幕間1 姉を名乗る不審者

 フェイはベッドの上で瞳を閉じていた。ポイントタウン領主の嘗ての屋敷の一角の医療室。彼の隣にはユルルが座りながら心配そうに顔を見ている。フェイはあれ程の血を流したのに顔色は悪くない。ユルルがフェイに血を与えたからだ。


 フェイの顔をユルルは何度も撫でた。助かった事への安堵が強かった。何度も何度も触れてフェイを感じる。



 優しく、無理に起こさないように眠りが浅くならないように。優しく撫で続ける。一体どれほどの時間が経っただろうか。フェイが眼を開ける。



「知らない天井か……」

「あ、フェイ君、よかった」



 フェイとユルルの目線が合う。彼女はフェイの首に手を回して自身に抱き寄せる。彼の顔が彼女の胸に埋もれる。



「もう、心配をかけて……ばか」

「……」

「あ、ご、ごめんなさい! 変なことして!」



 彼女は思わず抱きしめてしまった事に恥ずかしさを覚えた。あまりに無意識に彼を求めていた自分。只管に彼を求めてしまった自分。それに同時に驚愕をする。



「いや、俺も手間をかけたな……」

「い、いえ、お気になさらず……えっと、色々あの後の事をお話ししますね」



 ユルルは切り替えて、聖騎士としてあの後の状況を話した。あの迷宮のような場所は大爆発を起こして跡形もなくなくなってしまった。ジョニー・ポイントタウンはあのモードレッドと言う剣士によって殺されてしまった事。


 今回の一件はモードレッドの単独犯として表向きは処理をすると言う事。だが、あの事件には何らかの裏がある可能性がある為、あの迷宮のような場所で見たことは隠すこと。


「そう言う感じです……フェイ君はどう思いますか? 今回の事……」

「ジョニーと言う男は元からきな臭い感じはしていた……真相は分からんが奴が今回のただの被害者であると言う事は無いだろう」

「私もそう思います。メイちゃんやジョニーさんの奥様もどこか影を感じていたと先ほど話していましたし……」

「これ以上、考えても意味はない。現時点では分からないことだ」

「そうですね……あんな場所、私ももう考えたくないです」



 子供の腐った死体そこに蛆虫が湧いていた。それを思い出して背筋が凍るような思いをしてしまう。


 あれは何であったのか。ジョニー・ポイントタウンは何者であったのか。それはもう誰にも分からない。ただ、モードレッドと言う剣士が全てを破壊をしたと言う事だけが明るみになった。


 もし、ジョニーがしていたことが全て明るみになっていたら、その妻や子供たちはユルルのようになっていたかもしれない。



「あ、フェイ君、体調は大丈夫ですか? 具合が悪かったりは?」

「いつもなら、気絶をした後はもう少し気だるい感じがするが……どうやら今回は大丈夫のようだ」

「そうですか……それは良かったです」

「お前、まさか俺に血を……」

「え!? あ……そ、そうです、良く分かりましたね……」

「その隠している左手が妙に気になった……手間をかけたな」

「いえ、私は師匠ですから! これくらいは……フェイ君が無事なら私は、何でもいいです」




ユルルは照れながらフェイの手を握る。何だか無性にフェイを体が求めてしまう。温もりを味わいたいと彼女は思ってしまう。



「あの、さっき、わたしのこと……ユルルって……呼んでくれましたよね……?」

「……」

「おい、とか、お前とか、熟年夫婦みたいに聞こえてしまうから、そ、それでもまぁ、良いですけど……これからはユルルって名前で呼んでもらえると嬉しいなって……」

「そうか」



淡泊なフェイの返事。了承をしたわけではないがそれが頭の片隅にでも残ってくれていてくれればなと彼女は思う。


どこか甘酸っぱい気持ちが彼女に湧いてくる。恋、もっとフェイを求めて、触れたくて仕方がない。



死ぬ寸前だった、置いて行かれると思った、また一人になると思った。安心感、歓喜、安堵、極限まで高まってしまった感情。もう、彼が自分の側に居てくれるだけで嬉しくて仕方がない。



また、いけないのに手を伸ばす。フェイを抱き寄せる。顔を自身の胸にうずめて顔を腕で上がらない様に固定をする。匂いも髪も僅かに感じるゴツゴツとした体の感触も全部を味わう。



「……」



フェイが無言で抵抗をしようとする。彼はあまりそう言った接触を好まない事をユルルも理解している。



「ダメですよ、心配をかけたフェイ君は、私に抱かれててください」



 耳元でそう囁く彼女の姿は師匠としての顔ではなく、一人の男を愛する女の顔であった。フェイも寂しくも、歓喜のように聞こえる小さい彼女の声に抵抗をしなくなる。


 その後、暫くこのままで流石に自分を抑えられなくなっていたユルルは悶絶死は確定事項であった。



■◆



 一方その頃、サジントがその様子を見ていた。ユルルとフェイの甘酸っぱいイベントシーンを。



(がががががあがああー、クソ、う”ら”や”ま”じ”い”!!!!)


 

 フェイの顔がユルルの胸に埋められている。それをされながら耳をさわさわされたりしながら、可愛いとか、心配をかけて悪い弟子ですね、とか囁かれている。



(何だよ!!! めっちゃ羨ましい!! がlがgぁgぁwgwがぐぇがgw!!!!)



(――がぐぇぐぁえがげあぐぁgwがわ!!!)




――嫉妬のし過ぎで内心の言葉も上手く出せないサジントさん。


アーサー監視の過労、時折、もしかしてロリコンみたいな視線をアーサーから向けられ、胃が死にそうなサジント。


もう、彼にとってユルルのような母性のある、年上童顔系クソ可愛いエロロリ巨乳に甘々に甘やかされるのは夢であった。



(アイツ!!! 自分で怪我して心配かけて、自分でフォローするってマッチポンプじゃん!!)


(自分で落として自分で上げて、最低な男が良くやる手段ジャン!!)



(がげわgjうぇぎあじゃいげw)



(落ち着け、俺。俺は三等級の優秀な聖騎士、大丈夫、俺にだっていい人は見つかる。大丈夫、大丈夫、大丈夫)


(大丈夫、今モテてもいずれどうなるかなんて分からないんだ。アイツだって今が旬なだけだ。いつか冷めるさ)


――残念、フェイは年がら年中、自分でこれからも怪我をして、自分で好感度を上げるマッチポンプ系主人公なので一年中、旬である。


要は暑さと寒さに強くいつでも美味しく食べられる小松菜のような男である。



フェイを見て血涙を流していたサジント、そんな彼の横を小松菜が好物なジャイアントパンダが通り過ぎる。


「あ、フェイ、起きたんだ。良かった」

「あ、え、ど、どうも、アーサーさん……」

「フェイ、ユルル先生に甘えてるの?」

「いえ、私がこうしていたいというか……フェイ君はあまりこういうのは好まないと思うのですが、無理やりに私が」

「そう……フェイ、私にも甘えて良いんだよ?」



アーサーが唐突にフェイに向かって姉面を始めた。彼女面の後は姉面だが、それを見ていたサジントは思う。


(アーサーは別に羨ましくならないのが不思議だな)



サジントはアーサーを見ながらそう思う。未だに逃さないと言わんばかりにユルルに抱擁をされているフェイが羨ましくてたまらない。



「ねぇ、そろそろフェイを離して……今度はワタシが甘やかす番」

「えぇ、今日だけは、私が……」

「フェイはワタシみたいなお姉ちゃんに甘えたいと思う」



(姉面が鼻につくなぁ)



 サジントはそう思う。なんやかんやでフェイはアーサーに抱擁されることは無かった。




■◆



「奥様」

「メイ……あれは」

「お気を確かに。もう、何も残っていません。ジョニー様が一体何をしていたのか、メイ達には分かりません。メイ達は勘付いていたかもしれませんが、もう、しょうがないと割り切るのが賢明かと」

「そうね……うじうじはしていられないのは分かっているの、領民や息子たちも居る。でも、私がちゃんと向き合って止めていれば……」

「もしを話しても何も変わりません。もしを考えても今は今のままです。メイ達はもしではなく、次を考えるべきかと」

「……メイ」



とある執務室。そこでは夫のぬくもりを感じるジョニーの妻とメイドのメイが言葉を交わしていた。互いに僅かに罪悪感が残る。妻の方には夫を失った喪失感も。



「そうね」

「はい。忘れずに覚えていくだけでもジョニー様は救われるかと」

「えぇ……ねぇ、メイ」

「はい?」

「今までありがとう……貴方には沢山救われたわ」

「いえ、そんな」

「本当よ。出来ればずっとここに居て欲しい……でも、貴方にはもっと幸せを勝ち取って欲しい」

「……?」

「あの、嘗ての主人の元へ行きなさい」

「え……」

「いいの、ようやく会えたんじゃない。私は大丈夫、貴方は誰よりも幸せになって欲しいから……だから、今日でお別れ……夫は居なくなったけど、でも、まだ私には子供と領民が残ってる」

「メイもそれを支えます……それが幸せです」

「そうかもしれないけど、もっと幸せになって欲しい。あの、男性の事気になっているんでしょ。フェイって言ったかしら? 貴方に興味深いような視線を少し送っていたし、運命ってものだと思うわ」

「……奥様」

「いいの、私は大丈夫。貴方にこんな小さな家のメイドは似合わないわ。だから、行きなさい。ここは大丈夫、他にもメイドは居るしね。私も……前に進んでいかないと、ずっとあの人に色々頼りきりだった自分を変えたいから……だから、行ってきなさい。そして、貴方だけの幸せを掴んできなさい」

「……メイは」

「行って、これは主人からの命令よ。そして、いつか世界一幸せになって私の元へ顔を出しに来て。元メイドとして、友達として」

「……はい。奥様」



メイに瞳に僅かに涙が滲んだ。嘗ての主人、今の主人、彼女にとってどちらも大事な存在であることに変わりはない。今までの感謝、そして別れへの寂しさを噛みしめて、彼女はそこを去る決意をする。



原作でもメイはジョニー・ポイントタウンの死をきっかけにここを旅立つ。様々な所を旅して死亡をする運命にあることは誰も知らない。


彼女の行く先は幸福か、不幸か、それはきっと神にすら分かるはずもない。




■◆




 俺は目覚めた。知らない天井。目覚めるとユルル師匠がハグをする。胸に顔が埋まる。流石の俺もちょっと緊張。


 俺は前世から童貞だからだ。刺激がちょっと強い。


 まぁ、主人公の童貞は基本だけどさ。


 クール系なので顔には一切出さない。流石に俺の主人公像がぶれるから拒もうと思ったけど、ユルル師匠がちょっと泣いている感じなので何も言えない。


 その後、色々話したらまたハグされた。そんなに心配をかけてしまったのだろうか。ちょっと申し訳ない。いや、ちょっとどころじゃない。かなり申し訳ない。これからも俺は無理をして戦い続けるだろう。



 これからも心配をかけてしまう。ユルル師匠良い人だからなるべく怪我しないように修行を頑張りますかね。



 それにしても……師匠キャラってこんなに甘やかすかな? 何だか、面倒見のいい大学生のお姉さんみたいな感じがするなぁ……。


 うーん、こんなに甘やかされると……お姉ちゃんキャラに近い何かなのかな?


 そこへ、アーサーが登場!!


 ん? なに? ワタシはお姉ちゃん?


 いや、何言ってんの? しかもそう言うのって自分で言わないでしょ? あぁ、これってあれだ。


 

――主人公の前に現れる、自分の事を主人公の姉だと名乗る不審者だ。



 居るんだよなぁ、偶に。お姉ちゃんだよ!! とか言ってくる全然知らない不審者って、アーサーって何だかそんな感じがする。



 不審者系お姉ちゃんキャラだなぁ、コイツ。さて、抱擁もあまりされ続けるのはクール系に反するのでほどほどに。



 さてと、帰りますか。流石にホワイトウルフの討伐も見送りらしい。帰還するかぁ。王都に帰ったら武器買うかな。


 


■◆




 フェイ達が王都への帰還をするためにポイントタウン領を後にしようとしたその時、誰かが彼らの元へ走って行く。メイド姿、赤髪のショートヘアー、眼は綺麗な黄色。


 凹凸のある体が走って揺れている。滅茶苦茶美人のメイド、驚異のバストは84。揺れる胸にサジントは僅かに見入ってしまう。トゥルーは特に反応なし、フェイは振り返りもしない。



「メイちゃん!?」

「お嬢様、メイもお嬢様と一緒に」

「で、でも」

「許可は貰ってまいりました。メイはこれからお嬢様たちと」

「……い、いいの?」

「はい」

「や、やったぁ!」



 ユルルは嬉しくて宝石のような瞳を輝かせる、メイもユルルの事は大好きである為に頬が僅かに優しく上がる。


「フェイ様もよろしくお願いします」

「そんなつもりはない」

「……そうですか」

「あ、その、メイちゃん、フェイ君は悪い子じゃなくて、ちょっと誤解されやすいというか……」

「分かっております、お嬢様」



 自分は全てを分かって、受けいれると言わんばかりのメイ。そんな彼女を見て大好きなフェイが親友メイドに誤解をされていない事に安心感を持つユルル。



(最初は、つんけんするのがですよね。最初から好感度が高いと物語は終わってしまうという物。ロマンス小説系主人公であるメイには分かります。ここから徐々に好感度が上がり軟化し、最終的には俺だけを見ろ、みたいな感じになるのは)




 ふふふと内心ほくそえむメイ。まさかの嘗ての主人の想い人を寝取ろうとしている自分の事をロマンス小説系主人公だと勘違いしているメイドの誕生であった。



(はッ!? いけない!! メイはメイド!! お嬢様の幸せを第一に!! ですが、奥様はメイの幸せを掴めと言っている! あぁ、どうしましょう!!)



(メイちゃんって大人っぽいなぁ……凄い大人っぽい事考えてるのかな。私もメイちゃんみたいに大人の魅力欲しいなぁ。そしたらフェイ君も私に……)



(おい、なんでフェイだけ可愛いメイドちゃんから挨拶されるんだよ!! ムカつく!!がわげふぁがgwげわwg!!!)



(誰だっけ……ワタシ忘れた)




(僕はまだ、強くなれる……フェイ……僕が強くなるには……)




(夕食はハムレタスサンドかなぁ)





 互いに何を考えているのかは分からない。自分で精一杯なのかもしれない。そして、これにてモードレッドとの邂逅、重要なイベントは一つ終わった。ここから更に物語は加速するのかもしれない。


 本来なら鬱イベント、無残な死体などを見て重い空気感であるはずの雰囲気が霧散しているのはフェイが居るからかもしれない。彼がいつも前を向いているから知らないうちに誰もが前を向こうとしているのかもしれない。



 





――次回、神々がフェイ達について、語り尽くす。

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