第42話 殺愛兄妹 異史

 彼女は王都ブリタニア内を走っていた。大きく、不気味な眼が空に突如として現れて、彼女を……アーサーを追い込んだ。


 謎の男に襲われ、その後、空に眼が現れ、彼女には何が何だか分からないまま狂乱に巻き込まれた。



 自分を分かってくれる誰かを探したが全く見つからない。一人ぼっちになってしまった、戻ってしまった事が彼女には悲しかった。医師や悲痛な言葉は彼女の心を抉って、瞳に涙が浮かび始めた。




 走って走って、一旦日の当たらない脇道に彼女は隠れた。疲れてはいない、だが、精神的な負担で呼吸が荒かった。



「はぁはぁ……なにが、起こってるの……」



 

 心臓に手をあてながら落ち着けるように心の中で、大丈夫と何度も唱える。だが、精神的に不安定の彼女にはそれが余計に不安を募らせた。



「ッ!?」




 また、誰かが追ってきている。彼女は再びそこから走り出す。見知らぬ人、知っている者、親しいと思っていた者、全てから彼女は追われ始めた。彼女は逃げて逃げて、逃げ続けて。



 それでも自分を受け入れてくれるものを探し当てることは出来なかった。




◆◆



 フェイ達が王都ブリタニアへの帰還を果たすと王都中が大騒ぎであった。


「ど、どうしたのよ!? この騒ぎ!?」

「大変だ、犯罪者が!」



 アルファが一人の聖騎士を呼び止めて話を聞く。アーサーと言う殺人者が王国内で発見されたという。アルファ、ベータ、ガンマ、マルマルはそれは不味いと議論を繰り広げ今すぐにでも討伐をと準備を始める。



 一般市民の避難なども始まりつつある。アルファ達が急いで王都をかけようとするが、その中で怪訝そうな顔をしている男が一人。


 フェイだ。辺りを見渡し、大体の状況を把握、そして空を見上げて、事情を知る聖騎士に問う。



「おい、あの空にある、やたらと巨大な眼はなんだ」

「え? 空に? ……何もないと思うけど……」

「そうか」




 それだけ言うと何かを察したのか、彼は歩き出す。止める声がかかるがそれを彼は気にしない。



 何かを探すように彼は走り出そうとしたその時、誰かがフェイに対して声をかける。



「フェイ様」

「……お前か」




 メイド服に可愛らしい顔つき、ユルルのメイドであるメイがフェイに対して声をかけた。



「フェイ様、今、何が起きているのか分かりますか?」

「さぁな」

「そうですか。フェイ様はあの空の眼が見えるようでしたので……知っているかと」

「……お前にも見えているようだな」

「はい。どういうわけか分かりませんがメイは自分を保てているようです。アーサー様が犯罪者に、そんな訳ないと知っているのですが周りが全員そのような言動をするとどうにも騙されそうになるというか……フェイ様がメイと同じで安心いたしました」

「……そうか。お前はアーサーがどこに居るか知っているのか」

「……はい。国外に泣きながら走り抜けていくのが見えました。追うつもりだったのですが……あまりの速さで……それに色んな方が騒動で怪我などもしておりまして……ある程度怪我人の処置は終えましたのでメイはアーサー様を追います」

「……そうか。それで何処へ行った。アーサーは」

「あちらの方向に真っすぐ」




 メイが指を指した。それは声をかける前に彼が行こうとしていた方向。フェイも何となく、彼女が指を指す前からそっち方向に居る気がしていた。




「――行くか」





◆◆





 荒野でアーサーとケイが剣で撃ち合っている。鋼の高い音が鳴り響く。暗示によって認識をすり替えられ、国から出るしかなかったアーサー。彼女を待っていたのはケイ。


 ケイはアーサーを殺すため、剣を抜いて襲い掛かる。



(こいつ……強ぇな……。闇の星元の取り入れて、アドバンテージもかなりあった……)



(国中から敵とされて、心は負担がかかっている。星元操作も安定してない。だが、どこかまだ、余力がある……アーサーにとってまだ大事な何かがあるのか?)




「……ッ」

「……おい、アーサー。お前案外余裕そうじゃねぇか」

「……そんなことない、悲しいし、苦しい。もう、こんなこと本当は止めたいッ」

「……そうかよ」





 アーサーは苦しかった。ガラス細工の心には罅が入っていた。だけど、彼女には、彼女にも、あの日の約束が、心を支える大事な約束があった。


 月明かり、フェイが約束してくれた。必ず全部を貰ってくれる。


 それが芯として心にあった。


 だが、それがあったとしても彼女は分が悪かった。相手は闇の星元を取り入れて一時的に多大な力を持っていた。国中から追われて、星元を消費して、体力を削られ、精神的にも安定しない彼女は星元操作も満足にできない。



 それでも何とか、喰い下がる。自信と同じ剣技を使う相手ケイに喰い下がる。



 度重なる剣技、思考を集中させ、緊張感に支配されて時間が経過する。次第に感覚がおかしくなってくる。これがいつまで続くのか、彼女には分からない。それが更に疲労感を倍増させる。



 アーサーは追い込まれていた。しかし、それはケイも似たような物だ。国中に暗示をかけて、魔眼の多様により星元をかなり使った。更にはアーサーがここまで粘るとは想定外。


 アーサーは天才。才能の原石の塊。彼女は既に純粋な総合的な強さであるなら、一等級聖騎士以上の実力を持っていた。闇の星元によって強化されたケイとも互角に渡り合う事も出来る。


 


「はぁ、はぁ……クソが、ね、粘りやがって……大人しく俺に殺されろ」

「いやだ、ワタシ、まだ、死ねない……」



 両者、疲弊していく、殺し合いの中、体が重くなっていく。どちらかが先に心が折れるか。それで均衡が崩れそうだった。



 加速していった互いの剣技。しかし、今は両者共に剣の速度が落ちて行った。星元も互いに尽きていく。金属音が痛い程二人の耳に響いた。これが永遠に続くかと思ったその時、アーサーの心が先に折れかける。



 剣が弾かれ、腹に蹴りが入り、数メートル吹っ飛んだ。手で蹴られた箇所を抑えて、吐血する。咳込むたびに血が体から出る。



 剣は手から離れて、明後日の方向へ。体が痛くて、星元を使用するまで頭が回らない。それどころかもう星元も体には残っていなかった。眼の前には既に剣を振り下ろそうとしている青年ケイ。顔は僅かに悲痛そうであった。


 そして、体力的にも、限界に近い。光と闇の反発を抑えながら戦う。急激な強さの変化の体への負担は想像以上。そして、なによりアーサーの強さに粘られ続け、体力も底をついていた。


 しかし、最後の最後に勝利に一手先に手を付けたのはケイだ。彼は過去の後悔と誓いを最後に噛みしめる。



 アーサーの頭には死があった。死が、それが本当に眼の前に迫っている。走馬灯のように記憶が蘇る。その中で最後の最後に頭の中に浮かんだのは仏頂面の男だった。話しかけても返ってくるのは短い言葉。



 自身から何かを話すことはない。ただ一生懸命何かをする姿が雄弁に言葉以上に語っているようなそんな人。常識が無くて、本心は見えないが……もしかしたら、こんな自分を彼なら助けてくれるのではないかと、最後の最後に期待をして心の中で名を叫ぶ。




(――フェイ、助けて……)



 振り下ろされる剣。命を絶つその一太刀。目を瞑って痛みから逃げようとするアーサー。


 鈍い肉を切る音がその場に鳴り響く……事はない。その代わり、再び金属音が響いた。刀による投擲を剣で防いだようなそんな音色。



「あ? がぁ!!」



 その後、刀ではなく人が飛んできて、拳がケイをフッ飛ばした。アーサーが眼を開けるとそこには、いつもの背中があった。



「フェイ……」



 彼は何も答えない、振り向きもしない。ただ背中が語っていた。約束を守ると。吹っ飛ばされたケイは血を吐きながら起き上がる。



「ゲホッ……おいおい、どういうことだ? その服、聖騎士だな? お前」

「だったらどうした」

「いや別にお仲間を守るとするなんて大変崇高だと思ってな」



(ブリタニアの聖騎士……暗示のかけ損ないか? 星元も残り少ない……これっきりだ。コイツを暗示にかけて、最後にアーサーを殺す)



(ここまで来たんだッ、ようやく足掛かりができるッ、こんなことで終わるわけにはいかないッ)




 余裕の笑みを向けていたが、内心ではケイは焦っていた。もう、星元も残りがわずかしかない。



「だが、残念だな。お前は仲間だろうという事を忘れて、ここで死ぬんだよ!」



 

 フェイがケイに向かって突撃する。手に刀はない。先ほどの投擲で弾かれアーサーから離れた場所にあるから拾いに行く隙が無かった。それをすればアーサーがその間にやられてしまうかと思ったからだ。



 フェイは無機質な目を向け、それにケイが禍々しい赤と光の魔眼を向ける。最高峰の更に上。ブリタニア王国全土、全ての者、一等級聖騎士ですら暗示にかけることが出来る最強の眼。



 その眼がフェイに暗示をかけるがそれは意味をなすことはなく、ケイの頬にフェイの拳が突き刺さった。



「どうした? やる気はないのか」

「……あ? あ? 意味わかんねぇぞ……どうして、俺は今、殴られた? 最強の魔眼だぞ。間違いなく世界の頂点に近いはずだ……」




 吹っ飛ばされ、地面に寝転んでいるケイが意味も分からず言葉を紡いだ。フェイの眼には間違いなく特別な魔眼はなかった。義眼と普通の眼。暗示をかけた手ごたえも彼は感じていた。


 しかし、無意味だった。




「……クソが、ふざけるな。ここまで来たんだぞ? アーサーを殺すために……ここまで来たのに……上手く行っていたのに!!」




 今度はケイが怒号を発しながらフェイに突撃をした。星元による身体強化、しかし、アーサーとの戦いで精度は落ちていた。更にはケイの眼の前の男は、対アーサーに特化している男。



 アーサーに何千敗もして、彼女の剣技を日々浴びている。アーサーの成長速度があまりに速過ぎるために彼はまだ一度も勝てていないが、彼女の剣技を誰よりも見て来た男だ。



 ケイとアーサーの剣技は似ている。アーサーのポテンシャルから言えば遥かにケイは及ばないが原型は全く同じと言っても過言ではない。



 今のケイはアーサーの劣化のような状態。息を吸うように避けられ、腹に一発、そのまま回し蹴りをくらった。



(ふざけるなッ、なんだこの理不尽は!! 暗示にどんな耐性持ってやがる! しかも、こいつッ! 



(俺の攻撃を避ける、それがもうすでに当たり前であるかのような動き。普通初見であそこまで見切れるはずがねぇッ)



(俺、いや、細胞の記憶から俺達が使える原初の英雄技能を見切ってやがるッ。ふざけるなよッ、この理不尽!! 理不尽過ぎるだろ!!)




 ケイは起き上がってフェイを睨んだ。あと一歩でアーサーに手がかかりそうであったというのに、彼さえいなければ上手く行っていただろうに。そう思う。


 

「こんな所で、諦めるわけにはいかねぇんだよッ、アーサーを殺して俺は英雄になるんだ、クソ野郎がッ」

「アーサーを殺すことが英雄に繋がるか……理解に苦しむ言動だ」



 ケイが再びフェイに向かう。それを流れるような動きで背負い投げをしてケイを地面に再び沈める。



「クソクソクソクソクソクソ!!!! ふざけろ!!」



 天井から見下ろされているような錯覚を受けた。確かに総合的な強さならケイの方が強い。アーサーとの一戦が無ければもう少し、前線は出来ただろう。しかし、それは言い訳でしかない。



 なぜなら、彼も環境的にアーサーを追い込んで殺そうとしていたのだから。



(なんだ? 本当に何なんだ!? この理不尽は? 俺に対して、俺達に対して無類の強さを発揮するこの常識の外からの存在は。こんなの聞いてねぇ! あのクソ爺もこんなのが居るなら一言ぐらい言うはずだ……)




(俺からすれば、こいつは……




 ケイが何度も向かう。しかし、フェイは足元に対して回し蹴りをして足を崩し、そのまま背中を蹴って、空にケイを上げる。




(環境は最悪、俺に対しての未来予知、世界最高の魔眼も効かない、純粋な身体能力が化け物……こんなのに、今、どうやって、勝てばいいんだよ……)




 空に打ち上げられながらケイは僅かに乾いた笑みを浮かべてしまった。しかし、すぐさまセンとの約束を思い出す。


 

「俺は……!!!」



 打ち上げられた空で彼は体を回してフェイを見る。残りの星元を体全体に強制的に回して、体が壊れるほどに強化をする。彼にとってこれが正真正銘の最後の攻防。



「これで、終わりにしてやるよッ」



 

 彼の本機に応えるように、フェイも星元を高める。そして、詠唱を始めた。



この身は主であるThis body is the Lord主、故に我は主の真理を知るLord, therefore I know the truth of the Lord


我が器を我が身でも測りきることはない I can't measure my vessel myself

誰も追わず、No one chases何者にも至らず、No one自らの道を紡ぐSpin your own way


主の物語The story of the Lord



その一端を刻下に示すOne end is shown below刮目し、魂に刻み込めTake a look and carve it into your soul



「――比類なき主の真理The Truth of the Incomparable Lord





 

 小さな宇宙の爆発。そんな現象と言えるほど、彼の体から星元が溢れ、肉と血が割けていく。



「来いッ、お前を殺して――ッ」



 龍のように登ったフェイが、空に居るケイに拳を振るう。ケイの攻撃は完璧に避け、鳩尾に強烈な一撃を叩きこむ。


 そのまま打ち上げるように、彼をさらに空に拳で押し上げた。




 ケイはその一撃で気絶をした。その時、嘗ての記憶が再び蘇る。それはセンという少女との約束。



『ゲホッ、ゴホッ』

『セン!!』



 センは原初の英雄アーサーの細胞に体が適応しきれなかった。だからこそ拒絶反応が出てしまい、生命活動に支障をきたしていた。ケイがどうにかしようと思ってもそれをどうにかすることは不可能であった。


 彼女に対して、一緒に過ごすうちにケイは愛してしまった。同年代は全て死んで、新しい子が追加される中、ずっと一緒に居たセンも死にそうになった。


 パンすら食べられなくなり、吐血が止まらない。咳をするごとに口から血が溢れる。


『ケイ……私、もう、ダメみたい……』

『……大丈夫だ、きっと』

『うんうん、ダメだよ……ケイは、英雄になりたいって言ってたよね。私もなんだ。英雄譚大好きで子供の頃から読んでた……』

『……一緒に叶えればいいだろ』

『無理みたい、ごめんね……ケイ、私の分まで夢をかなえてね。ケイなら出来るよ、私にとって、貴方は――』




 そこから先に何を言おうとしたのかケイには分からなかった。そのまま彼女は死んでしまって、ペンダントはケイが引き継いだ。



『ふぉふぉふぉ、センが死んだのか。もったいないのぉ、もう少し適合できれば生存できたのかもしれんが……この子には特別な魔眼があってのぉ、折角じゃから、お主にやろう』


『精神的に相性が良い、アーサーの細胞で良い方向に体が変化しておる。ほぼ同じ性能を引き出せるだろうよ。さぁて、ケイ。お主には期待しておるよ』



『お主たちの話聞いておった。英雄になりたい、よかろうよかろう。その為にこの『子百の檻』を作ったのじゃから、上手く魔眼を使うのじゃぞ』



 訳の分からない、名も知らない老人からケイはセンの魔眼を受け継いだ。彼女の眼は世界最高峰の魔眼であった。それをケイは持ち、一緒に英雄になってその景色をその目を通して見ようと誓ったのだ。


 例え、何を犠牲にしても。誰を生贄としても。愛した者との最後の約束なのだから。


 その為に原初の英雄の聖剣が欲しかった。それを己のモノとして自身が世界を救う。


 しかし、それはアーサー、モードレッド、マーリンと言う本物に阻まれた。それを全て排除するために彼は走っていた。


 

 あと少しでそれに僅かに手が届きかけたのに。届かなかった。


 

 全ては上手く行っていたのに、国すら暗示にかけたのに。あっさりと彼の願いは打ち砕かれた。




◆◆



 ケイは目覚めた。死んだと思っていたのに気付いたら荒野に寝ていた。体を起こして眼の前を見るとフェイとその後ろに隠れるようにアーサーが居た。



「起きたか」

「……なんで殺さなかった」

「こいつが聞きたいことがあるというのでな」

「……色々聞かせて」

「……俺が抵抗するとは考えなかったのか?」

「そうしたらワタシとフェイで抑え込む。二人なら絶対負けない」

「……舐められたな、俺も」



 もう死んでいると思っていたら生きていたという事にケイは驚いた。更には慈悲を与えられたと思うと情けないとも感じる。


「今、施設はどうなってるの?」

「知らねぇ。ただ、そう言うのを軒並み潰してる奴が居るらしい」

「そう……貴方は誰?」

「俺は……なんだろうな。中途半端な奴だ。何も成し遂げられない。英雄になれない。ただのぼんくらだ」

「……また、ワタシを襲うつもりはあるの?」

「……そうだと言ったら?」

「……わかんない。貴方のこと、凄く嫌だけど……なんか、懐かしい感じもするから変な感じがする」

「……そうかよ。ただ、俺はお前を殺そうとするぜ。何度もな。俺は英雄にならないといけないんだ。俺より先に居るお前が目障りでしょうがない」

「……目障り」




 二人で話し込んでいると、興味が全く無いのかフェイは腕を組んでつまらなそうに虚空を見ていた。そんなフェイにケイが顔を向ける。



「そして、お前も目障りだ。お前はなんなんだ? 俺の英雄の道を邪魔をして……お前が一番目障りだ」

「……ふっ、英雄の道か」

「なにがオカシイ」

「俺は英雄などに興味もないが……誰かの道を辿る間は英雄とは思わんな。憧れを持つのは勝手だが、そこから己の真価を見つけなければ意味がない。ただの劣化が出来るだけだ。それを英雄と言いたければ勝手にするといい。俺はそうは思わんがな」

「……ッ」

「……」

「……」



 その言葉にケイはドキリとした。僅かにだが納得をしてしまった。



「だが、お前の言うのが英雄至る道ではないと言い切ることも出来んがな」

「……そうかよ」

「あぁ、しかし……俺が英雄になろうとするのであればその方法は死んでも選ばんがな」

「……なんでだ」

「誰かを蹴落とし、その領域に至ったとして……その姿を誰に見せる? 俺なら鏡すらまともに見れんな。そんな姿になんの深みも美学もない」

「……」



(俺は、センとの約束を……でも、センに妹を殺して、得た景色を見せて……どうなる? 俺は……でも、俺には……)




「……話しすぎたな。後は勝手にしろ」

「ワタシ、フェイの話すごく好きだよ」

「……そうか」



 それだけ言うとフェイはまた黙りこくった。アーサーがフェイの後ろから耳元で囁くが特に気にしない表情。アーサーがフェイとくっついていると彼女が幸せそうな表情をしていることにケイは気付いた。



(……アーサーが折れなかったのは……コイツが居たからか……)




「……あの、フェイ」

「なんだ」

「ワタシ、この人、このまま逃がしてあげたい。ワタシとフェイなら捕まえて牢屋に居れらるけど……でも、この人、もうちょっとだけ色々見たら、何かが変わる気がする」

「……好きにしろ。俺はどうでもいい」

「本気か? アーサー」

「……うん、ワタシは貴方が嫌いだし同じ場所で空気を吸いたくもないけど……気持ちは少しわかる気がするから。あとは、さっきも言ったけど懐かしい気もする。今回だけ見逃す……だから、もうあんなことはしないで……」

「……」




 アーサーが悲しい顔をした時、アーサーとの約束を今度は思い出した。ケイは何も言えずに黙りこくった。


 返答はなく、これ以上、何も話す気はないらしい。フェイは話が終わったと思い込み、立ち上がる。



「俺はもう行く」

「ワタシも行く」

「……そうかよ。本当に見逃していいのか? 今ならまだ、牢屋に入れられるぜ」

「見逃す。ワタシはそう決めた。だから、国の暗示も解いて」

「……嫌だと言ったら?」

「……フェイとこのまま旅に出る」



 アーサーがそう言うとフェイがどういうことだと彼女の方を向いた。



「お願い、一緒に来て。フェイしか、ワタシ一緒に居れない。一人は寂しい。フェイが居たらワタシ、きっと大丈夫だから」

「……」

「ワタシと一緒なら、毎日ワタシと訓練し放題。料理とかも頑張る、洗濯とか、お金の計算とか……でも、嫌なら……それでもいい」

「……そうか…………もし、暗示が解けないのであれば考えてやる」

「本当?」

「……あぁ、お前を倒すと誓ったからな」

「やった」




 ケイはフェイをジッと見て、口を開いた。



「お前は何で、アーサーを助けたんだ?」

「俺はこいつを倒すと誓った」

「俺と同じか」

「違う。俺は己の道を歩み、その中でアーサーを倒し、更に己の道を切り開くことを選んだ。お前はアーサーの影を追ってそれを排除して誰かの経路を我がものとしようとした」

「……ッ」




 フェイの無機質な眼に少しだけ闘気が宿る。その眼を見ていると、全身が逆立つ。覇気が彼から出ている。



「お前は……どんな道を歩もうとしているんだ……」

「さぁな。俺が行くのは誰かが開拓した王道なのではなく、誰も切り開くことのなかった覇道だ。俺もどんな道かなのかは知らん。ぬかるんだ道だろうと整備されていない道だろうと俺は歩み続ける。それが……俺だ」



(そうか……これが、この誇りが……英雄)



 彼はそう言うと背を向けて歩き出した。アーサーはフェイについて行った。少しずつ、二人とケイの間に距離が出来る。



「……俺に残された道などない。そもそも切り開かなければ、最初から道などあるはずもないか……」



「セン……誰かの背を追う程度じゃ……英雄にはなれないみたいだ。ごめんな」



「――英雄になるのはもう少し、時間がかかりそうだ。だけど、待っててくれ。俺は必ず……」






◆◆



「どうしましょう……完全に出るタイミングを失いました……」




 メイはフェイの後追うようにブリタニアを出発したが到着したときには既にケイが打ち上げ花火状態であった。



「ここで出て行ってもいいのでしょうか? フェイ様座り込んでアーサー様後ろからハグしてるし……あの打ち上げられた人はずっと寝たままだし」



「どういう状況なのでしょう? 下手に出て行って、変な事したくないし……ロマンス小説系の主人公であるメイにとってアーサー様みたいなサブヒロインのイベントも偶には大目に見てあげないといけませんし」




 メイは迷っていた、暫くするとフェイとアーサーが王都に向かって歩き出す。ここだと言わんばかりに二人に彼女は近寄った。



「お疲れ様です。フェイ様」

「……あの、フェイ、この人……」

「ご安心ください。アーサー様、メイは全く暗示にかかっておりません」

「……そうなの? メイ、だっけ? 貴方も魔眼を持っているの?」

「いえ、メイはそのような物は保有しておりません。どういうわけかメイにも暗示は効かないようです」

「……そうなんだ」

「フェイ様も魔眼などは保有しておりませんよね?」

「あぁ」

「……メイとフェイ様だけ全く無事であったという事は、もしかしたら、フェイ様とメイには何か特別なつながりがあるのかもしれませんね」



(原作カップリング的なあれです。フェイ様とメイは繋がってます)



「……それは違うと思う。フェイは、ワタシと……なんでもない。それより、ブリタニア帰ろう」

「はい。そう致しましょう」




 到着すると大きな目のような物は空から消えていた。王都中は元に戻っており、アーサーは泣いた。




 そして、フェイはいつものように夜遅くまで素振りなどをして訓練をし、風呂を浴びて孤児院へと帰った。するとマリアがフェイを出迎えた。



「あら、フェイ、お帰りなさい……あの、何というのかしら……フェイにお客さん来てるみたいだけど」

「……誰だ?」



 フェイが食堂に向かって歩くと、そこにはパジャマ姿で枕を抱っこしているアーサーが居た。



「フェイ……一緒に寝よう」

「……断る」

「お願い、今日は寂しいの」

「……ボウランとでも寝ると良い」



 フェイが冷酷に自室に入る。しかし、それをお構いなしに彼女はドアを開けてフェイの部屋に入る。



「……」

「お願い……寂しいの」

「……好きにしろ」

「やった、好きにするね」



 フェイがベットに横になる。上を向いて右腕でアイマスクのように目を隠す。左手は腹の場所に置いた。すぐさま寝るかと思うと方をアーサーがツンツンした。



「なんだ」

「今日だけ、抱っこして」

「……」

「今日だけ、だから……寂しいの。今日は凄く寂しくて、とてもつらい」






 右腕を目元から外してフェイは瞳をうるうるさせるアーサーを見た。彼女が本当は凄く精神的に負担がかかっていたのだとフェイは知った。



 溜息を吐いて、仕方ない、やれやれと体を起こす。ベットの上で座り込んだ。手を差し出して飛び込めとは流石にしないが、腕を組んだりはせずに膝に置いた。




「いいの?」

「……今夜だけだ。それ以上はない」

「――ありがと」




 彼女はフェイの胸板に顔をうずめて力いっぱい抱きしめた。



「頭ナデナデしてほしい……」

「っち……」

「左手は腰に回して抱きしめて」

「……」



不機嫌そうだがアーサーの言う事をなんでも彼は聞いた。普段ならこんなこと全くしないが仕方ないと腹をくくった。




「キス……とかもいいかな」

「断る」

「むぅ……」




アーサーはその後、フェイの右腕で腕枕してもらいながら、眠りについた。安心感のある隣で直ぐに眠れると思ったがなかなか眠れない。



彼女は一度起き上がって、月明かりに照らされたフェイの顔を見た。



「ありがとう。ワタシは、貴方の事が……好き。フェイのこと、凄く好き」



彼の頬に軽くキスをした。それをした直後に自分は何をしているのだと悶えた。



「……お兄ちゃんって、フェイみたいな感じなのかな……フェイお兄ちゃん。何かしっくりくる。……でも、フェイってお姉ちゃんみたいな人が好きな感じするし……偶には妹みたいに甘えてもいいかな?」



「――フェイお兄ちゃん、大好き」




頬が真っ赤になった彼女は彼の腕に再び頭を落として、そのまま眠りについた。幸せな時間を彼女は味わって、幸福に包まれた。




◆◆




 任務を終えて、王都に帰還したら空にでっかい目の玉があるんだけど……なにあれ? 


 それでアーサーが犯罪者とか言われてるし……おいおいアーサー遂にやったのか? とは流石に思わない。アーサーは変なところあるけど、そう言う良識とかはしっかりしている子だから犯罪とかはしないと思うぜ。


 それにそもそもアーサー忘れてないか? こいつら……どうした?



 これってエイプリルフールとかじゃないよね? この世界にそう言うの無さそうだし。何かイベントみたいじゃね? 国丸ごと巻き込んだイベントとは……



――ちょっとワクワクしてきたな。テンション最高潮


 取りあえず、アーサー探すか。アーサー関連してそうだし。そう思っていたらメイドのメイが……あ、この子は周りみたいにアーサー忘れてないんだね。



 モブなのに……偶には活躍させてあげようって言う原作者配慮かもね。さてと、アーサーを探しますか、あっちに居るとおもんだけど……。一応メイにも聞いておくか。


 あ、やっぱりそうだよね? 

 


 よし、行くか。



 俺は走り出した。アーサーが遠目に見えそうなとき、何故だがやられそうになっているのを見つけて、刀を慌てて投げた。その後、殴る。



 危ない危ない。アーサーがやられそうになるとは……相当の敵だな。



「ゲホッ……おいおい、どういうことだ? その服、聖騎士だな? お前」

「だったらどうした」

「いや別にお仲間を守るとするなんて大変崇高だと思ってな」




 しかし、相当満身創痍な感じがするけど……取りあえず、殴って見るか。




「だが、残念だな。お前は仲間だろうという事を忘れて、ここで死ぬんだよ!」




 あれ? あっさり殴れたな。こいつ、やる気あるのか? うん? どういうこと? アーサーが凄い苦戦してるから、どんなものかと思ったらうん?



「……クソが、ふざけるな。ここまで来たんだぞ? アーサーを殺すために……ここまで来たのに……上手く行っていたのに!!」



 あれ? コイツの動き、アーサー、モードレッドと同じじゃん。しかも完全劣化版だし。星元も全然使わないし。俺からしたら鴨だぜ。



 取りあえず、ボコボコにしておいた。俺は散々アーサーに負けて、モードレッドには半殺しにされてるからな。これくらい大したことじゃない。



 

「こんな所で、諦めるわけにはいかねぇんだよッ、アーサーを殺して俺は英雄になるんだ、クソ野郎がッ」

「アーサーを殺すことが英雄に繋がるか……理解に苦しむ言動だ」



 何を言っているのか、全然分からない。アーサー殺しても英雄にはなれないだろ。


 戦闘を続けて……回し蹴りとかして背中蹴飛ばして空に吹っ飛ばした。そうしたらようやくあっちも本気出して感じがする。



「これで、終わりにしてやるよッ」



 いいな。俺も新しい詠唱を考えてきたからな。



この身は主であるThis body is the Lord主、故に我は主の真理を知るLord, therefore I know the truth of the Lord


我が器を我が身でも測りきることはない I can't measure my vessel myself

誰も追わず、No one chases何者にも至らず、No one自らの道を紡ぐSpin your own way


主の物語The story of the Lord



その一端を刻下に示すOne end is shown below刮目し、魂に刻み込めTake a look and carve it into your soul



「――比類なき主の真理The Truth of the Incomparable Lord



 英語版詠唱ってやってみたかった。ただ、発音がいまいち、これダメだな。もっとスタイリッシュに言えるはずなのに……前世の高校の英語の授業もっと頑張っておけば良かったな。


 イントネーションもあってるか分からないし……全身に星元纏ってぶっ飛ばす。肉とか避けるけどいつもの事だから気にしない。



 あーあ、病室に気絶して運ばれないのか……出血も全然してないし……。今回の敵は……多分アーサーが大分削ったんだろうな。見せ場大分持って行かれてしまったぜ。



 残念。ただ、英語詠唱は発音とイントネーションを今後もっと気を付けると言う発見をしたから良しとするか。



 さて、落ちて来たけど、こいつどうしようか。殺すとかはちょっとな……こいつ悪い奴……だと思うんだけど、なんかアーサーを斬ろうとした時も戸惑ってたような気がするんだよな。



 悪い奴なんだろうけど、嫌な奴ではない気がする。アーサーも色々聞きたいって言うし、このままにしておくか。


  

 座ってこいつが目覚めるのを待っているとアーサーが後ろから抱き着いてきた。胸当たってるんだけど……クール系だからちょっとそう言うのはね……。全然離れない。


 まぁいい、放っておこう。それにしてもこいつ俺を病院送りに出来ない時点で敵としてはまだまだだねって感じなんだけど……。アーサーがやられかけたって事はかなり強かったのか?


 今の俺じゃ、アーサーには絶対勝てない。これは分かりきってる。アーサーマジで強いからな。アーサーが大分削いでくれたって言うのはあると思うけど……相性とかもあるのかね?


 ジャンケンみたいに。グーパーアーサーチョキ謎の男。こういうの嫌いじゃないぜ。


 

 待っていると彼が目覚めた。おっはー。色々話が進むとやっぱりアーサーを殺して英雄になりたいらしい。


 まぁ、アーサー倒したらかなり凄いと思うが……それで英雄にはなれないだろう。英雄ってそんな簡単になれるとも思えないし。憧れから真似とかしても良いと思うけど、それずっとやってても意味はないよ。


 主人公の俺はいずれ英雄になるけどさ、例えなれると分かっていてもコイツみたいなやり方はしないな、だってカッコ悪いもん。それ見て誰が勇気もらうんだよ。焦がれて突き動かされるんだよ。



 美学と誇りがないと。深みもない。



 そのマインドは変えた方がいいよ。俺はそう思うね。この人、若干闇落ち感あるからさっき鳩尾に拳叩き込んだけどそう簡単に治らないか。


 え? アーサー、暗示解けなかったら一緒に旅? アーサーと旅ね……もし、世界がアーサーを拒絶したら、俺が守ってやるしかないよね。



 だって、俺主人公だし。放っておけないよ。アーサー。安心しなさいお前を一人にはしないよ。クール系主人公だからそんな事言わないけどね。やれやれ見たいな感じでね。



 そろそろ帰るか。この男がまた来たら何度でも倒せば良いし。正直、負ける気しない。やっぱり普段からアーサーとか、一時的だけどモードレッドとかと打ち合ってるとこの二人と似た剣技はパッとしない。


 アーサーも何かを感じたのか、コイツは見逃すらしい。俺もそれでいいと思う。こいつは悪い奴じゃない、主人公の俺には分かるんだ。それによく見たらアーサーに顔も若干似てる。


 剣技だけじゃなくて……親戚とかだったりして、分からないからそれでいいや。俺はこいつを捕まえない殺さない。それでいい。


 背中を向けて帰ろうとした時、こいつに聞かれた。



「お前は……どんな道を歩もうとしているんだ……」

「さぁな。俺が行くのは誰かが開拓した王道なのではなく、誰も切り開くことのなかった覇道だ。俺もどんな道かなのかは知らん。ぬかるんだ道だろうと整備されていない道だろうと俺は歩み続ける。それが……俺だ」



 カッコいい。決まってるな。もう三回くらいこのセリフ言いたいくらいだぜ。返ってる途中でメイと遭遇。メイも暗示をはねのけたのはどうしてなのかアーサーが気になってる。


 原作者のご都合主義じゃない? 知らないけど、俺は主人公補正だから効かなかったんだと思う。メイの言う共通点はある意味では近いかもね。



 主人公補正とご都合主義みたいなね。



 さて、王都は元に戻っていた。きっと俺の鳩尾が効いたのだろう。闇落ち気味の奴は主人公の拳で殴れば治るみたいなアナログテレビ式ジンクスあるからね。俺の鳩尾がかなり効果あったな。


 まぁ、元の世界じゃ絶対にやってはいけないけどね。この世界で主人公だからできる。


 鍛錬して、孤児院戻ったらまたアーサーが居た。寂しいね……ボウランと寝ろ。クールな俺に無理に頼まないで……でもまぁ、今回は本当に辛いのかもな。話聞いたら俺とメイ以外全員忘れちゃったらしいし……


 偶には甘えたいのかな……忘れなかった俺と一緒に居たいか。今日だけならいいよ。



 ちょっと我儘だけど、今日だけ。やれやれ、手のかかる妹みたいな感じなのだろうか。こんな妹俺に居るはずないけどな、でも、今日だけ多少の融通聞いてあげよう。


 


――仕方ないからアーサーと一夜を越すことにした。



「キス……とかもいいかな」



ごめん。ファーストキスは大事にする派だから、それは普通に断る。










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