第2話 マトリクス。

「ドワンさん。大丈夫ですかドワンさん」


「う、ああ、シズカか」


 う、く、と、なんとか体を起こすドワン。周囲を見渡すと。


「ここ、は?」


 そう呟く。


「ダンジョンの入り口少し入ったとこですかねえ。気がついたらここに居たんです」


「他のみんなは」


「無事です。気絶してるだけみたいです」


 そう、か、と、吐き捨てるように言うドワン。


 あたしは他の皆も起こしてまわろうと立ち上がった。


「他のみんなも起こしてきますね」


「ああ、悪いな」


 頭を振って。考え事をする様に顎に手をあてるドワンさんを横目にあたしは他のみんなを起こして回った。


 うん。バレなかった、かな?


 見逃して貰えた? そんな風に思ってるかも。



 帰り道は皆無口だった。


 まあそりゃあそうだろう。一歩間違えば全滅する所だったのだ。


 幸い途中で仕留めた魔獣の魔石はあたしのリュックにどっさり入ってる。


 ギルドに帰ればかなりの金額になるはず。とりあえずは遠征成功? 別に、魔人を倒せだなんて依頼を受けてるわけでもない。だからあんまり気にしなくても。そう声をかけたかったけど、まあこれ、あたしが言うべき言葉じゃないよねって思いとどまった。



 まあ仕方ない部分もあるんだけどね?


 魔人は強い。


 普通の人間と比べたらとんでもないくらいの強さをほこる。


 そもそも魔族だって元々は地上の人間とそう大差はなかった。


 生物学的にはほとんど差異はないはず?


 だけど。


 決定的に違うのは、魔族の纏うマトリクスの存在だ。


 ふつうの人間の体は生物だからね? 強さには限界がある。


 どんなに身体を鍛えたって急所は残るし。皮膚だって刃物で切れる。目の角膜だって傷ついたらもう見えなくなる。


 熱にも弱ければ寒さにも弱い。凍ったら凍傷になるし燃やしたら消し炭だ。


 いくら身体を鍛えて魔力を増やしても、そこには自ずと限界がある。


 自分で放ったファイヤボールでさえ自分を焼くのだ。これじゃどうしようもないよ。


 そこで。


 そんな弱い身体を捨てようと考えたのが魔族の始祖だった。


 最初は鎧で固めようとかしてたけどそれではね。あまり代わり映えもしない。


 それなら、と。


 いっそ自分の周囲に魔力で作った皮を被ってしまえば? 


 体の表面に直接マナでかたどった鎧を纏ってしまえば?


 自分という境界を、不可侵なマナの壁で覆ってしまえば良いのではないか?


 そう考えたんだよね。ご先祖様は。


 龍のような強靭な皮膚。


 頭を象る大きなツノ。


 そして背中に大きな翼を纏い。


 そんな姿に変貌した。その技術がマトリクスという名前の魔術。


 マナで作り出した心の壁に、思い描く最強の絵を映し。


 そしてそれを纏う。



 ふふ。


 でも、そうした結果魔族は魔族として人から恐れられ忌避され、人族の住む地からは追われたんだよね。




 街に帰ってとりあえずギルドで換金するころにはパーティーのみんなの機嫌も治ってた。


 かなりの額の現金が手に入ったしね。


 まああたしはポーター分のお給料だから増減はないんだけど他のみんなはホクホク顔で夜の街に繰り出して行った。


 はうう。美味しいお酒でも呑んで憂さを晴らすのかなぁ。いいなぁ。


 そんな風にも思ったけどまあしょうがない。


 あたしは一人自分のねぐらにしてる安宿に戻ったのだった。

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