第7話 織田信長

「え、えっと。まぁ、私の訓練では魔術は関係ないので、気にしないで、早速剣術の授業に参りましょう!」



 ユルルが気を遣って、先ほどの魔術適正のテストを無かったことにしつつ、剣術の授業を始める。



「ぷ、アハハハは! 無属性しかないって! んだよ! 入試で面白い奴だと思ったら雑魚じゃん!」

「……五月蠅い」

「……ボウランさん、そこまでに」


アーサーとトゥルーがボウランの笑いを止める。アーサーはただ単に何となく嫌だから。トゥルーは、どことなく恐れがあった。フェイを怒らせるのは不味いと。


そして、これからフェイとはこの部隊で一緒に過ごすことになる。なんだかんだで訓練するのなら悪戯に関係性を悪化させるべきではないと言う判断でもある。


「あぁ!? 本当の事だろ!?」

「そ、そのボウランさん、先生もあまりそう言うのはダメかなと、こ、これから一緒に……」

「んだよ、本当の事を言って何がわる――」



そう言いかけた時に、フェイが口を開いた。特に何事も無いように、何の感情もなく、機械のような声で。


「構わない。そいつの言った事に間違いはない」

「……あ?」


ボウランが予想をしていたフェイの反応と全く違ったようで、先ほどまでの下に見るような眼ではなく、不可解な物を見るような眼だ。当然だ。誰でも馬鹿にされたら、怒るし。


笑われたら、不快だ。感情が揺らぐ。


だが、フェイは全くそれがない。


「好きなだけ言え。それが……の俺であるからな」

「……」


フェイにそう言われて、ボウランは何も言えなくなった。口を閉じて、舌打ちをしながら目線を外す。


「……えと、その、では剣術の訓練を始めましょう」



ボウランが黙った事で、ユルルが安心して剣術の授業を再開する。持ってきていた五本の木剣をそれぞれに渡す。



「先ずは軽く打ち合いをお願いします! 一応、多少の腕は聞いているのですが……それでも実際に見てみたいので」



そう言って、ユルルは四人に目を向ける。


「そうですね……取りあえず……三回、一度も戦わない人が居ないようにお願いしますね」



最初の訓練を彼らに与える。そう、ここは特別部隊



「最初に言っておきますが、一番黒星が多かった人は、訓練が全て終了した後で王都を逆立ちで十周回ってもらいます」



異様な試練を課す部隊である。




◆◆





 クソ、王都を逆立ちで十周かよ……。俺は逆立ちをして、王都を回っていた。負けた、全て負けた。


 いや、アイツら全員強い。はぁぁ、強いわ。今はね? いや、いずれ俺の方が強くなるだろうからさ。まぁ、花を持たせてあげてるみたいな?


 それに、今は俺にとって下積み時代。俺は明らかにあの部隊の中で一番弱い。ぶっちき切りに弱い。ここまで弱いって事は何か、意味があるのだろう。


 落ちこぼれでも必死に努力すれば……とは良く言う。


 それにしても、訓練はかなりハードだったな。まず、剣の模擬戦が終わってから、只管にダッシュ、ダッシュ、ダッシュ、体力作りは大事ですよね? はい、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。


 あのゆるキャラ先生、可愛い顔してえげつない事をする。それにあの先生での訓練では星元アートの使用は禁止であるらしい。だから、全員かなり瀕死状態で走っていた。


 身体強化をされて純粋な体力をつける為だと言う。全員瀕死だったけど、俺はその中でもさらにドベだ。ここから、だ。こっから、俺は……。


 この逆立ちは辛いが、俺は主人公。こんなの、そよ風くらいだ。いずれ、とんでもない敵とかも出てきそうだしな。


 いつか……


『あの時の、成果が出たな……』


 

みたいなセリフを吐くに決まっている。腕が体幹が限界だ、バランスを崩して何度も倒れる。だが、それでも筋は通す。妥協はしない。



俺は主人公だから。



やり遂げると、急に先生が出てきた。どうやら、俺を見ていてくれたらしい。よくある、主人公を見出してくれるやつだ。


折角だ、彼女は恐らく、俺と言う存在が強くなるためのキーマンだろう。修行を付けてもらおう!




◆◆



(まだ、頑張っている……)



 フェイが逆立ちで王都を回る。その様子をユルル・ガレスティーアがこっそりと後を尾行し、覗いていた。


 あれほどの訓練をこなした後なのに、それなのに、続ける。特別部隊は訓練の辛さは桁違い。



(彼はあの中で剣術、純粋な体力、魔術適正……全てが最下層だったのに)


 妙な癖、体力はまぁまぁ、だがそれも三人に比べたら見劣りが確実な物であった。魔術適正も無し。


(恐らく、歴代特別部隊の中でトップクラスに精神に負担がかかっている)


 

(自身より優秀な者が身近に三人もいる、それに明らかに成長速度も違うだろう。そうなったら、フェイ君にとって凄く辛いことになる。一歩自分が行くところを、十歩歩かれる。それはきっと……)



 ユルル・ガレスティーアにとって、それは痛いほどに共感できた。彼女もどんなに頑張っても先には中々進めず、日々足踏みを昔も、今もしているのだから。



(……私も、よく逆立ちをしてたなぁ。周っていた、このルートを)



 笑われたり、バカにされたり、道化みたいに見られたりした。だけど、彼女はそれをやり続けた。その姿が重なる。馬鹿みたいに頑張っていたあの頃に。



(聞く話では、さぼる子も居るらしいけど……ちゃんとやるんだ……)



 彼は肩で息をしながらもそれをやり遂げた。終わると彼は三本の木の所で腕を付き、何度も何度も呼吸を肺に入れる。



「お疲れ様です」



 自然と彼女は彼の元に行って、水が入った羊の胃袋によって作られた水筒を渡す。



「はぁ、はぁ……見ていたのか?」

「ごめんなさい。気になってしまいまして」

「そうか……世話をかけるな……」



彼はユルルから貰った水筒の中の水を飲み干した。


「すまない……空だ」

「いえ、いいですよ。別に」

「そうか……今から時間はあるか?」

「え? あ、ま、まぁありますけど?」

「そうか、では剣の修行に付き合ってくれ」

「……えぇ!? で、でも、今日あんなに……もう、限界では?」


ユルルは驚きのあまり、大きな声を上げてしまう。当然だ。先ほどまで、訓練をして、罰ゲームで逆立ちで王都を回っていたのだから。


様子を見ても、何度も転んで服や体が砂まみれ。限界であると彼女は感じた。



「限界を超えなければ……意味はない」

「フェイ君……」

「俺は、あの中で一番弱い……だから、俺は強くなりたい……誰よりも、何よりも」

「……ッ」



その時、彼女は何かを思い出す。それは嘗ての頑張っていた自分では無く、もっと怖い、何か。思い出したくもない。深い深い闇のような深淵、この眼を以前にも見たと彼女は感じる。



(兄さま……)



覇道を行った兄の一人。全てを切って、父を切って、闇へと進んだ。自身の兄。もう、分かり合う事も会う事もないだろうと思っていた兄を彼女は思い出した。



「フェイ君、もう限界です。明日は座学もあります……私が担当になっていますが、朝から早いです。今日はもう……」

「お前しかいないんだ……頼む」

「……分かりました。でも、そこまでの時間はダメです、だってフェイ君を心配している人が」

「それなら、既に今日は遅くなると言っている」

「……良いでしょう。では、先ずフェイ君の欠点について、説明をします。単純に言うと、妙な癖、そして、力み過ぎです」



彼女は淡々と話した。教師として教えを乞う者が居れば断ることなど出来たい。


「癖の方がそう簡単には直りません。ですので、先ずは力みの方から、口で説明するより、実践した方が早いですね。まず、利き手の腕を出して、肩くらいまで上げてください」


彼女に言われて、フェイは右腕を出す。肩くらいまで上げられ真っすぐ伸びている。


「いいですか? では、先ずこの腕を私が上から自身の腕で叩きます。フェイ君は現在の腕の高さを保って、下げられないように必死に力を込めてください」

「分かった……」



右腕にフェイは力を籠める。僅かに血管が浮き出て筋肉が硬直する。


「では、行きますね?」

「――ッ」


ユルルが腕を叩くと、あっさりと腕は下に下げられた。


「では、今度は脱力状態。そこから私が叩く寸前に力を込めてください」

「あぁ」


言われるがまま、フェイは腕の力を抜いた。そして、彼女が腕を上げ、振り下ろす。腕に当たった瞬間に、フェイは力を込めた。


だが、今度は下に下がらなかった。上からの力をしっかりと受け止めていた。


「……ね? 下がらないですよね? つまり、こういう事です。力は常に入れていればいいと言う事ではなく、剣と剣がぶつかるときに力を込める、グリップを握る。そうすることでより大きな力となります」

「……そのようだな」

「では、気を付けてください。そして、癖の方ですが……うーん、こればっかりは打ち込みとかをしつつ、実戦で最適解を見つけるのが最善ですので、直ぐには無理ですね」

「……どれくらいかかる」

「かなり、かかるかと……」

「……お前は朝は空いているか?」

「……朝から訓練をしたいんですか? 恐らくですが、死ぬほど疲れますよ?」

「望むところだ」

「望むところ……ですか……」



彼女は少し、眼線を下げて悲しげな顔をする。だが、直ぐに顔を上げて、常備していた鉄の剣を渡す。


「……まぁ、いいでしょう。拒む理由はありません……では、ビシバシ行きますよ! フェイ君!」

「あぁ」


そうして、夜は更けていく。


そして、かなり遅くなったフェイはマリアにめっちゃ、怒られた。


■◆



 次の日。座学の為に五人はとある一室を借りて授業をしていた。前にユルルが立ち、その前には四人が座る。それぞれに机が用意してあり、いかにも授業と言う感じだ。



「さて、皆さん。今回は聖騎士が相手をすることになる中でも、一番危険な存在である逢魔生体アビスについて解説をします。逢魔生体アビスの活動時間は、昼が過ぎて、夕方が終わりかける夜との間から主に活動をします」

「先生ー」

「はい、ボウランさん」

「どうして、朝は活動しないの?」

「そうですね。災厄の逢魔オウマガドギと言う古の化け物、これは五百年前に原初の英雄アーサーによって封印されました。逢魔生体アビスはこの、災厄の逢魔オウマガドギから派生をしたと言われています」

「ふーん」


ボウランが先生からの話に相槌を打つ。そして、トゥルーとフェイは特に何かをすることなく話を聞いて、アーサーは少しだけ顔を暗くしていた。



「この、災厄の逢魔オウマガドギは元は人間の聖騎士だったと言われいます。ただ、様々な違法実験、犯罪を起こしたことによって体を炎で焼かれ、その結果、大火傷を負い、そのせいで陽の光が浴びるのが苦痛だったそうです。ですから基本的には日が沈むころに活動をするらしいです」

「へぇ、そんな逸話がアーサー云々とかは知ってたけど」

「元凶からの遺伝のような、特性、人間時代の記憶、習慣が影響をしているのかもしれないと考えられています」

「ふーん……そう言えば、アーサーって英雄と同じ名前だよな。何か関係あるの?」

「……ない」

「でもさ、大層な名前を付けたよな。親って」

「……うるさい」

「……なんだよ、怒ることないだろ?」

「ちょっと、ボウランさん、落ち着いて。アーサーさんも話したくないみたいだし」



アーサーは途端に不機嫌になった。いつもの感情の無い彼女が僅かに言葉を強める。それを察したトゥルーが仲裁に入り二人を宥める。


ユルルもあわわと、空気が重くなっていく室内を慌てながら見ていた。


「そんなことはどうでもいい……早く話の続きを」


その中で、唯一何事も無いように話を促すフェイ。彼にとってこの話はどうでも良い事であると言わんばかりだった。


「え、あ、そ、そうですね」

「それと、ボウラン」

「あ?」

「名前でガタガタ騒ぐな。お前も子供ではないだろう。どうでも良い事を紐づけも、そこには何もない。お前は面白いのかもしれないが、ただ、詰まらないだけだ」

「……ッ」



黙って、彼は前を向く、その姿をアーサーはジッと見ていた。授業が終わり、室内から五人は出る。次は剣術訓練と言う名のフィジカルトレーニング、昨日と同じユルルが担当だ。



真っ先にそこに向かう、フェイの隣をアーサーは陣取った。



「さっきは、ありがと……」

「……何を言っているのか、良く分からないが」

「あの、名前のやつ……」

「あぁ、それか。勘違いするな。あれは、俺の為にしたことだ」

「そ……フェイは名前気にならない?」

「どうでもいい。興味もない。俺は、俺の道を歩くだけだ」



そう言う彼の顔はいつもの仏頂面。だが、その隣のアーサーはいつもの、感情の無い真顔ではなく、自然と薄く笑う少女であった。



■◆



 いや、名前とかどうでもいいわぁ。あのさ、歴史上の人物と名前が似ているからって騒ぐの俺嫌いなんだよね。


『今日の授業は織田信長です』

『あれ? そう言えばお前って、苗字織田だったよね!?』


 ――女子からのウケ狙いの為にそこそこの音量を出す男子高校生特有のノリ。よく分からないこじつけ。



 前世からそう言うの嫌いだったわぁ。いや、見ていて面白くないって言うかさ。こっちは真面目に授業受けとんねん。みたいな。そう言うので全体の動き止めるの止めて欲しいわぁ。


 ボウランも何というかさ、子供じゃないんだから。いや、あいつ子供っぽいなぁ。本当に、そのまんま、教育を受けないで生きて来たみたいな感じ?


 まぁ、アーサーの名前がこの世界の歴史上の人物と同じって伏線なのかもしれないけど、今はどうでも良いわ。ああいうの嫌い。あそこで盛り上がっても面白くないし、意味とか無いだろうし。


 アーサーも大変だよな。名前が一緒って。絶対織田信長と同じ苗字みたいなノリ沢山されてるだろうし。



「あの、名前のやつ……」

「あぁ、それか」


アーサーもやっぱり一々ムカついてたんだろうなぁ。あの嫌味のアーサーがお礼を言ってくるってことはさ。


まぁ、名前は大事だ。それは否定しない。アーサーの親が誰だか知らないが、英雄の名前を付けることは何か意味があるのかもしれない。だが、そう言う事で一喜一憂する程、俺は暇ではないと言う事だ。





―――――――――――――


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