【優李】第3話:本当にありがとう

 大学を卒業して4年が経過した。


 俺は大学を卒業すると、明日にも潰れる可能性があるスタートアップに1人目の正社員として入社をした。元々インターンで1年半働いたし、同期もいなかったので、新卒という感じは全然しなかったけど。

 自分で言うのもなんだけど、比較的高学歴の俺が大手企業ではなくスタートアップに入社したのは、若い頃からたくさんの経験を積みたいと思ったからだ。

 そして、この会社に正社員としてジョインして、4年目になるが入社一年後くらいから業績を右肩上がりで成長させて、創立7年目にして上場企業に会社をバイアウトすることになる。俺はその会社の生株数%をもらっていたため、同年代に比べると遥かに大きなお金を手に入れることになった。


 ちなみに俺はまだM&Aした会社で、元々携わっていたプロダクトのチーフマネージャーをしている。普通の企業で言う部長クラスということになる。

 26歳で上場企業の部長になったのだから、自分でも吃驚するくらいの出世ぶりだった。俺よりも年上のメンバーも増えたのに、評価と信頼をしてくれた社長には感謝しかない。




 -




「ごめんね、ゆーくん。MTGが長引いちゃって抜け出せなかったのよ」


「気にしなくて良いよ。むしろ忙しいときに呼び出しちゃってごめんな」


「ううん。別にいいんだよ。だけどどうしたの急に? 何かあるなら家で話せばいいのに」



 俺と奏は今は一緒に暮らしていた。

 奏は俺のことを忙しいと言っていたが、奏だって毎日相当忙しく働いている。奏が就職先として選んだのは、世界に誇る日本の化粧品メーカーだった。そこの花形部署とも言える、広報部でバリバリと働いているのだ。


 平日はお互いが忙しくしていることもあり、家に帰ってちょっと2人でお酒を飲んだら寝てしまう生活をしているが、土日のどちらかは必ず外でデートをしているので、未だにラブラブカップルと言っても過言ではないだろう。


 そんな充実した毎日を送っている俺だが、今日はいつもより特別な日にしたいと思って、普段は行くことがない、ホテルの最上階にある夜景が一望できるフランス料理店の個室を予約していたのだ。



「いや、今日は奏に大切な話をしたいなって思ってさ」


「大切な話? 何かな? 会社でも辞め起業でもするの?」


「まぁ、起業も視野には入れてるけど、今日はその話じゃないよ」



 奏は本当に分からないのか、小首を傾げて不思議そうな顔をしている。

 自分の話題は二の次にする奏を見て、小さい頃から変わらないな、と苦笑いを浮かべる。

 そして俺は鞄から小さな箱を取り出して、奏の前に置いた。さすがにその箱を見た奏は俺の言いたいことに気付いたのか、目に涙を溜めてウルウルし始めた。



「ゆーくん。これ開けてもいいのかな?」


「あぁ、もちろんだよ」



 箱を持ち上げて、蓋を開けると溜まっていた涙がついに溢れ出して、洋服にシミを作った。



「奏。今までずっと一緒にいてくれてありがとう。俺が苦しかったときや嬉しかったとき、いつも側にいてくれたのは奏だった。もし良かったら、これからもずっと一緒に俺の隣にいて欲しいんだ。……俺と結婚して欲しい。愛してるよ、奏」


「あ、ありがとう……ゆーくん、嬉しいよ……」



 涙をハンカチで拭いて、ゆっくりと息を整えると笑顔で俺の顔を見つめてくる。



「私の方からもお願いします。ゆーくんの隣にずっと居させてください。ずっとずっとずーーーっと、ゆーくんのことを愛し続けます」



 やっと奏と結婚することができたことに、俺は心の底から安堵した。正直スタートアップに入社した時は、会社が不安定だったこともあり結婚したとしても収入的な不安が常にあったのだ。

 だけど、そんな会社を選ぼうとした俺に奏は「ゆーくんがその会社でやりたいことがあるんでしょ? だったら反対なんてしないよ。そこでやってみようよ」と後押しをしてくれた。


 俺は過去を振り返っても、いつも奏に支えられてばかりだった。なので、ようやく奏にかっこつけることができて安心したのだ。そして、俺のプロポーズを受けて涙を流してくれる奏を見て、俺は本当に良かったと嬉しくなってついつい貰い泣きしてしまうのだった。




 -




 奏と結婚して2年が経過した。

 相変わらず仲良く暮らしている俺たちだが、生活が一変する出来事が起きた。実は、3ヶ月前に女の子の赤ちゃんも産まれて、俺は一児の父親になったのだ。


 娘の名前は『紡』と名付けた。出会った人と人との縁を紡いで、幸せになった欲しいという願いを込めて名付けた。


 ある日俺は奏から誘われて、久しぶりに実家の駅前にある、イタリア料理で夜ご飯を食べようと誘われた。個室もあるので、子供連れでも安心だし、帰りは実家に寄ればいいので二つ返事で了承した。


 そして俺は今地元の駅前で、奏たちを待っている。

 最近は車で帰省することが多かったので、駅前に来るのは久しぶりだった。



(あのファミレスで、奏や悟たちとよく一緒に勉強してたよな)



 周りを見渡すと、高校時代の思い出が自然と蘇ってくる。

 辛いこともあったけど、あいつらと仲良くなれたのは俺にとって財産になったよな。

 俺の親友だった悟は、昨年田貫さんと結婚をして幸せに暮らしている。相変わらず田貫さんの尻に敷かれているようだったが、悟はすぐに調子に乗るので田貫さんくらい厳しい方があいつには良いだろう。


 羽月に関しては、正直よく分からない。

 あの後に結婚をしたっていうところまでは母親から聞いていたが、元カノの話なんて無粋だと思ってくれたのだろう。羽月のことを母親から話題にすることはなかったし、俺からもすることはなかった。


 俺が昔を懐かしんでると背後から「あっ、ごめん。ウミちゃんの鞄落としちゃった」という声が聞こえてきた。声がした方を振り向くと、俺の目の前に鞄が落ちていることに気がついた。


 俺はそれを拾ってあげて、ウミちゃんと呼ばれた女の子のもとに行き、鞄を手渡ししてあげた。



「はい、どうぞ」


「お兄ちゃん、拾ってくれてありがとう」



 ウミちゃんと呼ばれた女の子は笑顔でお礼を言った。



「ちゃんとお礼が言えてお利口さんだね」



 俺はそう言うと、ウミちゃんの母親姉妹だと思われる女性2人に頭を下げる。すると「優李」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 名前が呼ばれた方を見ると、紡を大切そうに抱いた奏がこちらに歩いてくる。俺は奏の隣に立つと、「どうしたの?」って聞かれたので、女の子の鞄を拾ってあげたことを説明した。



「そっか、優李はいつでも優しいね」



 奏は笑顔を浮かべて、俺の二の腕を肩でウリウリとしてきた。



「それにしても可愛らしい子だったよね」


「あぁ、そうだな。だけど、どこかであの子見た気がするんだよな。けど、全然思い出せないや」


「この駅に来るのも久しぶりだし、優李の勘違いでしょ」


「まっ、そうだよな」



 俺が奏が抱いている紡の頬をツンツンと突っついた。

 ちょっと嫌だったのか、「うぁ〜」と小さく唸る紡を見て、「この子もあの子に負けないくらい美人になるよ」と言った。



「うん。私たちの子供が一番よね」


「あぁ」



 久しぶりに地元の駅に来て、高校時代のことを思い出したからか、俺は奏にどうしても伝えたいことができてしまった。



「奏。あのとき俺のことを救ってくれて、本当にありがとう。愛してるよ」





***後書き***

お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、第三章はオムニバスになります。

と言うことで、優李編はこちらで終了になります。

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