第7話:体育祭③

【奏の視点】


 ちょっと好ちゃん、ゆーくんにくっつきすぎだよ!

 あ、当たっちゃいけないものが、ゆーくんの腕にピッタリと当たってるから!

 んんー! ゆーくんもデレデレし過ぎだよ!

 私の方が大きいんだから、言ってくれたらいつでも触らせてあげるのに!


 私の目の前で、好ちゃんがゆーくんに甘えまくってる。ちょっと困ってるけど拒みはしないゆーくんを見て、私はちょっとだけご立腹だ。

 本当は私だってゆーくんにくっ付きたいのに……。怒りモードから一転、落ち込みモードになってきたけど、好ちゃんから聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、私はオロオロモードに突入した。



「じゃあ優李先輩私にあーんして食べさせてください」



 あーんなんて私もしてもらったことがないのに!

 ゆーくん、腕をプルプルさせて何で好ちゃんの口に持って行こうとしてるの? 私がゆーくんのために作ったお弁当のおかずを、好ちゃんにあーんして食べさせちゃうの? そんなの嫌だよ!

 ううぅぅぅ! もう我慢できない! ゆーくんのばかっ!


 えいっ!!!!!


 パクッ


 ふふっ、好ちゃんは目を閉じてたし、誰があーんしたか分からないでしょ?

 美味しそうに食べてるけど、そのタコさんウィンナーは私が『あーんぱくっ』させたのよ!


 好ちゃんも『あーん』をされて満足したのか、お弁当をちゃんと食べ始めたのを確認して、私も謎の達成感を感じながら美味しくお弁当を食べることが出来た。




 -




 ……うわーん。

 なんであんな子供っぽいことしちゃったんだろう。ゆーくんに呆れられちゃってもおかしくないよ。だけど、私もゆーくんからあーんなんてしてもらったことないのに、好ちゃんがしてもらうなんて我慢できなかったんだもん。


 お弁当タイムが終わったので、自席に戻った私は、さっきの自分の行動を冷静に振り返って自己嫌悪に陥ってた。我ながら感情の起伏が激しすぎる。


 席に座ったゆーくんの方を見ると、悟くんと楽しそうに何かを話してた。

 もー! 私の気も知らないで、ゆーくんは能天気なんだから!

 私はゆーくんのことを、ジーッと睨んでると突然私の方に顔を向けてきたので、私は咄嗟に顔を逸らしてしまう。


 あぁーあ。私は本当に一体何をやりたいんだろう。




 -




 私はゆーくんのことが好き。大好き。

 しかも最近は、この気持ちに歯止めを効かせることがなかなか難しくなってきてる。だって、中2のときに一度閉じ込めた気持ちが、4年振りに表に出てきてしまったのだ。もうこの溢れ出た気持ちを抑えられる自信が私にはなかった。


 以前までは、ゆーくんが他に好きな人が出来てその人と付き合ったとしても、ゆーくんが幸せならそれでも良いかなって思ってた。

 だけど、そんなのは自分自身に嘘を付いているってことに、今日の好ちゃんを見て分かった。私は、ゆーくんが好ちゃんのことを、好きになって欲しくないんだ。ううん。好ちゃんだけじゃない、私以外の女の子のことを好きになって欲しくない。


 これからは私もゆーくんにアピールしなきゃ。このままだと好ちゃんに取られちゃうかも知れないよ。……それは嫌だ。これからはグイグイとゆーくんにアピールしてやるんだ! 必要とあらば色仕掛けだって辞さない覚悟なんだからね!


 よーし! 閉会式が終わったら行動するぞ!




 ***




【優李の視点】


 体育祭は白組の勝利に終わった。

 閉会式で羽月が優勝旗を恭しく受け取っていたが、俺の心が騒つくことはなかった。まぁ、強いて羽月について言及するとしたら、前よりもちょっと痩せたかな、くらいだ。これ以上痩せられて、周りから俺との別れが原因と思われても嫌なので、お米をモリモリ食べて以前のように健康的な身体に戻ってもらいたいものだ。


 そんなことをボンヤリと考えていたら、いつの間にか閉会式は終了していた。何だか最後の最後でなんかヘイトが溜まっちゃったな。うーん。このまま帰っても気分は晴れそうもないし、悟でも誘って遊びにでも行くとでもするか。


 周りを見渡して悟を探していると、後ろからドスンと衝撃を受けた。また好ちゃんが来たな? そう思って後ろを振り向いて声をかける。



「好ちゃん、学校は人目が多いからタックルはもうやめてくれよ」


「ブブー、好ちゃんじゃなくて、私でした」


「奏!? お前までタックルしてくるなんて何事だよ?」


「ふふっ、これからは珍しくなくなるかもよ? まぁ、それは置いといて、これから打ち上げしたいなって思ってるんだけど、みんなを誘ってファミレスにでも行かない?」



 これから珍しくなくなる? 何の話かはよく分からないけど、打ち上げは渡りに船だな! さすが奏! このモヤッとしてる気分を晴らすにはちょうど良いタイミングだよ!



「打ち上げか。楽しそうだな。俺ももちろん行くよ」


「やったー! 梢ちゃんにはもう言ってあるから、悟くんと好ちゃん、華花ちゃんも誘ってみんなで行こう!」


「おけ! じゃあ俺が悟に連絡するから、奏は華花に連絡してくれよ」


「うん、じゃあ校門で待ち合わせって言っておくねー!」




 ―




 好ちゃんと華花はクラスで打ち上げがあるらしく、結局いつもの4人組でファミレスへ行くことになった。俺たちはテーブルに着くや否や、ドリンクバーを人数分注文して、とりあえずお疲れの乾杯をした。



「いやー、今日は負けちゃったな! 高校ラストだったからちょっと悔しかったけど、めちゃくちゃ楽しかったわ!」


「そうね。高校最後だったんだよね。なんかこれから行事が終わるたびに、もう二度と出来ない可能性があるんだなって思うと寂しくなっちゃうけど、一つひとつを大切にして、みんなで楽しみたいよね」


「さっすが梢ちゃんだよ! うん。私もそう思う! みんなで高校最後まで一緒に楽しもうね」



 楽しそうにワイワイと話してる3人を見て、俺は初めてこういう青春を送っている気がした。今まではずっと羽月と一緒だったから、学校行事が終わったら打ち上げをするっていうのは思い返してみると初めてのことだったのだ。



「なんか、こういうのいいな」



 俺の独り言を耳聡く聞き付けた悟が、ニヤニヤとしながらこっちを見てくる。



「なんだよ、優李? しみじみと何言ってるんだよ?」


「あー、いやな。俺って、部活の打ち上げとかは行ったことあるけど、クラスメイトとこうやってイベント終わりにファミレスに行くとかやったことなかったんだよな。だから今めっちゃ高校生っぽい青春してるな、って思ったんだわ」


「確かに優李は坂下さんとずっと一緒だったもんな。別れたことは残念なんだけどさ、こうやって今お前と一緒に遊べてるから俺は結構嬉しいよ」



 まさか悟から真っ正面からこんなことを言われると思ってなかった俺は、「おっまえ、何言ってるんだよ! 恥ずかしいやつだな!」なんて照れ隠しで毒づいてしまった。奏をチラッと見ると、俺と悟のやりとりを見て嬉しそうな顔をしていた。



「ゆーくん、これからもみんなと一緒にたくさん遊ぼうね」


「私も山岸くんとは、学校以外で遊んだことがなかったから、時間があったらどこかに遊びに行きたいな」


「えっ!? 梢ちゃんひょっとして、ゆーくんのこと……」


「あっ! 違う! 違うよ、奏ちゃん。ただまたこのメンバーで遊びたいって言いたかっただけだから!」


「そ、そうだよな。またこのメンバーでって意味だよな! あー、吃驚した」



 奏の発言に何故か動揺していた悟は、田貫さんの弁明を聞いて大袈裟にリアクションを取っていた。

 あれ? ひょっとして悟って、田貫さんのこと好きだったりするのかな、そう思って奏の方を見る。視線に気付いた奏は、視線の意味に気付いて静かにコクリと首肯した。なるほどな、悟もしっかり青春してるんだなって思うと何だか幸せな気分になってきた。




 ―




「もう遅いから家まで送って行くよ」



 打ち上げが終わると外は真っ暗だった。打ち上げが楽しすぎて、気付いたら長居しすぎてしまったのだ。こんな夜道を奏ひとりで歩かせるのはちょっと危険だったので、家まで送ることにしたのだ。



「え? いいの? ゆーくんありがとう。じゃあ一緒に帰ろうよ」



 奏とは学区が違うので、ご近所さんではないのだが、駅から家に帰る道沿い付近に奏の家があるので、送るといっても実は大したことなかったりする。



「あっ、ゆーくん。これから総体まで部活が忙しいじゃない?」


「あー、そうだな。明日から部活がハードなんだろうなぁ」


「マネージャーの仕事も結構あるから、お互い大変なことになっちゃうね」


「だな。高校ラストだし、悔いが残らないように精一杯やろうな」


「うん! それでね、総体が終わったら試験があるじゃない? 全部終わったらまた打ち上げやらない?」


「おー! いいな、それ! 部活のみんなに言ったら絶対に喜ぶぜ!」


「あっ! 違うの、そうじゃないの」



 奏は頭をブンブンを横に降っている。てっきり部活の打ち上げのことを言ってるのかと思ったけど違ったのか。じゃあ、一体何の打ち上げするの?



「ん? 部活の打ち上げじゃなかったら、なんの打ち上げをするんだ?」


「えっとね。目的は部活の打ち上げなんだけどさ、みんなとじゃなくて、2人っきりで出来たらなって思ったんだよね。だってさ、小学生のクラブからずっとサッカー繋がりで一緒だったじゃない? だから高校の部活を区切りにして、今までのお疲れ様会をしたいなって。ダメかな?」


「何を今更言ってるんだよ。大丈夫に決まってるだろ? 春休みなんてほぼ毎日2人で遊んだりしてたじゃんかよ」


「だって、あのときは目的があったし、それ以前は羽月ちゃんがいたから2人っきりでお出掛けとかしたことなかったからさ」


「そう言われたらそうか。今は羽月もいないしさ、これからは何の気兼ねもなく2人で遊んだりしようぜ!」


「うん! たくさん遊ぼうね。絶対なんだからね」



 奏は目をキラキラと光らせて、俺に抱きついて来た。笑顔で頭をグリグリ押し付けてくるので、ちょっと痛かったが嫌な気持ちには全然ならない。


 やっぱり奏は俺のことが好きなのかもな。

 奏の俺に対する言動を見ていると、そう感じてしまうのは仕方がないことだろう。そして、俺も色々と奏と行動するにつれて、好きという感情になっている自覚がある。

 だけど、付き合ったら奏も俺のことを裏切ってしまうかも知れない。一度恐怖を植え付けられてしまうと、一歩踏み出すことがとても怖くなってしまう。それでも、奏の好意に甘えて身を委ねてしまうのだ。



(俺はいつからこんなに女々しくて弱いやつになっちまったんだろうな)

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