第5話:罠

 ついに土曜日がやってきてしまった。

 この一週間を振り返ってみると俺と奏は、部活動の傍ら監視カメラを設置したり、映像が遠方からちゃんと見れるか、音声は聞き取れるかを確認したりと比較的忙しい日々を過ごしていた。もっと正統派な青春をして忙しくなりたかったよ。


 そんなことを考えながら、家のドアを開けると羽月が家の前で待っていた。



「優李、おはよう」



 いつもと変わらない顔、いつもと変わらない声。羽月は今日も俺のことを優しい笑顔で出迎えてくれた。俺は今日大好きな彼女のことを騙すんだな、って考えると胸がチクリと痛んでしまう。



「あぁ、おはよ。じゃあ行こうか」



 俺と羽月は、駅前にあるカラオケ屋に向かって歩き出した。



「カラオケなんて久しぶりだから楽しみね。優李も全然行ってないわよね?」


「羽月と以外カラオケなんて行かないからなぁ。多分最後に行ったのも去年の秋にお前と行ったっきりだと思うわ」


「じゃあ私と一緒ね。今日は何を歌おうかしら。優李が何歌うかも楽しみよ」


「あぁ、羽月はいつも塾に行ったりしてて大変だもんな。俺もガンガン歌うから、今日は思いっきり日頃のストレスを発散しような!」


「そんなことを言っても良いのかしら? 一度マイクを握ったらもう二度と話さないわよ?」



 羽月はカラオケが本当に楽しみなのか、くつくつと喉を鳴らしてご機嫌のようだ。そんな羽月を見ているといつもなら嬉しくて仕方がないのに、今日はどうしても一歩引いて物事を見てしまう。


 やっぱり羽月と光輝が俺を裏切っているなんて思えない。だけど、2人が俺のことを騙して浮気をしているかもしれないと、心の片隅で疑ってしまっている俺もいる。この疑念を晴らすという自己満足のために、俺は今から2人のことを騙して盗撮するのだ。



(はぁ、マジで最低だな……)




 -




 カラオケルームに入ると、宣言通り羽月が楽しそうにたくさん歌い始めた。そして、それに負けじと光輝も応戦している。

 俺と奏は2人に比べるとテンションが低いが、怪しまられるとこれからの計画に支障を来してしまう可能性があるため、一生懸命その場を盛り上げた。


 しかし、無理にテンションを上げても、気持ちが追いついてこないので、心から楽しんでいるとは言い切れなかった。それは奏も一緒だったようで、ふとした瞬間に「ふぅ……」とため息を吐いているところが目の端に入ってくる。


 カラオケが始まってどれくらいの時間が立っただろう。俺は曲の合間に「トイレ行ってくる」と言い席を立った。するとすぐドアが開く音がしたので後ろを振り返ると、奏がカラオケルームから出て来たところだった。



「ゆーくん大丈夫?」



 心配そうな目で俺を見つめてくる。



「あぁ、大丈夫だよ。そういう奏だっていつもより元気がなさそうじゃないか」


「へへっ、まぁね。けど仕方ないよね、私たちは今からそういうことをしようとしてるんだから」


「そうだな。だけどこんなに暗い表情してたらあいつらにバレちゃうな。だからカラオケは楽しむことにしようぜ!」


「うん。そうだね! 戻ったらMIYUKI歌っちゃおーっと!」



 そう言って前を歩き始めた奏の後ろ姿を追って、俺たちは無理にテンションを上げるの努力をした。




 -




「あー、めちゃくちゃ歌ったわー」


「そうね。私も今日はたくさん歌ったから、とてもスッキリとしたわ」


「羽月は変わらず今日も良い歌声してたよな!」


「そう? ありがと。光輝くんも上手だったわよ」



 羽月と光輝はカラオケのテンションそのまま楽しそうに会話をしている。これから向かう先は俺の家だ。これから俺は彼女と親友を裏切ってしまう行為をする。だけど、ここまで来たら迷いはない。俺の疑念を晴らすために最低なことをするけど、あいつらなら許してくれるはずだ。



「俺の家に着いたら何して遊ぼうか?」


「とりあえず軽くいつものゲームでもしようぜ」


「またあのゲームをやるのね。私あんまり上手じゃないのよね。けど、奏は結構上手だったわよね」


「あのゲームは家でもやってるからね! ふふっ、またみんなのことをボコボコにしちゃうぞぉ!」


「とりあえずゲーム終わったら、いつも通りダラダラしようぜ」



 光輝がそう言うように、俺の家に来たら各々がゲームをしたり、漫画を読んだり話したりと自由に過ごしている。それもそのはずだ、ここにいる3人は小学生の頃から遊びに来ているので、第二の自分の部屋くらいに思っているだろう。



「どうしたのかしら? 優李なんか元気ないんじゃないの?」


「ん? 確かにな。どうしたんだよ」



 俺があまり会話に入らなかったのが不思議だったのか、2人が心配そうに聞いてくる。



「いや、なんか忘れてる気がしてて、それがなんだっけなぁって必死に思い出そうとしてたんだよ。けど、まぁ、大したことないだろ」


「そう? なら良いのだけど。あっ、そういえばコンビニで新商品のアイスが販売されてるみたいなのよね。みんなでそれを買ってから行きましょうよ」



 あまり深刻に思われなかったのか、すぐに話題がそれてくれて助かった。

 けど、これ以上続くとドンドンとボロが出てきそうで内心とても焦ってし待ったのは内緒だ。




 -




「うぉ! めっちゃ涼しい!」



 帰りの時間を予想して、俺はエアコンの予約をしていたのだ。



「さすが優李ね。その優しいところ本当に素敵よ」


「本当だよな! この気遣いガチで尊敬するわ!」



 ただエアコンの予約タイマーをセットしていただけなのに、羽月と光輝がめちゃくちゃ褒めてきたので、俺は照れ臭くて頬をポリポリと掻いてそっぽを向いた。



(俺はこんな良いやつらをこれから騙すんだよな)



 いつもと変わらない感じで俺に話しかけてくる2人を見て、俺は内心罪悪感でいっぱいになってしまう。俺はそんな内面を悟られないように、「それよりゲームやろうぜ!」と無理に明るく笑うのだった。




 -




「あっ、ちょっと電話が来たから部屋でるね」



 そう言って外へ出たのは奏だった。ゲームに集中している羽月と光輝は、そんな奏のことを気にする様子もない。だが、俺は心拍数が上昇するのが分かった。



(いよいよか……)




 -




 今から遡ること3日前。俺と奏が監視カメラの最終チェックをしている時のことだった。



「当日は指定の時間になったら、妹から電話が来るからそれを合図に作戦を実行するよ」


「どういうことだ?」


「その電話の内容をさ、部活からの呼び出しがあったってことにするんだよ。その日はさ、ライバル校が夕方から試合することになってるから、その偵察に行ってくれって言われたことにしたら不自然じゃないでしょ?」


「いや、それはさすがに急すぎてあり得ないんじゃないか?」


「当初行く予定だったマネージャーが、急遽行けなくなったから私に連絡が来たってことにするよ。それで、ゆーくんも付き添いをしてねってことにするんからね」


「なるほどな。羽月はサッカー部に友達はいなそうだし、光輝に至っては学校も違うから怪しまられることはなさそうか」


「そうそう。だからさ、電話が来たタイミングで私がみんなに言うから、ゆーくんは面倒臭そうなフリをしながら一緒に付いてきてよ」


「ん。分かった。それにしても奏がこんなんこと思い浮かぶなんてな。ちょっと印象が変わったわ」


「ちょっとゆーくんどう言うことかな?? 私はゆーくんのモヤモヤを晴らすために頑張ってるんだけど!!!」


「ははっ、ごめんごめん! 感謝してるよ、マジで」


「それなら良いんだよ、それなら!」


 ニッシッシと悪戯っ子のように笑っていた奏がとても印象的で、こんなことに巻き込んでしまった罪悪感から、俺の心はチクリと痛んでしまうのだった。




 -




「ちょっと良いかな、みんな?」



 電話が終わって部屋に戻ってきた奏に視線が集まった。



「実はさ、今日ライバル校の偵察に行く予定だった子が急遽ダメになっちゃったんだよ。だからさ、私とゆーくんでちょっと抜けてもいいかな? 多分2時間もすれば戻ってくるからさ、帰ってきたらまた遊ぼうよ」


「まぁ、ここで待ってるのは問題ないぜ? なぁ、羽月」


「そうね。ちょっと寂しいけど、また戻ってきてくれるならここで待っててもいいわよ」



 2人は快く了承してくれたので、俺はちょっと気怠そうな感じを装い、「面倒だなぁ」なんて言いながら立ち上がった。



「悪い。じゃあちょっとだけ出てくるな」


「急で大変だけど頑張ってね」


「ありがとな。帰るときはRINEするな」



 羽月が俺のことを笑顔で労ってくれたが、俺はちゃんと笑顔で返せていたのだろうか?

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