第4話:楽しい買い物

「そろそろ総体の予選に向けて、練習試合がたくさん組まれるでしょ? それでさ、買いたい物が結構あるんだけど、私一人だと大変だからゆーくんも一緒について来てくれないかな?」


「あぁ、もちろん付き合うよ! っていうか、もっと頼ってくれていいんだからな」



 奏は本当に一流のマネージャーだと思う。

 効率的に上達するために必要な練習道具や備品を準備したり、最新の練習メソッドを勉強してはそれを練習に組み込んでくれる。最初は半信半疑だったチームメイトも、奏の言う通りにしたら本当に試合に勝てるようになっていったので、今となっては監督よりも信頼度が高いかも知れない。

 ちなみに監督は、英語の教鞭を振るっている平家先生だ。もちろんサッカーは素人である。最初から信頼度など高いわけがなかった。


 次の総体で俺たち3年生は部活動から引退することになるのだが、レギュラーメンバーがいなくなるよりも、正直奏が抜けるのがチームにとって大打撃だろう。それくらいチームにとって奏は欠かせない存在なのだ。



「ちなみにどこまで買いに行くんだ?」


「電車でちょっと行ったところに、大型のスポーツ用品店が出来たの知ってる? そこにさ、サッカーの特設コーナーがあって、海外のチームで取り入れられてる商品とかも展示してるんだって。そこに見に行きたいんだよね」


「そんなのができたんだ! それは行ってみたいな! けど奏はその展示物が目当てなのか? 部費で買える気がしないんだけど……」


「あっ、ごめんごめん。実際に買うのは別だよ。スポドリとかプロテインとかそっち関係が目当てなの。だけど、海外チームが練習に取り入れてる機材だよ? そんなの見てみたくなっちゃうよ」


「奏は本当に好奇心旺盛だよな! そのお陰でチームが強くなったんだからやっぱり奏は凄いよ」



 チラッと奏を見ると、顔を真っ赤にして照れているのだとひと目でわかる。昔から奏はそうだった。俺が褒めるとすぐに顔を赤くしてモジモジし始めるのだ。それを見るのが楽しくて俺はついつい調子に乗って褒めまくってしまう。



「この3年間を振り返るとさ、どれだけ奏の存在が俺の中で大きかったのかって本当に分かるよ。お前がいなかったら絶対に今の俺はなかったって断言出来るぜ! いつも一緒に頑張ってくれて嬉しいよ」



 奏はアウアウ言いながら、スカートをギュッと握りしてめ……俺のことを睨んできた。



「ゆーくんの意地悪。そうやっていつも私を照れさせて楽しんでるんだから……」


「ははっ、悪い悪い。お詫びに買い出しのときにカフェで奢るから許してくれよ」


「むぅー! 仕方ないなぁ! 絶対だからね!」




 ―




「うぉぉ! ここのスポーツ用品店は本当にめちゃくちゃ広いな!」



 国内最大級を誇るこのスポーツ用品店は、サッカーや野球、テニスなどのメジャー競技はもちろん、クリケットやスカッシュなどのマイナー競技のアイテムを取り揃えている。



「本当だねぇ。端っこが見えないよ!」



 奏がピョンピョンとジャンプしながら、店内の端を見ようと努力している。つか、今日はスカートなのに、ジャンプなんてしてるから中が見えそうになってるじゃねぇか! もうちょっと自分が可愛い女の子だって気付いてくれ!



「おい、奏……スカートの中が見えそうになってるぞ。ったく、気を付けろよ」


「うわっ! ……ゆーくんひょっとして見たの?」



 スカートを手で押えながら、上目遣いでジト目なんて……ご褒美じゃないか!

 ……いや、違う。今はそんな場合じゃない。



「いや、見てない! 見てないから!」


「本当かなぁ? けど、今日の水色の下着はお気に入りだから、見られてもあんまり恥ずかしくないけどね!」


「え? 薄いピンクじゃなかった??」



 ………………あっ。



「んんん~~~~! ゆーくんのばかぁ!!!」




 ―




「本当に悪かった! 反省してる! だからそろそろ機嫌を直してくれよ。カフェでスイーツも奢るから、なっ!?」



 するとさっきまで頬を膨らませていた奏が、ニヤリと笑った。



「ふっふっふ! ゆーくん言ったね? じゃあ、ここの近くにオシャレなカフェがあるからそこに行こうよ! バスクチーズケーキが有名らしいんだよねぇ!」


「おっ、お前! まさか俺にスイーツを奢らせるために剝れてやがったな!」


「ふふーん。さぁ、どうでしょうか? けど、奢るってもう言っちゃったから、やっぱやーめたーはダメなんだからね!」


「ったく。奏には本当に叶わないよ」



 俺は頭をガリガリと掻きながら言うと、奏は満足気な顔をして店内を物色し始める。俺はそんな後ろ姿を見ながら、奏はどうして俺のことをそんなにも気にかけてくれるんだろうって思った。幼馴染み……というだけでは、こんなにも親身になってくれないだろう。


 多分奏は俺のことを……。

 俺が勘違いクソ野郎じゃなければ、奏の気持ちはそういうことなのだろう。だけど奏からの好意は、他の子たちとは違って打算をあまり感じることはなかった。


 ありがたいことに、羽月と別れたことに周囲が気付き始めてから、性別関係なくたくさんの人からお誘いを受けることがあった。だけど、恋愛絡みに発展しそうなお誘いが多くて、今の俺にはちょっとツライなっていうのが正直なところだった。ちなみに男からのお誘いは合コンだ。決してそういうお誘いではない。


 だから、そういう裏の狙いを全然感じない奏といることが、今の俺にとって一番の癒しになっていた。




 -




「んん〜〜〜! 美味しい! 最近流行ってたから食べてみたかったのよ」



 頬に手を添えながら、モグモグとバスクチーズケーキを食べてる姿はまるでリスのようだった。奏は身長も高くないし、小動物感がハンパないんだよな。俺は目の前で幸せそうにしてる奏を見ているだけで、心が温かくなるのを感じていた。



「おいおい、そんなに急いで食べるなよ。別に誰も取らないって」


「だって! めちゃくちゃ美味しいんだよ! こんなにチーズの味が濃厚で、しっとりしたチーズケーキ初めて食べたよ! しかもね、全然くどくないから、最後まで美味しく食べられそう!」


「奏がスイーツ好きって知ってたけど、まさか食リポするくらい語るとは思わなかったわ」



 そういうと、自分でも興奮しすぎたと思ったのか、フォークの先端を口で加えながら顔を赤らめて俯いてしまった。そして、上目遣いで俺の顔を見てくる。



「だってさ、こんなに美味しいの久しぶりに食べたし、ゆーくんとはいつも駅前のチェーン店くらいしか行ったことがなかったじゃない? だからさ、これからはもっと色々なところに行って、ゆーくんと遊びたいなって思ってるんだけど。…………ダメかな?」


「奏にそんなこと言われてダメなんていう男はいないだろ! 色々なところに一緒に遊びに行こうぜ!」


「うん! ありがとう! あとさ、悟くんや梢ちゃんも誘って一緒に遊びたいよね!」


「あぁ、そうだな。とりあえず部活は総体で一区切りつくし、その後に遊びに行きたいよな。来年は受験もあるから、毎日のようには遊べないけど、みんなんで一緒に高3の思い出作りしたいよな!」


「したいしたい! 絶対に楽しいよ! んふふ。今から楽しみになっちゃったなぁ」


「どう考えても気が早いだろ。ひとまずは総体まで一緒に全力で頑張ろうな!」


「サポートは任せてね! 全力で取り組むからさ」



 そのあと俺たちは、これから始まる総体予選と体育祭の話で盛り上がった。こんなに楽しいって思った時間は久しぶりだったな。本当に奏には頭が上がらないや。

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