第四章 微少外伝編
第27話 アイツに出来る事
誰かが刀を振っている。たった一人で誰にも言わず、孤高を貫き剣を振る。一回一回刀を振るうたびに彼は強くなる。
空気を斬る音がそこにはあった。その音だけが彼の耳に入る。恐ろしい程の集中力であった。彼を見る者がそこに居たとしても彼は気付かない。なぜなら、完全に自己意識の世界に彼は居るから。
誰も見えない、誰も気付かない、誰も意識しない、誰も巻き込まない、一人だけの世界で彼は剣を振る。どこまでもどこまでも強くなるために。
その姿に修羅を連想する者、復讐鬼に重ねる者、異端な化け物と見えてしまう者様々な姿に見る者によって姿を変える。
だが、彼の本質を理解する者はきっと、誰一人存在しない。
休息を忘れ、時間を忘れ、あるのはただの憧れだけで、ただ刀を振る。魂を震わせて、込めて、追い込んで高みへと登ろうとする。
肩で息をする、微かな休息を取るとまた刀を振るう。そして、彼は追い込み続けて、自分自身では追い込んでいる事すら認識せず、体力の限界を容易く超える。
超えて、あがいて、そして……訓練と言う範疇を超えてしまった彼の素振りは自身の身体の生存本能によって気絶を迎えた。
誰かが彼を見ていた。触れることはせず、気絶する彼を見て、魂を震わせた。
◆◆
とある日、冬による寒波が強い日、フェイが王都を歩いていた。彼は訓練に向かうためにいつもの三本の木の場所へと向かっていたのだ。ユルルとの朝練をこなした後も彼は自分を追い込む。
フェイが歩いていると、前からメイド姿のメイが現れる。フェイは特に興味もなく、メイが居るという事に気付くが無視をして彼女の横を通り過ぎる。すると、ひょっこりメイがフェイの前に現れる。
邪魔だとフェイが眼で訴えるが彼女は何のそので挨拶をする。
「こんにちは、フェイ様」
「……どけ」
「せっかちなのですね。少しくらいお話をしてもよろしいのでは?」
「俺には他にやることがある。お前とのなれ合いの時間は無駄だ」
「……そうですか。しかし、お嬢様が仰っていました。フェイ様は大変お優しい方であると、きっとメイの話を無視してどこかに行かれてしまう等と言う事は無いのでしょう」
「……アイツがどういったのかは知らんが。俺には優先することがある」
「その刀ですね? 新しい武具、ユルルお嬢様が仰っていました。かなりの名刀であると、少しだけ見せていただけませんか?」
「……っち、手早く済ませろ」
「はい」
そう言ってメイに新しい武器である刀を手渡すフェイ。丁度手渡したところで二人きりの空間に這い寄る哺乳類が現れる。
「フェイー、こんにちは」
「……」
「無視? そういう反抗期みたいなところ、可愛いと思う」
「……」
「えと……貴方は……」
「アーサー様、こんにちは。ユルルお嬢様のメイドであるメイです」
「そう……それフェイの新しい武器?」
「はい、フェイ様が見せてくれると言ってくれましたので」
「ふーん……フェイ、私も見たい」
「断る。これ以上の時間のロスは許容できん」
「むぅ……メイは良くて、私はダメってどういうこと?」
頬を膨らませて不機嫌をアピールするアーサー。周りではアーサーとメイに注目が集まっている。
メイはとびきりの美人。赤い綺麗な艶のある髪、眼も二重でクリっとしている黄色で美しい。スタイルも良い、可愛いというより美人であるという印象が強く、どこか冷めているような顔立ちが余計にその雰囲気を出させる。
男たちが一度は食事を共にしたいと思ってしまう。想いを向けられたいと願ってしまうような女性だ。
アーサーも表情はどこか冷めている。だが、膨れっ面になった時の可愛さが犯罪クラス。スタイルも眼が向かってしまう程、ちょっとだけ子供っぽいが色気がないわけじゃない。子供と大人の丁度間の存在であり、どちらにも成れる柔軟性。
紛れもなく、美人、圧倒的美女。
そんな美女二人に囲まれるあの男が羨ましく妬ましいと思うのは当然であり、興味が湧くのは必然であった。
周りの男性からの目線がレーザーポインターのように刺さる。普通の男性であったのならデレデレになり鼻の下が伸びても可笑しくはない。
だが、フェイは違う。
二人は美人だなと思ってはいる。しかし、彼にとって何よりも重要なのは今は修行であった。そして彼は自身にとってヒロインだと認識しないと特に女性としての意識をしない。
フェイが今現在意識をしているのはマリア&リリアだけであった。孤児院ではかなり接する機会が多く、女性陣の中では一番だ。人間は同じ物を何度も見ると愛着が湧いたり、綺麗に見えたりする。
ヒロイン疑惑のあるマリア&リリアはフェイにとってはヒロインではないかと検討を続けるほどの存在であった。
しかし……アーサーとメイ。この二人には特に何の意識もない。フェイは韻を踏む行為に反応をするので、メイが名刀と言った時にちょっと面白いなと感じた程度。そして、アーサーは剣の腕は認めているし、勝てない存在としてライバル視をしている。
だが、ヒロインとして二人を見た時、メイとアーサーのビジュアルは彼の中では……
『いらすとや』程度に落ちる。
周りからは如何に美女に見えても、最高峰の女性に見えてもフェイも美人と分かっているがヒロインとしては『いらすとや』になっていた。
だから特に靡かない。
「見せてよ。フェイ」
「断る、時間は有限、使い方は無限だ。貴様に見せるよりも早く刀を振るう方が大事だ」
「むぅ……反抗期なのは分かるけど、偶には素直はフェイが見たい。でも、今の言葉は良いと思った。頭ナデナデしてあげよっか?」
「……」
アーサーの会話に対して、沈黙を貫くフェイ。これ以上何かを話すという事は無いと告げていた。アーサーは頭を撫でようとするが、フェイはそれを交わす、手を払いのけたりしながら不快そうに顔を歪める。それを見ながらメイはあることを思う。
(あぁ……これは……ロマンス小説系主人公であるメイによる確執! よくあるんですよね……元から仲の良い女の子が、ぽっとでのロマンス小説系の主人公によってツンツン男性を取られてしまうと言う展開は)
真面目でクールな表情をしながら、頭の中では素っ頓狂な事を考えているメイ。彼女にはアーサーが幼馴染でロマンス小説系主人公の男性ヒロインを昔から好きだが、報われない悲しいキャラに見えていた。
(お労しや、アーサー様……メイの魅力でフェイ様との関係に傷が……メイって罪な女……なんちって! くふふ、一回素で思ってみたかったんだ! フェイ様と一緒に居るとやっぱりロマンス小説系主人公であると再認識できる!!)
(しかし、アーサー様本当に不憫……メイって……罪な女、くふふ)
「……何か、そこのメイド、ワタシの事馬鹿にしてる気がする」
「そのような事は一切ございません」
「内心では馬鹿にしてない?」
「まさか、敬意を払っております」
(だって、メイはアーサー様みたいなキャラが大好きだから、敬意は払っている!!
これは本当)
メイはある程度、刀を見るとフェイに返す。返却をされるとフェイはもういいなと眼で訴えながら二人から離れていく。
「ねぇ、メイドは何してたの?」
「メイは夕飯の買い出しをしておりました」
「そう……」
「アーサー様、それでは失礼しますね」
そう言って互いに反対方向に足を向ける。
(あの人、絶対ワタシの事馬鹿にしていた。素で許さない)
(やっぱり、ロマンス小説系主人公は一々イベントに遭遇するんだなぁ、女のドロドロとした戦いに足を踏み入れるかもしれないメイ。素で楽しみ!! は! そのような考えではいけない! メイはメイド、お嬢様を第一に考えて、奉仕をするという心情を忘れてはならないという設定を貫きながらも……設定ではない! 実際の信条を忘れないように……)
女の戦いのような何かの前哨戦のような嵐の静けさのある出会いであった。
◆◆
王都ブリタニア、円卓の騎士団が保有する訓練場の一つ。荒れた土地で草木がない冷えた荒野のような場所。木すら一本もない。
ただ、訓練をするだけ余計な事をしない、する必要性を与えない為の場所。そこには三人の少年が居た。トゥルー、そしてグレンとフブキ。以前一悶着会ってからは食事を共にしたり、一緒に訓練をしたりしている。
グレンとトゥルーが剣を交わらせている。互いの木剣がぶつかり合う度、心地の良い気の音が鳴る。
グレンが火の魔術を展開しながら地を蹴る。トゥルーの右足と左肩、右膝の当たりを狙った火炎の玉、それを盾にしながら同時に攻撃の手数を増やす。
火炎の後から追尾をする形のグレン。彼の冷ややかで冷静な攻め。トゥルーは一息ついた。星元操作、身体能力強化、剣の腕だけで対抗をしよとする。
「――遅い」
その発言は普段の彼なら口に出すことのない冷徹な言葉。全てをただ剣で切って、そして、追尾に懐に入ってきたグレンの剣と打ち合う。一瞬で火の魔術を無効にし、純粋な剣の打ち合いとなった事にグレンは眼を見開いた。
接近戦でのトゥルーに勝てるはずはないと分かっている。だから、即座に再び魔術をと考えるが既に剣は空を舞う。
「オレの負けみたいだな……」
「うん」
「ったく、お前ドンドン強くなるよな」
戦闘中は性格ががらりと変わってクールになるグレンだがそれが終わると一気に明るい太陽のような笑みを溢す。
「トゥルー、貴方は戦闘中グレンのように性格が変わっているように見えましたが?」
フブキが戦闘中の違和感をトゥルーに問いただす。それを言われるとトゥルーは何とも言えない神妙な趣になる。
「あれは……アイツの真似をしただけだよ」
「あいつ? フェイだっけ?」
「うん」
「理解できませんね。確かにフェイは強く、驚異的な人物であると僕たちも身をもって知っています。しかし、貴方は基本属性全てに適性があり、剣術、星元操作共に彼を上回っていると思いますが? わざわざ真似をする必要は」
「違うんだよ。フブキ」
「何がですか?」
「アイツの凄い所はそこじゃない。魂が凄いんだ……精神が肉体を凌駕している」
「……なるほど。だとしてもそこには限界がある。崇高な動機、気高い魂が勝負の勝敗を分けるのかと言うのであれば、誰も死んでいないと思います」
フブキの言う事は最もであった。精神や魂が勝敗を分けることがない。圧倒的な力、暴力の差がそんなものでは埋まるはずはない。トゥルーも理解をしていた。だが、トゥルーは誰よりも注意深くフェイを見ていた男は、正解と言えるフブキの答えに異を唱える。
「確かに、僕の方が強い。僕が1000としてアイツが100、確かに僕が勝つ。でもアイツは必ず、100が限界なのに101を叩きだす。次は101になった限界から102を精神で引き出す……負けても折れないし、壊せない、引き下がらない。僕の理解を超えている異次元の存在なんだ」
「執念と覚悟、超越された精神で……アイツは引き寄せるんだ。糸のよりも細い、輝ける運命を。アイツは……」
「僕はこの間、ある剣士と戦ったんだ。動けなかった。でも、アイツを真似た時、少しだけ体が動いたんだ。無様に這いつくばったけど、動けたんだ。今まで怖いと思ったら足がすくんで、実力が十分の一も出せない事もあった。でも、あの瞬間だけは、いつもの僕を超えられたんだ……」
「だから、あまり好まないアイツの真似を、偶にしているんだ」
トゥルーの告白にフブキとグレンは目を丸くする。正直何を言っているのか理解が出来なかった。単純にトゥルーの評価が壮大過ぎるという事。フェイがトゥルーにとって嫌いな存在であるという事は知っている、それなのに、誰よりも褒めているように感じたからだ。
「僕のできることは、世界の誰かが出来る事。手札が多いだけなんだ。だけど、アイツのできる事はアイツにしかできない。誰も真似を出来ることじゃない。しようとするようなものでもないんだ。でも、僕は、僕の魂に誓って……理想を叶えたい。その為には……アイツにしか出来ない事を僕も出来るように……」
トゥルーは遠くを見た、遥か先を行く黒髪の男の幻想を影を。それを聞いてグレンとフブキは益々分からないという表情。
二人の大丈夫かと言う視線を気にもせず、トゥルーはフェイの影の幻想を見続けるだけだった。
◆◆
最近、刀を手に入れた。新武器だ。新武器だ!
わーい! わーい!
やったぜ! しかも、この刀、スコッパー的な考えで買ったのに滅茶苦茶良い感じがする。手になじむというか、やはり刀は良いなぁ。
ユルル師匠もかなりの名刀だと言っていた。へぇ、名刀なんだ? 俺の新しい武器としてふさわしい。
名前どうしようかな。鍛冶師の人からは無言で貰ったから名前とか知らないし、俺が付けて良いよね?
村正、草薙、十束、曙、色々あるけどな……敢えて名前を無しにするというのもありかもしれない。名無しの名刀、みたいな?
いいねぇ。
ただ、刀は折れやすい。単純な話だ、鉄の針を手の平に刺すと血がでる。しかし、鉄でも太い棒は刺しても血が出ない。面積が小さい程、力が一点に集まるほどに力は強くなる。だが、どちらが丈夫かと言えば後者になる。力の入れ方、一歩ミスをすればこの刀は折れてしまうだろう、多分……かなりガチの考察をしたがあっているか分からない。
まぁ、主人公だからなんとかなるさ!
これは、今までのバスターソードも常備しつつ刀は切り札として使う方がいいだろうな。
刀が折れたらちょっと申し訳ないしさ。
よし、先ずは手に刀を慣らすために素振りだな!!
どれくらい素振りをしようかな? 沢山やらないと、慣れないと思うし、えっと一回の素振りを大体二秒だとして……
一日が二十四時間、千四百四十分、つまり一日は八万六千四百秒と言う事になる。えっと、八万六千四百を二で割ると……
嘘だろ? 一日、たったの四万三千二百回しかできないって事?
少ないなぁ……ここに睡眠の時間とか食事の時間とかアーサーに絡まれる時間とか入ってるんでしょ?
これは少ない。時間は有限、使い方は無限は基本。
これは必死に振るしかないな。手に馴染み様に魂を込めて振るしかないな。クソ、次のイベントまでに使いこなせないといけないのに!!
時間がない。早く刀を振って馴染ませないと!!! 次のイベントで大活躍をするんだ! 新武器に活躍をさせるんだ!! 何としても!!
主人公が新しい武器を手にしたら、活躍するのは基本!!!
だが、一日に最高でも四万三千二百回しか素振りが出来ないなんて……
一億年ボタンとか誰か持ってないかな?
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