第12話:決別

 羽月、お前は今何を考えてるんだろうな? ちょっと前までならお前が考えてることは何でも分ると思ってたけど……。


 何でお前は今そんなに怯えた目をしてるんだ?

 何でそんな被害者みたいな顔をしてるんだ?

 何でお前は今まで俺を騙してたんだ?


 俺にはお前のことがもう何も分からないよ。




 -




 どれくらいの時間が経っただろう。

 部屋の中の空気が重すぎて時間の感覚が麻痺してしまう。すると、羽月の口が開いて徐々に言葉を紡ぎ始めた。



「光輝くんと初めて関係を持ったのは中学の卒業式のちょっと前だったかしらね」



 いきなりの爆弾発言だ。

 まさかそんな前から羽月と光輝が特別な関係になってるなんて思いもしなかった。驚愕してる俺に気付いていないのか、羽月は話を進める。



「優李は卒業式の日に光輝くんが転校することを聞かされたと思うけど、私はその2、3週間前くらいに聞かされてたのよ。光輝くんはそのときに私のことを『好きだった』『転校して離れ離れになる前に1度だけ思い出を作らせて欲しい』って言ってきたわ。最初は巫山戯ないでって断ってたんだけど、光輝くんが本気で言ってるんだって伝わってきて、つい『いいよ』って了承してしまったの」



 羽月は虚ろな目をして、宙を彷徨っていた。



「中学のときは本当にそれが最初で最後だったわ。私も光輝くんとはもう会うことはないだろうし、今まで仲良しだったから寂しくなっちゃって1度だけならって。まさか光輝くんがこっちに戻ってくるなんて思いもしなかった。だって高校生になった私にとって光輝くんはもう過去の人になっていて、エッチしたことも記憶の片隅に追いやられていたのだから」



 光輝見ると、この状況を楽しんでいるかのように、ニヤニヤと笑っていた。そのニヤケ面があまりにも不謹慎で苛苛としてしまう。



「今みたいな関係になったのは、高2の7月くらいに光輝くんが戻ってきてちょっとしてからだったわ。確かその日も優李と奏が部活へ急に行かなくてはいけなくなっちゃったのよ。まだ帰るには早かったこともあって、公園でそのまま光輝くんと話を続けてたわ。最初はさ、他愛のない会話をしてたんだけど、中学時代の話になったらあのときのことを思い出してる自分がいたの。そして気が付いたら私は光輝くんとキスをしていたわ」



 確かにそんな時があったな。あの時は部員が怪我して急遽病院に行くことになったんだよな。そうか、あの時から本格的に裏切ったんだな、羽月は。



「なんか凄くドキドキしちゃったのよね。中学のときに初めて光輝としたときも、優李とエッチする以上に興奮していて気持ち良くなってる私がいたのよ。……ふふっ、私はあのときのエッチをずっと忘れることができなかったみたいなの。光輝が戻ってきてから最初のエッチも凄く良かった。あぁ、私はこんなエッチをしたかったんだって思ったわ」



 羽月は気付いているのだろうか。光輝の名前を呼び捨てになっていることを。もう体裁を整えなくなっている自分のことを。



「信じてもらえるか分からないけど、優李とのエッチに不満は一切なかったわよ。だけど光輝とのエッチは、優李では得られない快感で私のことを包みこんでくれたのよ。そのとき私は思ったわ。あぁ、私はこの人とするエッチが大好きなんだなって」



 そのときドアの方でガタリという音がした。音の方へ視線を向けると、奏が怒りの表情で立ち上がり、羽月に向かおうとしていたのだ。俺はそれを手で静止して羽月に話を続けさせるよう促した。



「優李とのエッチは胸がポカポカとして、とても幸せな気持ちになれるの。だけど光輝とのエッチは頭の中がグチャグチャになっちゃう感じで、私の中にあったドロドロとした欲が吐き出されるような感覚になった。光輝とのエッチは本当の私をさらけ出すことができたわ。多分優李が想像も出来ないようなこともたくさんしてきたわよ。それが私にとって刺激的で、光輝とエッチすることがとても楽しみになっていたの」



 羽月は恍惚とした表情を浮かべている。お前、そんな表情もするんだな。まさかこんなタイミングで、お前が初めて見せる表情を拝めるとは思わなかったよ。



「ここ数ヶ月は優李が私とエッチしたいって言っても断ってたでしょ? 疲れてるから、ちょっと体調が悪いからって言ってたんだけど、本当は光輝のエッチじゃないと満足できないから断ってたのよ。……ふふっ、最低よね」




 -




 話が終わったと判断したので、俺は2つ目の要望を2人に突きつける。


「よく分かった。じゃあ2つ目の俺の望みだ。もう俺とお前は赤の他人だ。彼女でも幼馴染みでも何でもない。もう過去のお前すら記憶から消したいくらいだ。さすがに学校があるから目に入れることは不可能かも知れないが、必要あること以外は声も交わさないと思って欲しい」



 すると羽月が突然目を見開いて俺の足元に縋ってきた。



「いや。それだけはいや。ごめんなさい。優李ごめんなさい。私が悪かったわ。あなたのことを裏切った私が悪かった。だから、だから私たちの関係をなかったことになんてしないで欲しいの。お願いします。何でもしますから私のことを捨てないで」


「無理だよ、羽月。お前は俺のことを徹底的に裏切ったんだ。許す許さないなんて時期はもうとっくに過ぎ去ってるんだよ。本当なら中学のときに別れていてもおかしくないくらいだ。まさか、こんな長い間羽月に騙され、裏切られているとは思わなかったよ」


「いや……いやなの。許して……優李、お願いだから許して」



 羽月は何だかんだ俺が許すって思ってたんだろうな。滅多なことで我儘を言わなかったけど、羽月の願いを俺が断ったことは一度もなかったしな。俺に初めて拒絶され、我を忘れて足に縋り付いてくる羽月を俺は無視して、光輝に顔を向ける。



「光輝、これはお前もだ。今まで俺はお前のことを一番信用できる親友だと思っていた。だけど、それは俺の独り善がりだったってことが痛いほど分かったよ。羽月を連れてこの部屋から出て行ってくれ、今すぐに」


「分かった分かった。今すぐに出ていくよ。ほれ、羽月も優李なんかに縋ってないで立てよ。良かったじゃんか、これから俺とずっと一緒にいられるんだぜ? お前だって言ってたじゃん。俺とのエッチが大好きなんだろ?いつだってやってやるからよ、もう行こうぜ」



 罪の意識など一切感じられない口調で、光輝は羽月を抱き寄せ外に出ようとしている。抱えられた羽月はそれでも「優李……いや………捨てないで。諦めない。私はあなたから離れないから」と叫んでいたが俺にはもうどうでもいい。



「あっ! 優李! お前その動画消しておけよ! リベポなんてされたらたまったもんじゃねぇからよ」


「それはできない。俺と羽月は家族ぐるみで仲が良いんでな。羽月にあることないことを言われないための保険として持たせてもらうよ。もちろんリベポなんてしないからそこは安心して欲しい」


「ちっ……まぁ、いいや。リベポなんてくだらないことマジですんじゃねぇぞ! じゃあな、親友」




 ***




【奏の視点】


 この人は一体何を言ってるの?

 私の目の前でゆーくんのことを傷つけてるのは本当に羽月ちゃんなの?

 本当の羽月ちゃんはこんなにも醜い女だったの?

 私は我慢ができなかった。目の前でゆーくんのことを傷つけてているこの女のことを黙らせないと。ゆーくんがまた傷ついちゃう。ゆーくんは私が守らなきゃ。


 私は立ち上がって羽月ちゃんを止めようと思ったが、ゆーくんに静止されてしまった。

 何でなの、ゆーくん。こんな女の話なんて聞かない方がいいよ。


 私の両目からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

 そして羽月ちゃんの話が終わって、光輝くんが口を開いたと思ったら、あまりにも内容が酷すぎて私は怒ることすら忘れてしまった。


 私とゆーくんは今まで何と一緒に同じ時間を過ごしていたんだろう? この2人を見て、私たちと同じ人間だとは到底思えない。そんな人間を私たちは信用して、同じ空間で一緒に笑っていたんだ。そう思うと怖くて仕方がなかった。


 しばらく放心状態でいたが、家の扉がバタンと閉まる音を聞いた瞬間に私は我に帰った。



(ゆーくん!!!!)



 ゆーくんを見ると、ベッドに腰をかけて項垂れていた。



「ゆーくん大丈夫? ねぇ、私を見て」



 ゆーくんの顔は真っ青になっていて、目も虚で今にも危ない状態に見えた。焦った私は、ゆーくんのことを抱きしめて、「大丈夫。私がいるから大丈夫だよ」と言い続けることしかできなかった。




 -




 あの2人が家から出てから30分くらいしてから、ゆーくんは虚な目のまま話を始めた。



「あの映像を見てから、俺はあの2人と決別しようと思ってたからさ、この結果は想定通りなんだよ。だけどさ、最愛の彼女だと思ってた人と、親友だと思ってた人に直接裏切っていたいう話を聞かされるのは思ったよりも辛かったよ。まさか羽月と光輝が中学の時から関係があったなんて思いもしなかったよな。俺は羽月のことなら何でも分かるって思ってたけど、肝心なところが全然分かってなかったんだ」



 ゆーくんの口からは言葉が淀みなく出てくるが、そこには抑揚がなく、一切の感情を感じることが出来なかった。



「俺と羽月との関係って何だったんだろう。あいつにとって俺ってどういう存在だったんだろう。もう人を信じるのが怖くなってきたよ。裏切られるのはもう怖いよ」



 ゆーくんの肩は震えている。とても悲しいはずなのに涙は一滴も出ていない。だけど私には分かる。今ゆーくんは泣いている。心の奥底で涙が枯れるほど泣いている。

 だから私は思いが伝わるように、ゆーくんのことをさっきよりも力強く抱きしめた。



「ゆーくん。私は裏切らないよ。ゆーくんが悲しむようなことも絶対にしないし、側を離れるようなことだってしない。あなたが苦しいときは私が癒してあげたいし、あなたが嬉しいときは私も一緒に喜びたい。だから今のゆーくんの悲しみを私にも分けて。いいんだよ。無理なんてしなくていいんだよ。強がらなくてもいいんだよ」



 私がそう言うと、ゆーくんは肩を大きく震わせて子供のように泣いた。

 小学生の頃一度だけこんな風に泣いたゆーくんを見たことがある。それは羽月ちゃんのお父さんが亡くなったときだった。

 あのときは羽月ちゃんとゆーくんが抱き合いながら泣いてたっけ。私はその光景を離れた場所で見ながら、不謹慎だけど羽月ちゃんが羨ましいって思ったんだ。だって、一緒にあんなにも悲しみを共有できる人なんて滅多にいないでしょ?



「な、何で。何で奏は俺にこんなに優しくしてくれるんだ。ずっとそうだった。何で俺のことをこんなに支えてくれたんだ」



 ちょっと落ち着いたゆーくんが、私の目を見ながら問いかけてくる。それはね。ゆーくん、それはね……私があなたのことを愛しているから。



「そんなの当たり前じゃない。だって、私たちは幼馴染みでしょ? 子供の頃からずっと一緒だったし、そんなゆーくんのことを見捨てることなんてできないよ」


「幼馴染みだからって、それだけで奏は俺のことをこんなにも助けてくれるのか……?」


「そうだよ。そして、もし私がゆーくんみたいな状態だったら、多分ゆーくんは私がしたみたいに全力で支えてくれると思う。だって、私が知ってるゆーくんってそういう人なんだもん」



 私がそういうとゆーくんは顔をグチャグチャにして、俯いてしまった。



「だから、ゆーくんは気にしないでいいんだよ? 昔も今も、これからだって私はゆーくんの側にいるし、ゆーくんの味方なんだから」


「奏……ありがとう………本当にありがとう………いつも側で見守っててくれてありがとう………」



 ゆーくんと私は抱き合って2人で泣いた。

 あの頃の羽月ちゃんとゆーくんのように。





***後書き***

他のNTRやざまぁの小説のように、思いっきり地獄に落とすような感じにならず申し訳ありません……。

むしろ光輝のクソなところが際立って、よりヘイトが高まってしまった気がします。

けど次のお話で羽月に対してはちょっと溜飲が下がるかな、っと。

第一章は後2話で終わりです。

引き続きお読み頂けたら嬉しいです。

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