【羽月】第1話:逃げた結果

 私は優李のことを裏切った。

 私は優李の冷たい目から逃げた。

 私は優李からまた拒絶されることが怖くて逃げた。

 逃げて、逃げて、私が傷付かないように逃げ続けた。




 -




 光輝は優李と別れてから、私との接し方が変わったと思う。

 今では家に呼んでくれるし、デートだってする。

 普通の恋人同士のような関係に、私たちはなっていたのだ。


 優李と付き合っていた頃のような、激しい快楽の渦はなくなってしまったけど、それでも私は光輝といることに居心地の良さを感じるようになっていた。エッチが終わると、いつも私のことを愛してるって、優しい眼差し伝えてくれるのでとても幸せな気持ちになることができた。


 だから、二学期が始まったくらいから、優李と奏が仲良くしているところを見ても、胸がチクリと痛むことはあっても、激しい嫉妬に狂うことが徐々になくなっていった。




 -




 私が身体の異変に気付いたのは、文化祭の準備が本格的に始まった頃だった。

 月の物が遅れているなと思っていたら、急激な吐き気が私を襲ってきたのだ。

 私はまさかと思い、その日のうちに妊娠検査薬で調べてみると結果は陽性だった。危険日にはいつもゴムをしていたのに……。


 私は頭が真っ白になってしまった。

 こんなことを相談できる友人なんて私にはいない。

 以前であれば奏に相談していたのだろうが、もうすでに奏との仲は絶望的な状態だった。


 私は一人で悩み続けた。

 出産するのか、中絶するのか……。

 答えなんて出なかった。

 本心では産みたかった。

 私は光輝との強い繋がりが手に入ると思ったからだ。

 だけど、光輝に妊娠したと告げる勇気が出なかった。


 学校では文化祭の準備が忙しくて、妊娠から逃げるように働き続けた。

 だが、そんな日々は永遠とは続かない。


 私はまた妊娠したことに向き合わなければならなかった。

 どちらを選択するにしても、早く決断しないといけない。

 だって、私が悩んでいる間にも、お腹の中にいる子供は成長し続けているんだから。


 だから私は勇気を振り絞って、光輝に妊娠したことを伝えた。




 -




 結果は拒絶だった。

 だけど、私は手放したくなかった。

 光輝とお腹の中にいる子供のことを。


 優李に拒絶されたときは光輝という逃げ道がまだあった。

 だけど、今度拒絶されてしまったら、私にはもう誰もいなくなってしまう。

 そして、お腹の中にいる赤ちゃんのことを殺してしまうことにもなる。


 嫌。

 それだけは嫌。


 私は怖くなってしまった。どうしたら良いのか分からなくて、私はその日の夜一睡もできずに泣き続けた。


 次の日私の目の前に優李がいた。

 私は目を伏せて通り抜けようとしたときに、「久しぶりだな、羽月。ちょっと時間をもらえないか?」と声を掛けられた。

 言われるがまま公園に入ると、ベンチに奏が座って私たちを待っていた。


 混乱した私だったが、話を聞くと先日の光輝とのやり取りを2人は聞いていたのだという。その上で私に本気で結婚をする意思があるか、子供を産む覚悟があるのかを聞いてきた。


 私は戸惑いながらも、その問いに肯首をした。

 すると、優李は私に光輝と結婚できる可能性を提示してきたのだ。

 私は吃驚した。


 徹底的に裏切って、しかもその事実から逃げ続けてきた私のことを助けてくれるというのだ。私は自分でも醜いと分かっていたが、その優李の言葉に縋ってしまった。


 優李が提示した方法は、確かに納得できる物だった。

 これからあの人に相談をすれば、結婚まで力になってくれるかもしれない。


 だけど私は不思議でならなかった。

 優李は何故私にこんなアドバイスをしたのだろうか。

 なので、自然と「なんで貴方のことを裏切った私のことを助けてくれようと思ったの?」言ってしまった。


 すると優李は「お前のことは許せない」「だけど、憎んではいない」と口にした。私は一生憎まれても仕方ないことをしたのに、憎んでいないと言ってくれたのだ。そして次の言葉を聞いて、私はついに目から涙を零してしまった。



「何か手助けをしてしまいたいと思ってしまったんだ。……だって、俺たちは幼馴染みなんだから」



 優李が幼馴染みとまた言ってくれた。

 嬉しかった。許してはもらえないけど、幼馴染みだと思ってくれた優李の気持ちが嬉しくて仕方がなかった。


 私はこんなにも醜くなっても、優李はずっと優李のままなんだね。

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