第13話:ワイルドカード

「羽月ちゃん。急だったのに来てくれてありがとう」



 ゆーくんが羽月ちゃんたちと決別した翌日の日曜日に、私は羽月ちゃんにRINEをして、私たちの思い出がたくさん詰まった花咲公園に来て欲しいと連絡をした。



「いいのよ。それで用事って何かしら?」



 羽月ちゃんは昨日あれからずっと泣き続けていたのかな?

 目が腫れぼったくなってるのを隠し切れてないから、いつもの美人顔が台無しになってるよ。



「えっとさ。はっきり伝えるね。私ね、ゆーくんのことが大好きなの。小学生の頃からずっと好きだったんだ。だからさ、私がこれからゆーくんの隣で一緒に歩んで行くね」


「え? ちょっと待ってよ、奏。私と優李はまだ別れた訳じゃないわよ?」


「もう別れてるよ。だってゆーくんが言ってたじゃん。羽月ちゃんとの関係を永遠に断ち切りたいってさ」


「そんなの突然の事で感情的になっただけに決まってるわよ。だって私たちは物心付く前からの付き合いなのよ。優李のことなら何でも知ってるし、理解してあげられるのは私だけなんだから」



 はぁ、羽月ちゃんは本当に分かってないんだな。あんな決定的な裏切り行為をしてるのに、何でまだこの先も関係性を保てると信じてるんだろう。



「羽月ちゃん。ゆーくんの気持ちを理解しているって言うならさ、今のゆーくんがどんな思いをしているか知ってる? あなたたちの関係を知ってから、どれくらい苦しんだか理解できる?」


「そ、れは……」



 羽月ちゃんは明らかに動揺をしている。必死に言い訳を考えようと頭を巡らせているのがその表情から伝わってくる。いつもの大人っぽい羽月ちゃんとは思えないくらいの狼狽かたでちょっと不憫な気持ちになっちゃうな。



「そのことは私も悪いとは思ってるわ。だけど、優李のことを愛してるって気持ちはちゃんと伝わっているはずよ。確かに光輝とエッチなことはしたけど、優李とはデートもたくさんしてたし、時間があればいつも一緒にいて愛情の全て優李に注いできたんだから」


「ちょっと待って、羽月ちゃん。それ本気で言ってるの? エッチをしてたって言っちゃってる時点で、もう絶望的に終わってるって本当に気付かないの?」


「それくらいいいじゃない。そもそも奏に関係ないでしょ? これは私と優李の問題なんだから口出しなんてしないで」



 この子はもうダメなんだな。本格的に人のことを思いやる気持ちが欠落してしまっているみたい。


 だけど元々はこんな子じゃなかったはずなんだよね。だって現に私やゆーくんは、羽月ちゃんに数え切れないくらい助けてもらってきたんだから。だったら何で今回のことになると、ゆーくんの気持ちを無視するようなことを言うんだろう?


 ひょっとして怖いだけなのかな。自分でも支離滅裂なことを言ってるのは理解できてるはずなのに、ゆーくんを失うことが怖いからそんなことを言ってるだけなのかな?



「関係ならあるよ? 言ったでしょ。私はゆーくんのことが好きなんだよ。この気持ちはゆーくんの傷付いた心を私が支えて癒したときに、ちゃんと伝えたいと思ってる」


「何よそれ? 私を優李から離れさせて、弱った優李を支えて癒すって、奏が告白したときに成功確率を上げたいだけの偽善じゃない。あなたはただの泥棒猫よ」


「うん。そうだね。羽月ちゃん側からしたらそう見えるのかな? だけどね、ゆーくんのことを徹底的に弱らせたのは他の誰でもない、羽月ちゃんあなたなのよ。そしてその弱ったゆーくんのすぐ側にいてあげられるのは私だけなの。もうあなたにはゆーくんの側にいる資格も権利もないわ」



 羽月ちゃんは言葉にならない怒りを視線で私にぶつけてくる。だけど私は怯まないよ? だってゆーくんをあんなに傷つけた羽月ちゃんが、ただの失恋だけで済むなんて納得できないよ。だから私だけが知ってるワイルドカードを使うんだ。



「羽月ちゃんってさ、あなたを一番気持ちよくしてくれるあのクズ男のことってどれくらい知ってるの?」


「は? クズ男って誰のことかしら? まさか光輝のことじゃないわよね?」


「クズ男なんて光輝くん以外いないじゃない。それよりも質問に答えてよ。あのクズ男のことどれくらい知ってるかって聞いてるの。例えばさ、羽月ちゃん以外にエッチしてる相手が他に2人いることって知ってる?」


「……………え?」


「しかもその2人もさ、彼氏がいた人なんだよ。それなのに奪ったんだってさ。笑っちゃうくらいクズだよね。あんな人と一緒に遊んでたなんて思うと気持ち悪くて仕方がないよ」


「出鱈目言わないで………」


「出鱈目なんかじゃないよ。だって私聞いてきたんだもん。寝取られた被害者の男の子に。その内の一人は羽月ちゃんも知ってるはずだよ? だって中学の同級生なんだからさ。まぁ、さすがに名前は教えられないけど」


「嘘よ! そんな嘘を付かないでよ! 私のことが好きって言ってたのよ? 光輝は私のことが一番好きだって、一番気持ちが良いって言ってたのよ」


「ふーん。そうなんだ。あのクズ男は誰と比べて一番気持ちいいなんて言ったんだろうね? まぁ、クズ男が吐いた言葉なんて私には一切信用できないけど。そんなに私を疑うなら本人に直接聞いてみたら良いじゃん。多分『俺はそんなことしてない』『お前のことが一番好きだ』みたいなことを言うと思うけどね」


「そ……そんなこと………そんなことないはずよ………」


「あなたとクズ男の関係性なんて私にはもう関係ないし、聞きたくもないから結果とか報告しなくても良いからね。とにかく、あなたはもうあのクズ男と一緒の人生を歩めば良いじゃない。それくらいの罪を背負ってしまったのよ、あなたは」



 羽月ちゃんは頭を抱えて蹲ってしまった。そんな羽月ちゃんを見下ろして私はとどめを刺す。



「これ以上ゆーくんのことを苦しめようとしたら、私は絶対にあなたを許さないから。あと、これだけは覚えておきなさい。私たちの幼馴染みという関係は、あなたたちの裏切りのせいで全てが終わったのよ。さようなら、羽月ちゃん」




***後書き***


『第7話:怒り』で奏が連絡をしたのは、光輝と同じ学校へ通う中学時代の女友達でした。その子の友達に光輝に彼女を奪われた同級生がいるということを教えてもらいました。(一部の同級生の中で光輝が奪ったということは知られている)

女の子もこれ以上話すつもりはなかったのですが、奏に事情を聞いて(詳細や対象は言ってない)それだったらということで、男の子に許可をその場で取って呼び出してもらいました。


現れた男の子は中学の同級生でした。別のクラスだったので、話したことは一度もなかったので、実質は初めましてみたいなものでしたが。ちなみに光輝のことも彼は一応知ってはいたけど、転校してきた人と同一人物とまでは当時認識していませんでした。


最初は話すことに抵抗を感じていた男の子ですが、光輝の被害者が別にいることを伝えたら堰を切ったように色々と話し始めました。

彼と奪われた彼女は高校一年生のときに同じ部活で出会って交友を深め、高二になる前の春休みに告白して付き合うように。お互いが初めての彼氏と彼女の関係でしたが、光輝が転校してきたことで何もかもが崩れてしまうのです。ちなみに彼女から「ごめんなさい。他に好きな人ができました」と言われ、約半年程度の幸せな生活は終わりを迎えました。



うぅ、可哀想すぎる……

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