行ってしまうのね……ヘイミー」
「うん。お母さん……私、聖騎士に成って沢山の人を救いたいの」
「へ、ヘイミー……私達はなんていい子を産んだのかしら。ねぇ、貴方?」
「これもあの時、助けてくれた聖騎士様たちのおかげだな。母さん」
スタッツの村、その出入り口に全ての住民たちが集結している。彼等はたった一人の少女の門出を祝っていた。
その少女の名はヘイミー。本来のノベルゲーでは死亡するはずであった彼女はフェイに救われた事で生きながらえた。そして、聖騎士に成る決意を固めていた。
黄色の綺麗な髪、それが肩にかかるほどの長さ。髪と同じで綺麗な黄色の眼。アーサー、ユルル、マリア等と比べて、派手さはないとも言えるかもしれないが……。顔立ちが整っているという事には変わりない。出る所はそこそこ、引っ込む所もちゃんと引っ込んでいる体型。
「それでは行ってきます!」
彼女は村を踏み出した。そして、王都ブリタニアに向かって走り出した。
昨年フェイ達が行ったように、今年も聖騎士の試験が始まる。聖騎士に新たなる世代が現れようとしていた。
◆◆
マリアが夕飯の買い出しをしていた。彼女の足取りはいつもよりも軽い。
(ふふ、フェイと踊っちゃったなぁ……。もしかして、このまま言い伝え通りに成ったりして……いやいや、そんなこと)
(そんなことあるよ!! わたしはこのままグイグイ行こうと思ってる!!)
(で、でも、いいのかな……)
(いいんだよ! ぐいぐいいこう!!)
(ふふ、そうかもね……。意外とフェイと上手く行ったりするかも……なんてね)
彼女の中にいるリリアがマリアに話しかける。マリアは遠慮しているが、実はかなりフェイと良い感じになってきているのではと思っていた。そして、気分よく売店を巡って歩いていると偶々同じく買い出しをしていたユルルとメイと遭遇をした。
「あ、マリア先輩」
「ユルルさんにメイさん、こんにちは」
「どうも」
ちょくちょく遭遇する三人だが、全員フェイが気になっているという共通点がある。そして、更に偶々フェイがそこに現れる。それに全員が気付いた。
((((あ!))))
マリア&リリア、ユルル、メイが気付いた。全員話しかけようとした次の瞬間、
「せんぱーいぃ!!!!」
フェイと黄色の髪の少女が激突した。そのまま流れるようなハグでフェイに抱き着く。ユルルは思わず口を開けてしまった。くちから魂が出てしまう位衝撃があったからだ。
(ま、また別の女の人……フェイ君……一緒に踊れたから良い感じになれると思ってたのに。所詮迷信だったんですね……)
踊ったのに結ばれるどころか、更に遠ざかった様な気がして効果のない踊りの迷信に彼女は怒った。それは彼女だけでなく、マリア&リリアも同じであった。彼女達はフェイに抱き着いた女の子を観察するためにコッソリ隠れて盗み聞きを始めた。
「先輩、先輩! 私のこと、覚えてますか!?」
「……以前、スタッツの村にいた女か」
「そうです、そうです! 覚えていてくれるなんて……すっごく嬉しいです! 私!」
「……そうか……それより、離れろ。鬱陶しい」
「すいません! 先輩に会って感極まってしまいました!」
「……そうか」
「私、先輩に助けてもらって、先輩みたいに立派な聖騎士なろうと思えました!」
「……そうか」
「あ、そもそも先輩って呼んでもいいですか? それともフェイさんって呼んだ方がいいですか?」
「好きにしろ……」
「はい! 好きにします!」
(いや、すごい話しかけるッ、あの子!)
ユルルは陰から隠れて、フェイの側に居る
その子はずっと、マシンガントークでフェイに話し続ける。そのことにユルルは驚愕を隠せない。
(というか……ちょっと、あの子、あざとくない……? 一々上目遣いとか、胸元とかチラチラ見せてる様な……き、気のせいかな?)
ユルルは何とも言えない気持ちになった。
(わたし! あの子嫌い!)
(そ、そんなこと思っちゃダメよ……)
(マリアだって、わたしのふぇいに色目使いやがってとか思ってるでしょ?)
(そ、そんなこと……)
リリアもマリアもあまりヘイミーを好きになれそうにはなかった。あざとさがどうにも二人に合わない。
しかし、メイは好きになれそうだった。
(はいはい、またフェイ様は女をひっかけるのですね。まぁ、メイが一番ですけど)
「先輩、もしよかったら試験会場まで案内してくれませんか? 私、ここ、初めてで全然分からなくて」
「……試験ならあのデカい城が騎士団の本部だから、迷う事はないだろう。一人で行け」
「……はーい。分かりました! では、あとで一緒にお昼食べませんか! あの時の御礼がしたいです」
「そんな必要はない」
「いえいえ、是非!」
「……気が向いたらな」
「はい! では、あとで!」
フェイは背を向けて、ヘイミーの元を去って行った。彼が去ると、彼女はぼそりと小声でつぶやいた。
「流石に、あざとすぎたかな……。いやでも、あれくらいインパクトあった方がいいよね」
そんな彼女に忍び寄る影があった。
「初めまして」
「……貴方は?」
「メイと申します。実は今、フェイ様と話している声が聞こえてまいりまして、もしよろしければメイが試験会場まで案内しましょうか?」
「……先輩と知り合いの方ですか」
「はい」
メイはちょっと、面白そうだからちょっかいかけてやろうくらいの感じだった。それに、一応本当に迷っているなら案内をしてあげようという善意もあった。
「いえ、ダイジョブです。先輩に聞いたので、ありがとうございました」
しかし、あっさり断って彼女は去った。ヘイミーは歩きながら頭の中でフェイの事を考える。
(もしかしなくても、先輩ってモテるんだろうなぁ……さっきのメイド服姿の人も、顔良いし……スタイルも凄く良い……)
(私って、顔立ちは整ってるって、よく言われるし、親にも可愛い可愛いって言われて育ったから……美人に入るけど、地味に見えなくもないんだよなぁ……)
(スタイルも割と普通だし……先輩の周りにあんな人多そうだし……)
(先輩の競争諦めて……なーんて考えてる暇はない。劣っているなら他で補うまで!!!!!!)
(ふふふ、最初の顔合わせで、失禁まで見られてるから今更あんまり恥じらいとかはないからね、私!!)
(先輩もそんなこと気にする器小さい人じゃないし! グイグイ行こう! もう、一番グイグイ行こう! ここに来るまで一年で遅れてるからね!!)
(聖騎士に成る為に、ずっと一年間勉強してきた。訓練も凄いしてきた。正直、聖騎士に成って先輩の可愛い後輩でグイグイ行くことを専念したかったから)
(魔術ってやってみると意外と簡単だったし……。剣術はまぁ、指南書見てたらある程度出来るし……)
(今年学ぶことあるかな私。面倒だから、仮入団飛ばしてくれないかな……。正直、先輩に会いたいだけで聖騎士なろうと思ったし。人の役に立ちたいって両親に言っちゃったけど……、まぁ、人助け出来たらそれはそれでうれしいけど……先輩とラブラブしたいから聖騎士志願が魂胆なんだよね……)
(村の人たち、全員凄い応援してくれるからちょっとそこだけ気が引けるなぁ。まぁ、先輩関連は引かないけど。お母さんとお父さん一番応援してくれたから、騙したことだけは申し訳ない。でも、お母さんとお父さんは、運命の相手連れて行けば問題なし!! 娘の幸せは親の幸せって言うもんね!! うんうん、問題なし!)
(取りあえず、聖騎士の試験は合格しないと……落ちる気はしないけど)
彼女は聖騎士の試験会場に向かった。
――無事にヘイミーは聖騎士の試験に合格し、フェイと同じく特別部隊入りを果たした。
本来なら、トゥルーのヒロインとなる二人の女性だけが特別部隊に入る予定だったのだが、ヘイミーが加わり三人となった。
◆◆
見当たす限り赤が一面に広がっている。とある小さな家の中。壁にも戸にも、床にも誰かの血が池のように溜まっていた。声が出ない。
驚きが頭の中に湧いた。それだけがあって、悲しさや同情が湧いてこない。胃がキリキリと負担がかかるような血の匂いが何故か心地よいとすら感じた。
彼はその後も村を回った。誰かが生きていないのか、もし、この村を誰かが襲ったのであるならば生き残りを保護しないといけないと感じたからだ。戸を開けて外に出ると人が沢山倒れていた。
全員血が溢れて、死んでいた。
彼は、無くなった者達を弔った。自身の母と妹の死体も弔った。
「トゥルー……」
レイ、という少女が彼に話しかける。村で生き残ったのは彼女とトゥルーだけであった。彼女にも自分にも血がべったりと付いており、地面に埋める時に多大に付着した後があった。
「……誰がこんなこと…‥」
「私、少しだけ見たわ……真っ白な誰かが……殺してたの。髪も肌も粘土細工みたいに真っ白な誰かが……」
「……そうか」
そこでプツリと夢が消えた。だが、夢から覚めたわけではない。今度は誰かが彼の前立っていた。真っ白で気味の悪い人影。
肌は人とは思えぬほどに白で、髪も白い。
『……クク、そろそろだ。ようやく、血が消える』
『誰だ……お前』
トゥルーがその人影に聞いた。
『誰だ? おいおい、ずっと一緒に居たのに、そりゃないだろ……。まぁ、分からなくて当然だなぁ……』
『誰なんだよ……お前ッ』
『いずれ分かる、ようやくお前の妹の血が消えるからなぁ』
嗤った。人影の顔はトゥルー自身に酷似しており、最後にそれだけ言って消えた。
「……ッ!!!! な、なんだ……今の夢……」
眼が覚めた。長い悪夢から解放されたトゥルーはベッドから身を起こす。全身から大量に汗が噴き出しており、目覚めも最悪。
「夢……ただの夢だよな……」
譫言のように呟いて、自身に言い聞かせる。先ほどのはただの夢であると、ほんの少しだけ悪い夢を見て目覚めが良くないだけなのだと。
「寝よう……。こんな時間におきるなんて僕らしくない。ダイジョブ、ただの夢だから寝れるはずだ」
いつものように寝ようと思ったが眠れない。規則正しい生活を心がけているトゥルーは寝ようと思ったらすぐに寝れるのだが、その日だけはそれが出来なかった。ベットから起き上がって、部屋を出る。
そのまま外に出て、夜風に当たりながら王都を一人で歩いた。深夜なので人は殆ど外にいない。偶に王都警備をしている聖騎士に出会うだけだ。
彼は只管に王都を回る。少し動けば眠くなると思っていたが眠くならない。彼が歩ているととある場所に向かう。とある三本の木が生えている場所が丁度見え始める。
そこには長い黒髪のとある少女が熱心に剣を振っていた。こんな遅い時間に剣を振っているだなんて……とトゥルーは驚いた。
そして、こんな時間に女の子が訓練をするのは危ないのではないかと感じた。少しだけ声をかけようと彼は思った。
これは円卓英雄記のイベントの一つである。少女の名はエミリア。腰まで伸びた黒髪に赤い眼。スタイルは絶壁で小振りであり、目つきが鋭い女の子。性格も凄い自己中心的で不遜な態度が目立つ少女だ。
今年、特別部隊に入隊した聖騎士であり、ヒロインの一人である。
イベントでは夜遅くにエミリアが一人で剣を振っているので、眠れないトゥルーが話しかける。そして、余計なお世話ねと言われるのだが……そこでエミリアはあることを思い出す。
トゥルーとどこかであった様なそんな気がすると顔を合わせて気付く。そんな感じでファーストコンタクトをして、ヒロインと主人公の関係性なので好感度も少し上がるのだが……
トゥルーはあることに気付いた。エミリアの隣で、一人の聖騎士が剣を振っていたのだ。黒髪に黒目のお馴染みのフェイである。
トゥルーはフェイを見たらなんだか考えは変わった。
(こんな時間に訓練をするとか危ないって言おうと思ったけど……まぁ、別に夜に訓練をするとか普通だよな……? フェイも全然普段孤児院に帰ってこない事もあるし……あの子の訓練を邪魔するのも悪いな。帰ろう)
(あいつの顔見たら、なんか冷静になったな。帰って寝よう)
トゥルーはイベントを目の前にして、孤児院に帰って眠りについた。
◆◆
エミリアは剣を必死に振っていた。彼女の表情は曇っており、同時に怒りをもにじませていた。その理由はたった一つ、今日の試験でのことだった。彼女はとある黄色の髪を持つ少女と戦ったのだが、その少女が思ったより強かったからだ。
剣技だけの勝負であったがほぼ引き分け、であった。
自身は強いと思っていたのに、自身の遥か先を行く存在は沢山いる。更に聞くところによれば最近トレーニングを始めて一年くらいしか経ってないとかすら言うのだ。
そして、試験に居た仮面をかぶった少女。周りの話からすると聖騎士の娘であり、多大な才能を持って居るらしい。
(私は強くならないといけない。私の中の何かに負けない為に……)
エミリアは幼い時から自分の中に邪悪な何かを感じていた。それに負けないように己を鍛えていた。トレーニングも多大に積んだ彼女は己の強さに自身があったのに今日、それが僅かに揺らいだ。
その強さへの揺らぎを彼女は許せない。
己が揺れれば、自身の中の何かにすぐに侵食されそうになるからだ。そんな気がするからだ。
だから、彼女は己を鍛えるために剣を夜遅くまで振っていたのだが……。
「ねぇ、貴方」
「……なんだ?」
彼女はずっと気になっていた。王都の三本の木がある荒野のような場所でずっと剣を振っている先客がいたからだ。
「ここは私の場所よ。悪いけど、気が散るから他の場所に行ってくれるかしら?」
「……貴様の考えなど知らん。集中できないからお前がされ」
「……なによ。私はね、朝からここの場所が良いなって思ってたの。だから、先客の私の言う事を聞きなさい」
「俺は一年前から、ここで剣を毎日振っている」
「え? あ、そ、そうだったのね……」
(……そう言われると私が去った方が良いのかしら。いや、こんなことで引け腰になっていてはダメね)
(私は強くなりたい、私は誰よりも努力をしている……ダイジョブ、私は強い、私は強くなる……。誰にも負けない、引かない)
(――自己中心を掲げましょう)
彼女は本当は気が弱い女の子なのだ。だが、それを無理にやめて強がらないと生きていけないのだ。
「そう、でも、私はここで一人で素振りをしたいの。どっかに行ってくれるかしら?」
「……」
(無視? え? 無視? 流石に……失礼過ぎて怒っちゃったのかしら?)
(……まぁ、いいわ。私は己の事だけ、自己中心的に生きましょう)
自己中心的に行動をする、自己中心、己をの事だけ、それは彼女の口癖であり、生き方である、彼女は他者に気を使う余裕もないのだ。
自分だけの訓練を考えて、もう一度剣を振り始めた。いつしか時間飽きて去っていくだろうと思って剣を彼女は振った。
しかし、彼女の眼の前の彼はずっと剣を振った。そろそろ帰るだろうと思っていたら、ずっと居る。
(な、なんなのよ……コイツ……今日の試験相手も変な奴だったし……ここ変な奴多いのかしら)
結局、朝まで二人で剣を振った。
◆◆
いつものように剣を振っていたら、いつもとは違う女の子が居た。誰だ? 新キャラかな……?
そろそろ聖騎士が新規メンバー募集するって聞いたし、多分そうだろうな。
凄い、頑張って剣を振っているな。関心関心。
先輩って言われるのかな? 今日の朝、久しぶりにヘイミーと会ったけど……。平民のヘイミーだから覚えやすいから覚えていた。
この子は……新キャラっぽいよな。どういうのか知らないけど……。取りあえず俺は剣を振る。
修行をしよう。そのうちこの子のキャラは分かるだろうし……とか思っていると
「ここは私の場所よ。悪いけど、気が散るから他の場所に行ってくれるかしら?」
「……貴様の考えなど知らん。集中できないからお前がされ」
「……なによ。私はね、朝からここの場所が良いなって思ってたの。だから、先客の私の言う事を聞きなさい」
「俺は一年前から、ここで剣を毎日振っている」
「え? あ、そ、そうだったのね……」
凄い自己中心的な子だな。それに我儘。去年のボウランを思い出す。いきなり雑魚とか言って来たし、そう考えるとボウランに比べたらまだましだな、この子。
それに自己中心的な子って言うのもさ、しょうがない気もする。そろそろ騎士団メンバーのキャラが多くなって来たし、差別化の為に多少尖ってないと覚えにくいよな。
主人公の俺はずっと本の表紙とかに居るからさ。皆覚えてくれるけど、他のキャラは物語が多く進んでキャラが増えれば増えるほど、覚えるのが大変なのだ。出番も減って行くからね。
だから、俺は広い心で彼女が生意気でも我儘でも怒らないぜ。
自己中心的でもしょうがない。
俺は世界の中心、俺の心臓の鼓動が一回脈打つごとに世界の時計が動いているくらいだからさ。広い心を持って、トレーニングに集中しよう。
それっきり彼女は俺に話しかけてこなかった。ずっと俺も彼女も剣を振り続けた。努力する姿は嫌いじゃない。
俺はその子が意外と気に入った。
◆◆
時間は数日前に戻る。王都ブリタニアのとある飲食店でアルファはベータとガンマを慰めていた。
「ほら、元気出しなさいよ……。祭典でフェイと一緒に踊れなかったのかもしれないけどさ……来年とかあるじゃない」
「ガンマはフェイと踊りたかったのだ……」
「……sad」
ガンマもベータも祭典の日に一緒に踊ればいい関係なれると信じていたようだった。
(……凄い落ち込んでるんだけど……それに隣でも)
「フェイと、踊れなかった……」
「げ、元気出せよアーサー、アタシが肉奢るからさ」
(あれ、アーサーとボウランだったかしら? 同期だから覚えてる……アーサーもフェイが好きだったのね。皆、あの頭の可笑しい奴好きなの? どうかしてるわ……)
「ねぇ、別にしょうがないじゃない」
「しょうがなくないのだ……」
「アンタ……そんなに好きなの? 何処が良いの? あの男の」
「ガンマは……フェイの……ちょっと、危ないかもしれない雰囲気と、普通じゃないように見える価値観と、異常みたいなカッコよさ」
「違うわ。ガンマ。あいつは危ないかもしれないじゃなくて危ない奴なのよ。普通じゃないように見えるじゃなくて、普通じゃないの。異常みたいな、というか異常なのよ」
「そこもいいのだー」
「嘘でしょ……ベータは?」
「眼が黒い所と、髪が黒い所、剣の腕が凄い所と、いつも頑張ってる所、クールな雰囲気なのに、実は優しい所、ハムレタスサンドが好きで可愛い所――」
「――もういい! 分かったわかった! アンタ、急に饒舌にならないでよ、怖いから」
(いつも、loveとかしか言わない癖に……でも、あれかしら? こんなに好きなら応援してあげるのも姉として大事な事かしら……。本当は応援したくないけど……)
「分かった。そこまで二人の気持ちが凄いとは思わなかったわ。応援してあげる。そうね……今度の休日に海行きましょう。私がフェイを誘ってあげる」
「「ッ!!」」
「そこで二人は存分にアピールしなさい! だから、元気出して!」
「「はい!!」」
(あーあ、言っちゃった……、あいつ、来るわよね? というか無理やり来させよう。修行馬鹿だし、浜辺の砂は踏み込みの練習に最適とか言ったら来るでしょ)
(あー、気怠い……)
海に行こうと彼女は考える、しかし、そこでは、サブ主人公として彼女が最後に死んでしまう鬱イベントがある場所であった。世界の強制力のような物が働いて、アルファにイベントが襲い掛かろうとしていた。
(ベータとガンマ、ぶっちゃけフェイ全然魅力的に見えないけど……まぁ、仕方ないから応援してあげよう。私は全然好きじゃないけど。しょうがないから、姉だしね)
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