第17話:文化祭2日目

「優李先輩ここお化け屋敷だって! 次はここに入ってみましょうよ!」



 俺と好ちゃんは約束した通り、2人で文化祭を回っている。初めて体験する高校の文化祭に、好ちゃんはとても興奮気味だ。その証拠に、目に入った全ての出し物に反応しては「ここ入りたいです!」って言ってくるのだから。

 なんだかその反応が微笑ましくなり、ふと自分が1年生だった頃を思い出して懐かしい気持ちになった。



「うーん。なんかチープなお化け屋敷でしたね」



 お化け屋敷から出るなり、腕を組みながら好ちゃんは辛辣な意見を口にした。



「まぁ、高校生が作るお化け屋敷だからね。あれが限界だと思うよ?」


「私の予定では怖がるフリをして、優李先輩に抱きつく予定だったのですが、あれじゃダメでした。だから今度はガチのやつに一緒に行ってくださいね」



 あまりにも無防備な笑顔は、俺の心に直接訴えかけてくる。その笑顔を見て、俺は胸が痛くなるのを感じた。




 ―




 好ちゃんと別れた後はひたすら仮装喫茶の手伝いに終始していた。奏と休憩が被らなかったのは残念だったが、悟の告白が終わったら奏と一緒に後夜祭を回れるから良しとすることにしよう。


 こうして連日大盛況だった、俺たち最後の文化祭は大成功のうちに終わった。最初のうちは、仮装をすることに若干の照れがあった俺たちだが、今となっては名残惜しそうにそれぞれが制服姿に戻っていく。



「終わっちゃったね」


「あぁ、そうだな。最高の文化祭になったよな」


「本当に最高だったよ。だけどゆーくんと一緒に回れなかったのは残念だったな」


「それは俺も残念だったよ。だけど、俺たちにはまだ大きな仕事があるからな。それが終わったら後夜祭一緒に回ろうな」


「うん! じゃあ私は早速梢ちゃんのところに行ってくるね!」



 奏は制服姿に戻った、田貫さんの元へ走っていった。その後ろ姿を見送ってから、俺は悟の元へ向かった。




 ―




「うぅ、優李ぃ。心臓の鼓動が有り得んくらいに激しいんだけど、俺このまま死んじゃうのかな? ほら、触ってみ? 尋常じゃないんだって」



 悟は青白い顔をしながら、俺に心臓を触ってこいという。そんなやつの胸に、男が手を当ててたら傍から見たら相当ヤバイ絵面になることだろう。


 俺たちは、キャンプファイヤーのある校庭に向かって歩いている。周りには後夜祭のために延長した、いくつかの出し物があり、今も尚活気づいている。



「絶対に嫌だ。それよりお前、今からそんなんで大丈夫なのか?」


「大丈夫、なはず。試合前はいつもこんなんだったし、試合始まっちまえば開き直れたしな。はっきり言って試合前よりも全然ヤバイけど」


「図太そうに見えて、意外と繊細だよな、悟は」


「いや、ガチでヤバイわ……」



 そんなことを話していると、いよいよキャンプファイヤーに火が灯される時間となった。そしてカウントダウンが始まる。



『5、4、3……』



 みんながカウントダウンに合わせて声を張り上げる。



『1、0』



「「「「「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」」



 生徒たちの興奮が最高潮に達したそのとき、キャンプファイヤーに大きな炎が舞い上がり、真っ暗だった校庭を赤く照らした。


 さて、これから悟の勝負が始まる。俺は手を悟の肩に軽く置く。俺の顔を見た悟は、意を決したように一回大きく頷いた。

 先程までの悟とは違い、その目には覚悟が決められていた。



(試合になると開き直れるって本当なんだな)



 悟の顔を見た俺は頼もしく感じ、背中をバンっと叩いて「さぁ、行くか!」と声を掛けて教室へ歩き始めた。




 ―




 キャンプファイヤーの灯りで赤く照らされている教室の中で、悟は校庭を見ながら田貫さんを一人で待っている。俺はというと、悟を教室に入れた後に隣の教室に入り身を潜めていた。

 すると廊下の奥から、奏と田貫さんの声が聞こえてきた。恐らく教室の前に到着したのだろう。



「梢ちゃん。黙ってここまで連れてきてごめん。教室に梢ちゃん一人で入ってくれないかな?」


「え? どうしたの? なんで一人で教室に入らないとダメなの?」


「お願い! 入ったら分かるから。絶対に怖い思いとかはしないから」


「う、うん、分かった。けど次からはちゃんと事前にお話してね?」


「うん! ありがとう」



 会話が途切れたと同時に、扉が開く音が聞こえてきた。

 俺は廊下にいる奏のもとへ行って、2人の会話が終わるまで教室の前で誰か来ないか見張っていた。



「悟の告白上手くいくかな?」


「それは絶対に大丈夫だよ」


「俺は万が一を考えちゃってちょっとだけ不安だよ」


「大丈夫。梢ちゃんを見てたら分かるよ」


「そっか……」



 俺たちはその後会話をせずに、周囲を見渡しながら2人のことを待っていた。時間にして15分程度だっただろうか。扉が開いて2人が教室から出てきた。悟は泣いていた。その涙を見て俺は一瞬不安になったが、悟の表情を見ると一気に吹き飛んでいった



「優李……。俺、田貫さんと付き合えることになったよ」



 悟は今までにないくらい魅力的な笑顔を浮かべていた。その顔を見た俺は感情が爆発してしまい、悟のことを抱きしめて「良かったな!」と声をかけた。その姿を見た田貫さんが「キャッ」と、ちょっと興奮した声を出していたが、それは気にしないようにしよう。


 少しの間その場で喜びを分かち合ってから、俺と奏は2人で校庭へ戻ってキャンプファイヤーを並んで見ていた。



「あの2人が上手くいって本当に良かったね」


「あぁ、悟のあの顔を見たら、俺も本当に嬉しくなったよ」


「私もだよ。梢ちゃんはちょっと照れてたけど、なんかとても幸せそうな顔をしてた」



 隣にいる奏の表情を見ると、本当に嬉しかったのかとても幸せそうな表情を浮かべていた。奏は自分よりも、人のことをいつも優先しているように見えることがある。そして、その人が喜べば一緒に喜ぶし、傷付けば優しく支えてくれる。


 俺はそんな奏に、心から幸せになってもらいたい。

 そして、奏を幸せにするのは俺でありたいと思っている。

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