第16話:文化祭1日目

 まだ夜も明けきっていない土曜日の早朝5時に、俺と奏は学校へ向かって歩いている。目的は文化祭の準備のためだ。

 教室のデコレーションなどは先日の段階で全て終わっているので、通常の喫茶店だったらこんなに早く学校へ行く必要はなかった。

 だが、俺たちの出し物は仮装喫茶だ。ある意味喫茶店よりも仮装の方に力が入っていると言っても過言ではない。



「あー、ゆーくんのドラキュラ様はどんな感じになるのかなぁ? 楽しみだなぁ」


「俺も奏の血みどろナース普通に楽しみなんだけど。ナース姿とか本当にありがとうだよ」


「むぅ〜。ちょっとその言い方いやらしい感じがするんですけどぉ」



 今日も今日とて奏のジト目はとても可愛い。

 俺が奏の顔に見惚れていると、「ゆーくん、私怒ってるんだけど」と頬を膨らませながらさらにジト目ってくるものだからこの子は本当にもう、ですよ。



「よっ、お二人さん。今日も朝からラブラブしてるね」


「あっ、悟くん。おはよー」


「おっす、悟。お前の狼男コスを早く拝みたいわ」



 俺たちは華麗に悟のラブラブ発言をスルーして、文化祭の会話を継続させる。



「一回テストで狼男メイクしてもらったけど、伏見さんの技術半端ないから多分かなり驚くと思うぜ?」


「音ちゃん本当に凄いよね! 絵が上手なのは知ってたけど、あんなに凄いって知らなかったよ」



 今回の仮装の肝は何と言っても、仮装するコスチュームのデザインとメイクだった。伏見さんは元々美術の才能に秀でているとのことだったが、奏が言うようにまさかあそこまで人を変える技術があるとは思わなかった。

 本人的にはもっと時間をかけて仕上がりを良くしたいようなのだが、さすがに時間制限がある中だと厳しいので、簡易的なメイク(それでも素人目から見たら凄い)に落ち着いていた。



「悟くんは、早く梢ちゃんの魔女姿を見たいんじゃないかな?」



 奏はさっき軽く弄られたお返しとばかりに、ニヤニヤしながら悟のことを煽り始める。すると悟は顔を真っ赤にして、あからさまに動揺をし始めた。

 なんだよ、悟。うぶ過ぎて可愛すぎるだろ。

 早起きは辛かったけど、悟の可愛い姿を見ることができて、俺と奏は朝からほっこりした気分になったのだった。




 -




「おぃ、ちょっと忙しすぎないか?」


「あぁ、まさかこんなに人が来るとは思わなかったな……」



 文化祭が始まったと同時に、仮装のクオリティが高いと評判になったうちの出し物を目当てに、教室の前には長蛇の列が出来ていたのだ。

 そんな状態に唖然としながら、狼男とドラキュラは廊下で立ち尽くしていた。



「こんなんじゃずっと仕事ばかりで、校内を回ることなんてできやしねぇぞ」


「ちょっと思った以上だったな。うーん。じゃあ、整理券式にしたらどうだろ? 1組15分にして人数制限かけたら計算しやすくなるし、並んでいる人の負担も減るしな」


「あぁ、それいいな! 早速提案しに行こうぜ」


「そうなんだが、すまん。悟がこれを提案してきてくれないか?」



 一瞬怪訝そうな顔をした狼男こと悟だったが、クラスの指揮をしている人物に思い当たり、色々と察してくれて「OK」とだけ言うと羽月の元へ向かってくれた。あいつとは事務的なやり取りならまだ良いのだが、正直提案までなると色々とやり取りをしなくてはならなくなる。それは抵抗があった。


 もし、『羽月のことをまだ憎んでいるのか?』と問われたら、今は正直そんなに憎んでいない。もし一人っきりで抱え込んでいたら、まだ憎しみに囚われていたかも知れないが、俺の周りにはたくさんの味方がいてくれた。だから俺は自然と前を向くことができたのだ。


 だけど、俺が前を向いたからと言って、羽月のことを許して何もなかったかのように話すことは俺には出来なかった。まだそこまで割り切れてもいないし、大人にもなれていない。羽月のことをいつか許せる日が来るのだろうか? 今の俺にはそんな未来は想像することも出来なかった。




 -




 整理券を配布するようになって、忙しさをある程度コントロールすることができたおかげで、俺と悟は好ちゃんの教室へ顔を出すことができた。



「あっ、優李せんぱ、うわっ! ドラキュラだ! めちゃくちゃかっこいい!!」



 俺が教室に入ったところをすぐさま発見した好ちゃんが、大きな声を出しながら手をブンブンと大きく振っている。その隣には、「もう大きな声を出したらダメだよ」と言いながら、好ちゃんの腕を引っ張っている華花がいた。



「2人とも本物のディーラーみたいでかっこいいな!」



 好ちゃんと華花は、白のシャツに黒のベスト、蝶ネクタイをつけたファッションをしていた。髪の毛はポニーテールで一本でまとめて、いつもの可愛らしい感じではなく、凛とした雰囲気になっている。



「へへぇ〜。先輩私たち似合ってますか?」


「あぁ、とっても似合ってる。なぁ、悟もそう思うだろ?」


「当たり前だろ! 華花ちゃんも好ちゃんもとっても似合ってるよ」


「2人ともありがとうございます!」


「あぁ〜あ、ゆー兄ちゃんに褒められても私はあんまり嬉しくないよ……。もっとイケメンでステキな男性に褒めてもらいたいなぁ」


「華花、こればかりは諦めてくれ……。お前には兄貴の俺が限界なんだよ」


「そんな現実受け入れたくない!」



 華花は俺に腹パンをして、さっさと自分の持ち場へと戻っていった。

 俺が腹をさすっていると、「ふふ」と微笑みながら好ちゃんが「次は私がディーラーやるので、一緒にブラックジャックをしましょ」と誘ってくれた。俺と悟は、好ちゃんに誘われるがまま、一緒の卓に座ってゲームを始める。


 ゲームの結果だけを言うと、俺と悟は好ちゃんに惨敗した。



「好さんや、ちょっと強すぎはしないかね?」


「ふふぅ〜ん。私こういうのであんまり負けたことがないんですよね。麻雀だって強いんですよ」



 そう言うと好ちゃんはニヤリと笑って、「オレのアンコはそこにある」とドヤ顔をしながら言った。



「まさかの『ア◯ギ』! 好ちゃんの口から赤木し◯るのセリフが出てくるとは……」


「え? え? 急にどうしたの2人とも?」



 悟の目の前には、マニアック(一部では有名)な麻雀漫画の主人公のセリフをドヤ顔で言う高校一年生の女の子と、まさかの発言に驚き慄く親友の姿があった。


 それにしても、好ちゃんの漫画趣味ってどうなってるの? って言うかドヤ顔ってるけど、俺が知らなかったらいきなり訳の分からないことを口走った女の子になっちゃうよ!

 それを俺が言うと好ちゃんは、「先輩の漫画趣味くらいお見通しなので大丈夫ですよ」と返ってきた。俺のことどこまで知ってるの、この子? 好ちゃん、恐ろしい子……



「うーん。よく分からないけど、なんか楽しいな! 優李、今度はルーレットしに行こうぜ」


「よし! 次は勝つぞ! 『倍プッシュだ!』」


「おっ、おう。倍プッシュな!」



 俺が変なテンションになってルーレットに向かうと、背中から「ブフッ……」と吹き出す声が聞こえてきた。それを聞いた俺は、好ちゃんに無事通じたことを確信して、ニヤリと笑ってしまった。


 それから悟と一緒にカジノを楽しみまくって、教室を出ようとしたら好ちゃんが後を小走りで追ってきた。



「先輩。明日は2人で文化祭回ってくださいね。楽しみにしてます」



 そう言うと顔を赤くして、「じゃあもう行かないと」と言いながら大きく頭を下げて教室へ戻っていった。



「モテモテの優李くんは色々と大変そうだな」


「バーカ、そんな良いものじゃないよ」



 俺はそう言うと、悟の肩をコツンと拳で叩いた。

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