第41話 殺愛兄妹 原史


前回、本来のゲームのお話とフェイが転生した実在世界のお話が混合していて分かりにくいという感想があったので二話形式にしました。まぁ、僕も見返してその通りだなって思いました。これが最適解かは分からないのですが、ウェブ小説は色々なことが出来るのが利点ですので


原史→ゲーム

異史→フェイが転生したゲーム実在世界



また、なにかあれば宜しくお願い致します。




あと、小説家になろうさんに当作品を投稿しています。理由は色々あるのですが、そちらのサイトでも応援よろしくお願いします


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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






『――円卓英雄記』


『――殺愛兄妹 プロローグ』



 白衣のような着衣を身に着けた幼い子供達がテーブルを囲んでいる。テーブルの上にはお皿があって、そこには丸いパンが置いてある。何も言わずにそれを彼らは口に運ぶ。


 しけた味のパンが彼らの口に広がった。そこに美味しい等と言う感情はない。食事をする楽しさ、合間の談笑もない。ただ、生きるために栄養を体に入れるために。作業のようにそれを口に運び続ける。



 それを暫く繰り返すると、唐突に一人の少年が泣き始めた。そんな予兆は一切なかったのに嗚咽をしながら泣き始めた。



 一人の少年が泣き始めると、それに呼応するように他の子どもたちも泣き始める。彼等の腕、足にはズタズタに引き裂かれたような痛々しい傷跡が多数あった。


 泣いても何も変わらない。傷痕が余計にずきずきと痛むような気がして彼らは更に涙を落とす。彼等が居るのは監獄のような岩で作られた地下牢。とある組織の実験体として、村や特殊な国々から連れてこられ、実験体として使われていた。



「……」




 家族に会いたい、元の家に帰りたい、そう思って想起をして泣き連ねる彼らの中に一人だけ泣きもせず、一人でパンを食べ続ける少年が居た。年は二桁になるかならないかくらいの風貌と体の大きさ。


 髪は金色で目はサファイアのように美しい。彼はただ黙っていた。黙って、耐えていた。



「……」

「ねぇ」



 そんな彼のまえに同じ位の年の女の子が座った。首元には紫色の宝石のようなペンダントがある。彼女の目元は腫れていて、泣いていたことがわかる。



「なんだよ」

「なんで、君は泣いていないの……」

「俺は……泣かないって決めているから、妹が、母親が待っているんだ……泣くのは、再開したその時だ」

「……君は強いんだね……私も君みたいに強くなれたら……こんな悲しくないのかな……」

「……」

「名前」

「あ?」

「名前なんて言うの? 私はセンって言うの」

「……俺は……ケイ」

「ケイか……よろしく、ケイ」

「……悪いがなれ合いはしない。俺は妹と母の元に帰ることしか、考えてないからな」



 不遜で悪態をついたようなケイの態度。でも、泣いていた彼女の眼はニコリと優しく変化した。もしかしたら、それは彼女にとって初恋であったのかもしれない。何かが違えば今でも一緒に歩んでいたのかもしれない。


 でも、彼女がこの時、話しかけなければケイが過去に囚われることも無かったのかもしれない。



 センが笑いかけて、いる。




――そこで眼が覚めた。



 ガタガタと揺れる馬車の中、青年は……眼を僅かに擦って視界を安定させる。青年が向かっているのはブリタニア王国と言う国である。眼が覚めて暫くすると、何かを決意したように拳を握った。


 その時、青年は、ケイは先ほどの嘗ての夢を思い出す。



 一つは過去に生きた自身の誓い。でも、既に捨ててしまった自身の誓い。そして、今はそれを捨てて、更には踏みつぶす覚悟を彼は持っていた。



 拳は握り続けられている。だが、彼は少しだけ悲しそうな顔も見せた。覚悟は揺らぐことはないが後悔が僅かにある。


 

 

 ケイの首には、センが持っていた紫色が綺麗である宝石のペンダントが付けられていた。今度はそれを握って後悔を打ち消した。


 それをすると次第に気持ちが落ち着いた。



 紫色の宝石、それが不吉な何かを暗示するように僅かに輝いた。





◆◆




 とある晴れの日。王都ブリタニア、とある三本の木が生えている荒野のような場所でアーサーは剣を振っていた。彼女の表情には感情はない。眼にも輝きはなく、ただ無機質に自身を高めるために剣を振る。



 彼女の気分がすぐれないのは、自身の周りの人達がどんどん死んでいってしまっているからだ。最近は都市ポンドにてベータが死んでしまった。仲睦まじいというわけではなかったが同じく一緒に任務に行っていた自分がその命を救えたのではないかと考えてしまう。



 己の存在は英雄になる為に、ありとあらゆる犠牲の果てに作られたと彼女は考えている。故に犠牲以上の成果を、対価を己の手で作り出さないといけない。



 その誓いを胸にしている。重い誓いに押しつぶされそうになるけれど。それでも彼女はそれを捨てることは出来なかった。


 だから剣を振る。消さない心を誓いで無機質にして、剣を振る。ずっと一人で鍛錬をしていると彼女の耳に足音が聞こえて来た。


 振り返るとそこには同じく同期で、特別部隊で仮入団期間を過ごしたボウランの姿があった。



「ボウラン……どうしたの?」

「いや、なんか、お前元気ないな……その、初めてあった時より、どんどん悪くなってるって言うか……」

「心配、してくれたんだ……ありがと……」

「あまり、無茶するなよ……お前、どんどんおかしくなって」

「――ワタシは最初からおかしいよ。今に始まった事じゃない」

「そんな事いうなよ……」




 達観をしているアーサーを見てボウランが心配そうに再び声をかける。気持ちが沈んでいく二人。



 このままではいけないと思った、ボウランが話題を変えて空気を少しでも明るくしようと声のトーンを上げる。



「そ、そう言えば! もうすぐ! 聖騎士たちの祭典があるよな! 一年間頑張ったアタシ達は踊ったり! ご飯食べたりできるんだって!」

「…‥そっか」

「……、一緒にいくよな?」

「……どうかな」




 ボウランが何度も声をかけるが彼女から返ってくるのは、生気のない声。アーサーはどんどん疲弊をしているのがボウランには分かっていた。しかし、彼女が何を目指してどこに向かおうとしているのは全く分からない。



 自身の無力さに彼女は憤りを感じており、自身が最も嫌う弱者に思えた。



「あ、その」




 それでも友達を気遣おうとしたその時、星元の異常な高まりが付近で起こった事に二人は気付いた。膨れ上がったそれは並大抵の比ではなく、一瞬でアーサーの元へ、弾丸のように打ち込まれた。



 その数は十二、一つ一つに星元が濃縮されている。鉄であったとしても容易に貫通をするだろう。しかし、そんな肥大な攻撃にもかかわらず、アーサーは木剣に光の星元を付与し、全てを一瞬で切り伏せた。



 魔剣、ただの剣に何らかの付与、または何かしらの要因で特別な能力がついたことで通常の剣をはるかにしのぐ力を扱える。しかし、これは簡単に作れるのもではない。


 付与をすると言っても、時間や労力が必要でそれを得て初めて常識離れの力を扱える。


 だが、何事にも例外があり、彼女はただ息をするように木剣に軽く付与するだけで魔剣を超える性能を叩きだした。




(す、すげぇ……格が、違う)




 天才、その言葉がボウランの頭の中に叩き込まれた。入団をした時から差はあったが今現在の差が過去とは比較にならない。これほどまでとは彼女は思いもしていなかった。




 剣の速さ、正確な捌き、星元の流暢な流れ、一瞬で臨戦態勢に移行できる柔軟性。全てが彼女の想定を軽く超えており、口が驚きで開いてしまった。ボウランが驚愕しているが一方でそれをさも当然であると思っているアーサー。



 そして、それを放った男。アーサーが男を睨みながら声を放つ。



 


「誰? 人に向ける威力じゃなかった……」





 彼女に歩み寄るのは一人の青年。アーサーにどこか似ている顔つき、同じ髪色と目の色。隙の無い歩き方でアーサーは只ものではないと感じ取った。


 しかし、同時にどこか懐かしさのような何かも感じた。





「よぉ、アーサー。久しぶりだな」

「……知り合いか?」

「知らない……と思うけど」




 見覚えがあるようで、ないような。不思議な感覚。だけど、剣を構えることを彼女は止めなかった。誰だか分からない、懐かしさもあるけど、きっと眼の前の男は自身を殺そうとしていると分かったからだ。




「突然だが……俺の為に死んでくれ」

「……」

「お、お前、何言ってんだよ! そんなことできるわけないだろ! と言うか人に向かって魔術とは安易に出すな!」

「……悪いなアーサー」

「……ワタシは殺されるわけにはいかない。英雄にならないといけないから」

「…‥俺もだ。英雄に俺はならないといけない。聖剣を抜いて、災厄を倒して……じゃないと俺に価値はない。俺には約束もある」

「……」

「……話しすぎたな、最後にちょっと話したくなったのか……俺が……。いや、もういい。そろそろ再開するか」

「……」

「お、おい! お前、ふざけるなよ! ここで暴れたら他の聖騎士が来るぞ!!」

「あ? 誰だか知らないがすっこんでた方がいいぜ。お前等みたいな雑魚がいくら束になっても関係ねぇからよ」

「……な!?」




 ボウランが言葉を失う、それは相手の不遜な態度ではなく、真っすぐな殺気。しかし、それは自身に一切の興味はなく、向けられてもいない。だというのに身の毛がよだつ。




「行くぜ、アーサー!!!!」

「……」



 二人が交差する。ボウランには全く見えない。何かが自身の前を通り過ぎて、気付いたらアーサーが謎の青年と剣を交えていた。




「……」

「速いな。おいおい、マジかよ……しかも、お前……手抜いてるな?」

「……貴方は誰? ワタシを知っているの?」

「質問に答えろよ。まぁ、別にいいけどよ。知っているぜ」

「……そう。なら、倒して色々聞かせてもらう」




 高速で互いに剣を振っていた。だが、そこからアーサーは数段ギアを上げる。


「ッ!?」



 ケイの顔に動揺が浮かぶ。慌てて対応するがそれでも間に合うだろうか分からない領域の剣捌き。疾風の剣が全く同時に全方位を囲んでいるのではないかと錯覚する。




 身体強化をして、防御に専念し疾風の包囲網から抜ける。



(……これで発展途上って言うんだろ。余力もある……あぁ、そうかよ。俺じゃ、こいつを超えられない)



(こいつが前に居るから俺は英雄にはなれない。なら、殺すしかない)




「諦めて……貴方ではワタシに勝てないから」

「……言ってくれるじゃねぇか。アーサー」

「……本当の事だから」




(……使うか。あのクソ爺のあれを使うのは癪に障るが……)



(この化け物は殺すしかない。ただ、殺すんじゃない。追い込んで殺す必要がある。追い込んで疲弊させて、そして、最後は俺の手で、殺す)




(闇の星元を使うにも、少し時間も居る。アーサーの底は見えないが底が見えない、そして俺が勝てないって事が分かった……)



 青年ケイは片手に石を持ってボウランに投げた。尋常ならない速度であるが、アーサーがすぐさま動いてそれを斬る。その間に両手に光の星元を増幅させて、空に放った。アーサーも使うことが出来る。



「星よ、光よ、降り注げ、人知を超えた人の域。星の怒りを・天井の怒りを・その身で受けよ」



「――星光流星群スターダスト・シャワー




 アーサーが都市ポンドで使用した規模を比べたら明らかに小さい。更には、星の雨はアーサーではなく、ボウランに多大な数向かって行く。



「星は貫かない・星は廻り・その身を回る・星域は宇宙の祖」



「――幾何学円盤シュテルン・シャイブ




 彼女達の周り、半径一メートルを満月のような球体で囲まれる。それによって雨は防がれて、何事もない。


 ボウランはその場にへたり込んでしまった。



「ごめん、アタシ……足手まとい……」

「いいよ。気にしないで」




 自身の無力を感じ取ってボウランは涙が溢れそうだった。アーサーはボウランから眼を前に向ける。そこには、もう、あの青年は、ケイは居なかった。




◆◆



 

 白衣のような服を着ている子供達が椅子に座って、テーブルの上のパンを食べている。幼い日のケイの前にセンが座る。



「ねぇ、ケイには妹がいたの?」

「……そうだな」

「どんな子なの?」

「関係ないだろ」

「教えてよ」

「……可愛い奴」

「へぇ……可愛いんだ」

「……滅茶苦茶小さくて、でも泣き声は凄い大きい。年齢的な事もあるから、一度も名前で呼んでくれなかった」

「そっか。赤ちゃんなんだー。それは可愛いよね」

「……一目見た時、俺が守ってやろうって思ったんだ。守ってやるって約束もした。アーサーはまだ全然俺の事なんて、兄として認識してないから勝手に俺は約束したんだけどな」

「アーサーって言うんだ。原初の英雄と名前同じだね」

「あぁ、母さんが好きらしくて縁起が良いから名前に付けたらしい」

「へぇ……原初の英雄ってエルフって言われてるよね」

「そうだな。俺も、英雄になりたい。だから、俺は憧れて……」

「ん? どうしたの?」


 饒舌になっていたケイの動きが止まった。誰ともつるまない、深い仲にもならないつもりだったのにいらない事を言いすぎてしまったからだ。



「もっと聞かせて。私、凄く気になるよ。ケイの話」

「……」



 ニッコリ笑うセンからケイは眼を逸らす。これ以上、言ったとしても何も得はない。それが分かったから言わないつもりだった。だが、眼を逸らした時、センの腕に多大な傷痕があった事が目に映った。



「……アーサーは手が凄く、柔らかいんだ」

「うんうん、それでそれで?」



 センが話を促すように合いの手をし続けた。それでケイも気分が良くなり、話が弾んだ。彼も誰かとの会話を求めていたのかもしれない。



 暫く話し込んで、ひと段落付いた。



「楽しかったよ。ここってよく分からないし、怖いし……新鮮だった」

「そうか……」

「うん、凄く楽しかった……。ここ……本当に怖いし」

「そうかよ」

「ねぇ、ケイはここって何だと思う?」

「さぁ、毎日、訳分らない液体飲まされたり、入れられたりしているヤバい場所。まともな奴らが作ったわけじゃないだろうな」

「何がしたいのかな……あの人たち……」

「……俺達に分かる訳ないだろ」

「どんどん、色んな子がいなくなるし……そしたら、追加みたいに子供が増えて……」

「……」

「皆、どうなるのかな……?」

「……」

「私、死んじゃうのかな……?」

「……」



 センが怖くなって笑顔から泣き顔に変わる。それがケイには妹のアーサーが泣いている姿に重なった。



『おぎゃあおぎゃあ!!』

『どうした? アーサー』

『うえぇえええん!!!』

『安心しろ、何かあってもお兄ちゃんが助けてやるからな』




「安心しろ、俺が助けてやる。絶対、お前は死なせない」

「……私も守ってくれるの?」

「あぁ、俺が守ってやる。絶対だ」




◆◆





 ケイはアーサーとの激闘を終え、格の差を思い知り一時的に離脱した。ブリタニア王国から外に出て誰にも見られない場所に座り込む。岩の陰に隠れるように彼は何度も辺りを見渡す、



 その後、彼は覚悟を決めて、懐から泥のような禍々しい液体のような物が入っている注射器を取り出して、それを自身の腕に刺した。



 血管の中にその泥を、闇の星元を生み出す泥を入れた。



「がぁあ! あ、が、がげあ!!!」



 体の中で光と闇が反発する。相反する力が体に大きく負担をかける。激痛が体中を走って、細胞一つ一つに響く。しかし、舌を噛むように彼は耐えた。



「や、く、そく、なんだ……セン、おまえと、おま、えにちかった、えいゆ、うになるって!!!! おれが、せかいを、すくって! 英雄に!!」




 彼には心の底に大事な誓いがある。何よりも大事な誓い。約束とも言える。それを手綱に痛みを耐えて、一時的に闇の星元を抑え込んだ。相反する力、光と闇を彼は持った。



 大量の汗が噴き出るように全身から出ていた。だが、気付いたらそれは止まった。風が吹いて乾いていくのが心地よいとも彼は感じた


 そして、一言だけ呟いた。



「……行くか」




 彼の眼は碧眼。だが、片方の眼だけは赤い色だった。真っ赤で何処か禍々しく、矛盾しているように綺麗に輝いてもいた。それは嘗てはセンのモノであった眼。


 最高ランクの魔眼。それが光と闇の相反する力で更なる力を手に入れた。しかし、アーサーも最高ランクの魔眼を保持している。


 

 本人には暗示をかけられないだろう。だが、彼の魔眼はアーサーより現時点では『僅か』だけであるが上であり、それ以上の力を保有しているのも事実だ。



 彼にはそれが分かった。ケイは再び、ブリタニアに向かって空に向かって、眼を見開いた。



 空には彼の眼に呼応するような大きい眼が写し出される。



「このまま戦っても勝てる保証はないからな、その前にアーサー。お前の心を潰すぜ」



 

 空に大きい眼玉。最高峰を一時的に超えた力を持つ暗示が国中に降り注いだ。


 暗示は一つだけ、特に認識も変えない。アーサーと言う犯罪者を殺せ。アーサーの認識を一気に変えた。





◆◆



「ごめんな、アーサー」

「気にしないで、それより本部に連絡いこう」

「うん、わかった」




 アーサーとボウランが一緒に騎士団本部に向かっていた。先ほどの謎の男との戦闘、それを報告するためだ。既にケイの星元が異常に検知されているので王都中は大騒ぎだ。



「皆、心配してるな」

「そうだね……」

「さっきの奴、気にしてるのか?」

「うん、知らないけど……何となく、懐かしいような……」

「あんな危険そうなやつに知り合い居るのかよ……でも、お前を知ってる感じだったよな」

「うん……」

「……え?」



 一緒に歩ていたはずのボウランの足が止まった。


「どうしたの?」

「……あ、あれ?」



 ボウランが空を見ているのに気付いてアーサーも空を見た。そこには大きな目が合った。



「ッ……魔眼ッ、なの?」




 アーサーが眼を見開く。あんなに巨大な魔眼は彼女は見たことが無かった。自身の魔眼で抵抗は出来る。



 冷静な思考を保って居られるがそれは直ぐに崩壊する。彼女の周りに剣、石、木の棒を持った、老若男女問わない人々がいたからだ。




 彼女の元に一つの石が投げられた。それは子供が投げた石だった。



「人殺し」

「出て行け」

「犯罪者」

「捕まえろ」




 そこから暴言が吐き捨てられた。



「え……」



 乾いた声が彼女から出た。誰も彼も知っている顔だ。ご飯を勝った事がある人が良い店主、パンを買った事がある店のおばさん、一緒に遊んだことのある子ども。



「あ、暗示に、皆……と、解かないと!」

「捕まえろ!!」

「子供たちは逃げて」

「人殺しだ」



(――と、解けない!? ワタシの魔眼より、少しだけ上なんだ。最高ランクの魔眼より上って…… 私自身は抵抗できるけど、他の人は解くことが……できない)




 人から非難の眼が向けられる。大切な人、心を僅かに許してた人、全部が敵になった。



「ぼ、ボウラン……」

「近寄るなよ……人殺し」

「ッ……」




「殺せ殺せ、そいつを殺せ」

「殺して殺して! 誰かそいつを殺して! 子供たちに被害が出る前に!!」

「でて行け! パパとママに手出したらゆるさないぞ!」





「「「「「消えろ消えろ」」」」」





心が壊れそうだった。彼女は心の芯はとても脆い。弱くて弱くて。それを自身でも分かっていた。



こうなってしまった時、彼女はどうしようもなく弱者。ただの少女に戻ってしまった。




人から逃げた、嘗て背中を預けていた者も居た、でも、逃げた。あそこに居たら自分が壊される、体は簡単に危機から避けられるが、心が壊される。



逃げた、誰かが自分を分かって、慰めて、一人にしないでくれる人を探した。この国から逃げた方が速かった。でも、彼女は逃げられなかった。


この国で辛い事もあったけど、心を許し尽くしていた。これが悪い夢だと冷めて欲しい。この夢から覚める方法を彼女は探したかった。



だが、何処へ行っても彼女は悪役で非情な存在に変わっていた。投げられる非難の眼と罵倒に心が壊れていく。



瞳から涙が溢れていく。




走って走って……誰かを探した。




そして



「トゥルー……」

「……君は」




アーサーはトゥルーを見つけた。彼の隣には幼馴染であり、一緒に孤児院で暮らしているレイが居た。



「わ、ワタシね」

「トゥルー! こいつ人殺しよ!! 速く、逃げないと!!」

「ち、違う! 信じて!」

「……レイ、僕の後ろに……必ず守るから」

「……なんで」





 トゥルーからの眼は冷めていた。そこへ、ボウランも剣を抜いて、彼女に向ける。



「おい、人殺し! 速くお縄に付け!」

「ぼ、ボウラン、ワタシだよ! トゥルーも気付いてよ! ワタシ達、三人で仮入団の時も頑張ってたんだよ!」

「何言ってんだよ! トゥルーはアタシと二人で仮入団期間を過ごしたんだ!」

「まともに答えない方がいいよ、ボウランさん。混乱させようとしているのかもしれない」

「速くそいつを二人で倒しちゃってよ! 私、怖いわ!! マリアだって! 最近いなくなったのに! これ以上誰も消えて欲しくない!」

「レイ、安心してくれ。これ以上、誰も失わせないから」




「――……なんで、なんで、なんで……気付いてくれないの? どうしてワタシは、いつも一人になるの? ねぇ、誰か、助けて」






 彼女はその後も、希望に縋って国中を走り続けた。でも、夕日が出始めても誰も分かってくれなかった。だから、国を出るしか道はなかった。




 人が消えた荒野。再びケイが彼女の前に現れた。



「よう、アーサー」

「……なんで、こんなひどい事、するの? なんで? ねぇ、なんで?」

「応える義理はない……いや、あるか……そうだな。簡単に言えばお前が邪魔だからさ。知らないかもしれないが、エルフの国にある聖剣。あれは原初の英雄に最も近い者が引き抜ける」

「……」

「近い。この意味がどうなのか。それは一つ。お前も俺も原初の英雄の細胞を植え付けられている。それによって変貌する肉体がどれほどまでに原点に近いのかだ。星元の性質なども加味されるらしいけどな」



 淡々と話される内容が彼女には理解できる用で出来なかった。それほどまでに体も心も疲弊していた。



「俺が抜きたかったんだが……どうにも無理らしい。自信はあったんだ、誰も彼もがあのクソみたいな施設で幼いうちから死んでいくのに。俺は誰よりも長く生き残った、何度も血反吐を吐いて細胞の痛みに耐えたのに……俺より上がいた」

「……それがワタシ」

「正確に言えば、お前達だ。だったら殺すしかない。俺が聖剣を掴んで振るうにはお前たちを殺すしかない。でも、お前は強い。そう簡単には倒せない。魔眼もあるしな」

「……」

「だから、精神的に追い詰めてやろうと思ったのさ。あの国、全ての人から拒絶されたらお前はきっと弱る。精神状態が星元操作には影響することもある。今のお前は赤子の手をひねるより簡単に殺せるぜ」

「……そんなことで……こんなことしたんだ」

「あぁ、恨んでくれていいぜ。何をしても俺はお前を殺す」

「……そっか」




 アーサーは剣を握るのをためらった。もし、このまま剣を握ったとしても、頑張ったとしてもまた一人になる。生きていても悲しいだけだ。どれだけあがいても自分に降りかかる災難。



 英雄になるという責任感も何だか疲れすぎて、どうでもよくなってきた。何もかもどうでもいい。



「どうした? 剣を握らないのか? 最後の戦いを始めようぜ」

「……」

「……そうか。俺に簡単に殺されてくれるのか。まぁ、それが一番楽で良いけどな」




 アーサーの眼は虚空でもう、息をするだけの綺麗な死んでいる人形のようであった。ゆっくりとケイが彼女の元に近寄る。



 剣を上から振り下ろそうとする。



もう、何も感じない。このまま終わった方が◀

……まだ、誓いがある。ワタシには……




 ぐしゃりと血吹きがまった。真っ赤な血がアーサーを染める。呼吸が過呼吸になって行く。しかし、生存本能も何もない。




「……悪いな。アーサー」




「俺には……こうするしかないんだ」




 アーサーは応えない。もう、何もかも記憶から消えていくよに、真っ白に視界が埋まって行き。眼を開けた状態で彼女は死んだ。




『――人形END』




◆◆


もういい、疲れた。何もか捨てて、死のう

……まだ、誓いがある。ワタシには……◀





「まだ、ワタシは死ねない。ワタシにも大事な約束があるッ」





 彼女は剣を握った。ケイの剣を受け止め、星元を体中に満ち渡らせる。涙が再び溢れていく。



 生きることの重み、これから起こる事への恐怖。



 それが溢れている。




「そうか、互いに譲れねぇな。お前を殺すぜアーサー」

「……貴方を殺す」




 アーサーは王都を逃げ回って、星元を多大に消費した。精神的にも疲弊している。だけど、最後の最後に彼女は覚悟を決めた。




「あぁぁっぁあああああああああああああああああああああ!!」



 咆哮をして彼女は彼に向かう。満身創痍であるがそれでも向かった。剣と剣が何度も交差する。


 次第にアーサーが追い込まれていく。闇と光、そして環境、元々のダメージなどのアドバンテージが大きすぎた。



 彼女は隙を見せてしまい腹に蹴りを喰らった。



「あぐッ」




 口から血を出して、腕で抑えてうずくまる。痛い、痛い、痛くてたまらない。涙が溢れていく、子供のように、赤子のように只管にうめき声を上げる。



「ううぅぅ、なんで、なんで、あうぁあッ」

「ッ!!」



 でも、彼女は再度、立ち上がって剣を振る。覚悟を持って。反対にケイはアーサーが泣いていた声、表情を見て、あることが頭を駆け巡った。



『おぎゃあおぎゃあ!!』

『どうした? アーサー』

『うえぇえええん!!!』




 泣いている幼いアーサー。言葉も知らない。自身の事を兄だと分かっても居ない。だから、あの時言ったことはもう意味もなければ、そもそも口約束でもあった。



『――安心しろ、何かあってもお兄ちゃんが助けてやるからな』




 鮮血が舞った。ケイが切られた。アーサーが切った。



「え?」



 アーサーが声を上げる。まさか、斬れるとは思っても居なかった。先ほどまであれ程の強さを持っていたのに。



「……なんで」

「ま、じか……そうか、俺は、中途半端か」



 ケイは倒れ空を見上げる。空には青空が広がっている。



「光と闇、両方を持って……結局どっちつかず……闇の星元には再生の力もあるって言われてたのに……光が反発してそれも出来ないのか……」




「どちらの誓いも、捨てられず……どちらも守れず……中途半端……ダサすぎだろ……俺」

「……なんで、なんで、躊躇ったの? どうして……」




 血に染まって倒れているケイをアーサーは見下ろす。その彼女の眼を見て、その後、直ぐに逸らし空を見る。




「ただ、中途半端なだけだった……俺がな……」

「……貴方な何なの? 誰なの? 何も分からない!」

「……なんでもねぇよ。それより、お前は国に帰れ……暗示は解いてやるから」

「どうして! どうして! 解かなければワタシは一生悪人になるのに! 殺される貴方がワタシを助けるの!」

「……中途半端だから……最後にもう一つくらい中途半端をしたくなっただけだ」




 ケイは空を見上げる。アーサーを一切見ない。その眼が徐々に虚ろになってもう、声も一切出なくなった。




 アーサーは彼を土に還し、ブリタニアに向かって歩き始めた。帰ったら何事もないように人々は居て、いつものような日常が待っていた。



 それが彼女には嬉しかった。涙を流した。その理由をきっとも誰も理解はしてくれないのだろう。




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