法外な値段

 ある高級レストランで食事を終えたカップルのテーブルのうえに、ウエイターは革の伝票ホルダーをはこんだ。有能なウエイターからそれが男のほうに手わたされるとき、男の手からホルダーが滑りおちた。折りたたみホルダーが開き、そこに書かれた金額を女は見のがさなかった。ウエイターは優雅な動作でホルダーをひろいあげ、ハンカチで表面を拭いて、あらためて男に手渡した。ウエイターの一連の身振りは自然だったので、そういう演出のようにも思われた。


 女はお手洗いにたった。男はウエイターに頷き、カードをホルダーにはさんで渡した。会計を終えたころ、女がテーブルに戻ってきた。うっすら上気した顔をしていた。


 やがてカップルは店をあとにした。ウエイターが見おくりに出ると、女は男の腕に抱きついた。男もまんざらでもなさそうな顔をした。二人は抱き合うように表に運ばせた車に乗りこんだ。ウエイターは幸せな気持ちになった。


 レストランの支配人室で部屋の主とジャックが談笑していた。

「これはいくらなんでも法外ではないか」

 とジャックが金額が記載された店のメニューを眺めて言った。

「ええ、たしかに高いでしょう。素材の原材料費を考えると加工技術料がいかにしようとも、それでも高い値段といえます。でもそれでいいのです。当店はサービス料に価値をもたせるようにしてありますから」


 ジャックが、支配人との面会がおわり、店のエントランスに向かったときのことだった。ホールではウエイターが伝票ホルダーを運んでいた。ウエイターがテーブルに近づいたとき、ウエイターに酔っ払った男が軽くぶつかった。優美な身のこなしでウエイターは酔っ払いをささえた。そのときに伝票が床に落ちた。若く美しい女性が伝票を盗みみていたのをジャックは見のがさなかった。

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