かくれんぼ、その真の目的

青水

かくれんぼ、その真の目的

 みんなでかくれんぼをすることになった。この場合の『みんな』というのは、俺たちのグループ全員のことを指す。

 かくれんぼの発案者は佐藤だった。佐藤はグループ内カーストの最下層――パシリ、いじめられ役だ。ちなみに、俺はグループカーストのトップであり、リーダー――そして、A小学校のボスでもある。


「かくれんぼ?」俺は言った。「お前、かくれんぼなんて子供の遊びやりたいのかよ」

「う、うん……」


 佐藤はおどおどしながら頷いた。

 こいつは、この自信なさげな挙動がいちいち腹立つのだ。ぶん殴ってやろうか、とも思ったがやめておいた。最近、暴力のしすぎで、みんなからますます怖がられるようになってしまったからだ。


「ほら、僕たちが住むA町って自然も多いし、かくれんぼをするにはうってつけの環境なんじゃないかなって……」

「どうしよっかなあ」


 正直、俺はかくれんぼなど興味なかった。

 今どきの子供っていうのは、スマートフォンでゲームをして遊ぶのが主流なのだ。かくれんぼなど、外での遊びは時代遅れだと俺は思っている。


「多数決、とろうぜ」


 サブリーダーの山田が言った。


「ほら、日本ってミンシュウなんとか……なんだからよ」

「民主主義ですね」


 眼鏡の里中が言った。


「そう、それ。民主主義。だから、多数決で決めようや」

「多数決?」


 俺は言った。俺以外の全員が賛成したところで、俺が反対してしまえばすべてはひっくり返る。この小さな社会では俺の意見は絶対なのだ。

 だが、まあ……。

 多数決というのも、面白そうじゃないか。どれくらいの奴がかくれんぼなんて遊びをやりたがっているのかは興味がある。


「いいぜ。多数決しよう」


 俺は九人の配下たちの顔をそれぞれじっくりと見る。


「かくれんぼやりたいって奴は手挙げろ」


 すると、意外なことに俺以外の全員が手を挙げた。これにはさすがの俺も驚いた。なんだ? 今、かくれんぼブームでも起きているのか?

 チッ、と俺は舌打ちをすると、


「そんなにやりてえならしゃあねえ。かくれんぼやるか」


 俺がそう言った瞬間、全員が密かに笑った。お前ら、どんだけかくれんぼやりたいんだよ、と俺は苦笑した。


 ◇


 鬼役はやりたくなかったので、俺以外の九人にじゃんけんをさせて、その結果、鬼役は佐藤に決まった。

 別に、俺はかくれんぼをやりたいわけじゃないが、やるからには佐藤ごときに見つかる、なんて屈辱的な事態は避けたい。俺のプライドが許さないのだ。

 どこに隠れようか考えていると、サブリーダーの山田が、


「一郎さん、山の奥に小屋があるの知ってますか?」


 と、尋ねてきた。


「小屋? いや、知らないな」

「今は誰も使っていない、廃屋ってやつです」

「そこなら、佐藤のボンクラに見つかることはないか?」

「ええ」


 山田はにっこりと頷いた。


「誰にも見つかることはありませんよ」


 山田の案内で、その小屋へと向かった。佐藤の数字をカウントする弱々しい声は、とっくに聞こえなくなっていた。

 かなり深い場所に、小屋はあった。古びているが、崩れていたり、木が腐っていたりはしない。俺は一目でこの小屋を気に入った。これから、この小屋を俺の秘密の隠れ家にすることにしよう。そう決めた。


「出入口はこの正面ドアだけです」

「おう」

「鍵をかけることはできませんので、佐藤に見つからないようにするためには、じっと息をひそめて隠れているのがいいと思います」

「わかった」

「では。俺は違うところに隠れますので」

「おう」


 俺は小屋のドアを開けて、中に入った。電気はないので、中は薄暗くかび臭い。だが、そんな怪しげな雰囲気も気に入った。


 一〇分ほど経った頃だろうか。ギイイ、という物音のような音がした。もしかしたら、佐藤がこの辺りにいるのかもしれない。ドアを開けられないように、取っ手をしっかり固定する。

 複数人の足音が聞こえたような――そんな気がした。気のせいだろうか? 気のせいだ。複数人というのはおかしい。鬼役は佐藤一人なのだから。


 退屈だったのでスマートフォンをいじろうとした。ポケットに手を入れたところで思い出した。かくれんぼを始める前に、全員のスマートフォンを集めたことを――。


 確か、それは山田が発案したのだ。スマートフォンを使ってズルしないように、全員のスマートフォンを回収して、かくれんぼが終わるまで袋に入れておこう。


 スマートフォンでどうズルできるのか、俺にはよくわからなかった。ズルするとしても、鬼役の佐藤なのでは? 

 しかし、誰も反対せずに袋の中にスマートフォンを入れ出したので、俺もスマートフォンを袋に入れた。

 だから、俺は何も持ってないのだ。


 退屈だった。退屈すぎた。多分、一時間は経過していた。

 一旦、外に出るか。

 そう思い、ドアを押し開けようとした――が、ドアは開かなかった。


「……は?」


 何度か押してみた。開かない。引いてももちろん開かない。さすがに慌てた俺は、渾身の力でタックルをかましてみたが、しかしそれでも開かない。びくともしない。


「うそだろ……」


 どうやら、ドアの前に何か重い物が置かれていて、それのせいでドアが開かないのだ。

 いつだ? 一体、いつそれは置かれた――? 


 ギイイ、と物音のような音がしたのが、隠れて一〇分くらいだったか……。多分、あのときだ。あれは物音で、複数人の小さな足音も気のせいではなかったのだ。


 何のためにこんなことをやったんだ? 俺を、閉じ込めるためだろう。

 主犯は山田か。協力者は誰だ? 佐藤あたりだろうか?


「くそっ! おい、誰か! おい、誰もいねえのか! 開けろ、開けろ開けろ開けろおおおおっ!」


 ドアを力任せにバンバン叩きながら叫ぶが、誰からも返事はない。何の反応もない。

 この小屋には窓がない。出入口は、このドアだけ。食べ物もなければ、飲み物もない。何も……何もない。


「畜生っ……」


 床に座り込んで頭を抱える。

 いつまでそうしていただろうか。たくさんの足音が外から聞こえた。かくれんぼが終わって、見つからない俺を心配したやつらが、助けに来たのだろうか?


「おい、一郎」


 山田だった。


「どうだ、小屋の中に閉じ込められた感想はよぉ?」

「てめえ、山田。ふざけんな! ぶっ殺してやる!」

「ははっ。やれるもんならやってみろ!」

「てめえ以外に誰が絡んでやがる?」

「誰って……全員だよ」


 ……は? 全員?


「全員ってお前……九人で?」

「前々からあなたの横暴さにはうんざりしていました」里中が言った。「ですから、小屋の中に閉じ込めてしまおう、ということになったんです」

「この小屋を見つけたときから、ずうっと計画を練っていたんだぜ」

「おい、一郎っ! 泣いて謝ってみろよ」


 ぎゃはは、と鈴木が笑った。


「でないと、このまま餓死してしまうぞ」

「餓死だと……? お前ら、この俺を殺すつもりなのかっ!?」

「完全犯罪というやつです」里中が言った。「僕たちが一郎さんを小屋に閉じ込めたことは誰にもバレませんし、一郎さんは自ら勝手に死ぬんです。僕たちが殺すわけじゃない」

「ふざけるな! 出せ! ここから出せ!」


 俺が怒鳴っても、奴らはげらげら笑ってるだけだ。


「泣いて謝っても出してやるつもりはなかったけどよ、まったく謝ろうとしないってのはなんだか腹立つな」

「よし、みんな帰るぞ」

「う、うん……」


 佐藤……奴なら脅せばいけるかもしれない。


「おい、佐藤! ここを開けろ! さもないと――」


「さもないと? 一郎さん、自分の立場わかってる? お前はここで一人寂しく死ぬんだよ、ばああああかっ!」


 狂気的な笑い声をあげると、佐藤はドンドンとドアを叩いた。

 その後、俺の罵倒をすべて無視して、奴らは去っていった。明日になれば、ドアを開けて助けてくれるはずだ。まさか、あいつらも本当に俺を殺すつもりなんてないはずだ。俺に反省するように促しているのだ。まあ、俺も少しくらいは謝ってやってもいい。


 しかし、いつまで経っても助けは来なかった――。


 ◇


 その山に入ると、どこからともなく男の怒鳴り声が聞こえることがある。一説によると、声の主は二〇年前この山で行方をくらました、当時小学六年生の少年だとか。彼は死後、怨霊となってこの山に棲みつき、怨嗟の声をあげているのだとか――。


「この少年ってお父さんの同級生だったんだよね?」

「ああ、そうだよ」

「山で行方をくらましたって……死んじゃったのかな?」

「そうなんじゃないかな」

「どうして、死んじゃったんだろ? 誰かの殺されたのかな?」

「さあね」


 と、彼は言った。


「でも、きっと、普段の行いが悪かったんだよ。だから、これは殺人じゃなくて、天罰ってやつさ」


 そう言って、彼は笑うのだった。

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