第1話 龍人

——シスディオ歴893年 龍の森 中心 


 スターク・モントリヒト。それがでの俺の名前だ。『この世界』と言ったように俺には別の人生の記憶がある。こことはまるで違う、魔力が無ければ魔法も魔物もいない別世界のような場所だ。

 俺はそれを『前世』と呼んではいるが、朧げな記憶があるだけなのだ。別の世界を生きていた実感は無いし、自分の名前も覚えてない。今の自我や価値観は完全にこの世界でつくられたものだ。記憶にある、物語の異世界転生みたいな感じではない。

 記憶と自我などをそのままに肉体を世界に合わせて再構築し憑依する物を『』だと考えれば、俺は何故か記憶を持ったまま生まれ変わったイレギュラーと言えるかも知れない。


 なぜこんな事を考えているのかというと、走馬燈のように前世と今世のこれまでの記憶や感情、思考が駆け巡っていたからだ。

 親父との剣の訓練中、斬撃のような蹴りを間一髪回避している最中だ。まじであぶねえ。当たれば死んでたかもと思える一撃だった。


 訓練とはいえ戦闘の一瞬の間にあれこれ余計な事を考えれるのはこの身体は思考も早いらしい。というのも親父の攻撃が人外じみているのも、それを避けている俺も人間(この世界ではヒューマン)ではないからだ。親父は龍、俺はその親父とヒューマンの母から生まれた龍人りゅうじん。どちらも人類(ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ビースト、デーモン)を遥かに凌駕する種族なのだ。


 まあ、魔物なり何なり危険が多いこの世界で強いに越した事は無い。その点では俺はかなり恵まれている。両親に感謝しなくてはな。


 近くに家族以外の気配がするが、親父はまだ訓練を止める気はないようだ。俺も集中しよう。




——sideアンナ


 私の名前はアンナ。エレナ様とは学院時代に親しくなり、平民だが騎士科で優秀だった私をモントリヒト家で雇ってくださった。エレナ様がソルレクス様とご結婚されるまではエレナ様の専属護衛騎士で、今もモントリヒト家の騎士として仕えている。


 現在エレナ様達は龍の森で暮らしており、今日はエレナ様への手紙とソルレクス様がシュッツヘルン辺境伯様に頼まれていた大小二振りの剣を届けに来た。

 声が聞こえたので玄関を通り過ぎに庭に向かう。そこでは二人のご子息のスターク様にソルレクス様が訓練をつけている所で、エレナ様はその様子をお茶をしながら眺めていた。


「まだまだ踏み込みが甘いよっ!」

「これならどうだ!」


 二人の訓練は人類のそれを超越していた。龍であるソルレクス様は人化した状態でもその身体能力は龍のままであるようで、スターク様も同様に10歳とは思えない実力を発揮していた。

 既にスターク様の踏み込みに目が追い付かず、振るう木剣は視認すら出来ない。今はスターク様がソルレクス様の神速と言えるほどの後ろ回し蹴りを紙一重で避けている所だった。

 私が驚き固まっているとエレナ様がこちらに気づき声をかけてくれた。


「あらアンナ! 久しぶりね。いらっしゃい。」

「お久しぶりです。エレナ様。それにしてもスターク様の実力は凄まじいですね。以前、剣の技を教えましたがもう既に私では勝てる気がしませんよ。」

「アンナもだいぶ優秀だけれど……。そうね、あの子の見た目はヒューマンと大差ないけれど内に秘めた力は龍と同等よ。私もソルと番って寿命が伸びたり身体能力が上がったりしたけれど、スタークは龍人として生まれ時から魔力も人類より秀でていたわ。」


 スターク様が木剣でフェイントを混ぜながら斬りつけ、ソルレクス様が防御に一瞬遅れた隙を突いてスターク様が更に踏み込みが渾身の突きを放つ。その威力は岩をも穿つような一撃だったが、ソルレクス様はそれを軽く受け流すとスターク様の首元に手刀を添えた。


「ここまでにしようか、スターク。お客さんが来たようだしね。」

「くっそー! まだまだ父さんに勝てないなぁ。」


 お二人は訓練について話し合いながらこちらに歩いてきた。あれほどの実力をもつスターク様でも、ソルレクス様からするとまだまだの様だ。既に私にはついていけない。


「久しぶりだね、アンナさん。今日はどうしたんだい?」

「お久しぶりです。ソルレクス様、スターク様。今日はエレナ様へのモントリヒト家とシュッツヘルン家からの手紙、それとソルレクス様が頼まれていた剣を届けに来ました。」


 そう言って私は手紙と剣をポーチ型アイテムボックスから取り出した。

 久しぶり!と元気に挨拶をしてくれたスターク様は私が届けに来た剣に興味津々だった。斯く言う私もこの剣から感じる気配に困惑している。鞘に収まっていてもこれだけの存在感がある。いったいどんな代物なのか、興味を抑えてお二人に手渡した。

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