第5話 俺の名はジョッシュ


 ここドニの村はドニ採掘場から約5キロ程離れた森にある隠里の様な場所だ。

 BSF時代の設定によればこの辺りに元々住んでいた人々を後からやって来たヴァンターグ帝国の人間達が蹂躙しこの辺りを侵略したという話だった。

 原住民のほとんどが奴隷にされ苦しい思いをしている中帝国の目を欺き何とか逃げ延びた人達が作ったとされるのがこのドニの村だった筈だ。


 俺はこれまでやってきた10を越えるBSFのシナリオのプレイ記憶の中からこの辺りの設定や詳細なストーリーを思い出そうとしていたがなんせシナリオの数自体が膨大なため少しうろ覚えになって来ている箇所がある事にショックを受けていた。


 取り敢えずラグナス達がいると思われる村長の家らしきものを見つけた俺はノックをしてから扉を開けた。

 するとこちらを向いたラグナスが笑顔で話しかけてきた。


 「よかった。君も無事に脱出できたんだね。忘れ物があると言って君一人戻ったから心配したよ」


 「ああ。まだ追っ手も来ていなかったし余裕だったよ。ま、心配させてしまった事には謝罪しよう」


 俺はラグナスに頭を下げる。


 「いや無事ならよかったんだ。頭を上げてくれ。それよりこれからの方針について話していたんだが君はどうする? 」


 「今出てる案は? 」


 「一つはこの村に定住する案。僕とカルヴィナと今横に居るこのトーマス以外は元々下界に住んでいて奴隷にされた人たちで彼等はこの案に乗るみたいだけど君は見た所下界生まれではなさそうだしね…。二つ目の案はこのヴァンターグ奴隷領から脱出する事。これさえできればヴァンターグの奴らも易々と追ってはこれないし僕とカルヴィナとトーマスはそうするつもりだけど君はどうしたい? 」


 そう言うラグナスの横を見ればカルヴィナが居りその反対側に浅黒い肌をした男が立って居た。

 顔を見た時何か思い出しそうな気がしたが何だったか出てこない。

 もやもやしながら考え込んでいるとラグナスの声でハッとすることになった。


 「大丈夫か?何か考え込んでいたみたいだけど」


 「ああ、気にするな。それよりこれからの事だったな。俺は奴隷になる前の記憶がないんだが天界に行かなければならなかった事だけ薄っすら覚えているんだ。そのためにはまずここから出ないといけない。つまりよろしく頼むと言う事だな」


 俺はラグナスに手をだし握手をした。


 「今その脱出のために村長さんにここらの地理を聞いていた処なの。貴方も同行するなら聞いておいた方が良いと思うんだけど? 」


 「ああ、そうさせてもらう」


 カルヴィナの提案に乗った俺は机の上に広げられた粗末な地図を指し村長が解説してくれるのを聞きながら俺はトーマスという男を悟られない様にしながら横目で見ていた。

 ここらの地理は多少抜けているとはいえ把握している。

 それよりもこのトーマスという男が気になって仕方がなかった。


 話が終わり村長宅を出ると俺達は今晩世話になる事になった空き家へ向かう事にした。

 その道中カルヴィナがラグナスを呼び止めた。


 「ちょっといいかしら? 」


 「どうした? 」


 「採掘場で言いそびれた事よ」


 「ああなんで僕達を助けてくれたのかっていうのと君は何者かって事かい? 」


 「ええそうよ」


 「これは込み入った話みたいだな。俺は空気を読んで退散させてもらおうか」


 そう言いながらトーマスは一人空き家の方へと向かっていった。

 俺がトーマスの背中をボーっと眺めているとカルヴィナに鋭い口調で話しかけられた。


 「貴方は空気を読まないのかしら? 」


 「いや良ければ聞かせて貰おうと思ってな。お互い素性の知れぬ身だし奴隷領を出るまでとはいえ一緒に旅する中だろ?なら信頼関係はできるだけ築いておいて損はないと思うしな。聞かれて不味い事なら立ち去るが?」


 そう言う俺をしばらく見つめたカルヴィナは「まあいいわ」と言うと話始めた。


 「改めて自己紹介するわ。私の名はカルヴィナ・フォン・アルヴァント。九つある天界の一つアルヴァントを一国で治めるアルヴァント公国のアルヴァント大公の一人娘よ」


 「え!? 」


 カルヴィナの宣言にラグナスは面白いくらいに口を開け驚きの声を上げた。


 「貴方は驚かないのね」


 「言ったろ?記憶喪失だって。意味として凄い事言ってるのは分かるがあんま実感が湧かないんだよ」


 勿論これは嘘であり元から知っていたから驚かなかっただけなのだが。


 「まあ話を続けるわ。私には三人兄が居たのだけれどそのうちの一人は庶民の産まれだったの。父は相手の要望に応えその兄が生まれた時に秘密裏に母子を故郷に返したのだけれど年三回ある季節の変わり目に交流を設けたわ。それもあってその兄と私達他の兄弟も仲が良かった。会えない時も手紙のやり取りはしていたしね。けれど五年前に冒険者になると言って故郷を飛び出してからその兄とは会えなくなったの」


 「え?五年前に冒険者になるって飛び出しただって?も、もしかして…」


 「貴方が思った答えで正解よ。私の兄の名はブルーノ。貴方の親友であり殺された私の兄よ」


 「ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない」


 「混乱する気持ちも分かるわ。けどこのままじゃ話が終わらなくなるから続けるわよ。結論から言うと私は貴方が兄殺しの犯人ではない事をしっているしだからこそ兄に代わって貴方を助けに来たの。それが一つ目の理由よ。色々コネを使って国際問題にならない様に拘束具に細工して奴隷として潜入するの大変だったんだから」


 「コネって…。まあそこはいいや、どうして僕が犯人じゃないってわかったんだい?それに一つ目の理由ってもう一つ理由があるのか? 」


 「兄は殺される前日に私宛に手紙を送っていたの。それにはこう書かれていたわ"ケビンの野郎がとうとう本格的に動き出した。俺にラグナスを裏切り事故に見せかけて殺す様に言ってきやがったんだ。ケビンは異常にラグナスを敵視していたがまさか俺にこんな事を言ってくるとはな。他の三人も大丈夫だとは思うが何か吹き込まれてるかもしれねぇ。俺も奴の誘いに乗らなかった事で狙われるかもしねぇし。こんな事皇族のお前に頼む事じゃないかもしれないが兄として頼みたい。もし俺に何かあったら親友たちの事よろしく頼む"ってね」


 「ブルーノ…」


 「兄はケビンの誘いを断った事で自分の身に危険が迫っている事を感じ取っていたの。この手紙が届いた同日に兄の悲報が届き私は確信したわ犯人がケビンだと。この内容を父に話したら同じ見解だと仰っていたし。けれどこの件は表沙汰にすることは出来ないしその上ケビンはワールドウォーカーの冒険者。国からも干渉する事がしにくい為歯痒い思いをしたわ。貴方の裁判に関わった人たちも雲隠れしてしまって足取りもつかめないし。父も国の腐敗を防ぐため色々手は尽くしているけどアルヴァントは広大だし質の悪いワールドウォーカーのテリトリーでは後手に回るしかないのが現状なのよ…」


 「ワールドウォーカーはワールドウォーカーにしか裁けない、か…」


 BSFの世界には冒険者という物が存在している。

 ぶっちゃけPCには縁も所縁もない物なんだがワールドウォーカーに関しては例外だ。

 天界と下界を含めた合計10ある世界を自在に行き来できる存在それがワールドウォーカー。

 ワールドウォーカーになるには実績を積み難易度10以上のダンジョンを制覇した物に与えられる能力だ。

 本来世界間の移動は天界から下界へ移る時を覗いて非常にコストと時間を要するのだがワールドウォーカーになれば特定のゲート潜るだけで移動出来てしまう。

 非常に便利な能力な上、難易度10以上を制覇した猛者がそれを持っているとなれば国は丁寧に扱わざるえない。

 それに加え三年に一度行われるワールドウォーカー同士による最強決定戦ワールドウォーに向けて各国は面子を賭けて代表を同士を戦わせるためワールドウォーカーを他所の国にやりたくないと言う政治的面もあるのだ。

 余談だがダンジョン攻略が条件の為それを主な生業としている冒険者の頂をワールドウォーカーと呼ぶが冒険者以外でもワールドウォーカーは沢山いたりする。

 BSFにおけるPCも冒険者ではないがワールドウォーカーになれる為それに当てはまるな。


 まあそんな理由があって一国の主と言えど易々とワールドウォーカーには手は出せないという事だ。

 そのため先程俺が口にした言葉がこの世界ではよく使われている。


 「彼の言う通り悔しいけどケビンを裁くには彼に代わるワールドウォーカーが必要よ。けど現状アルヴァントにはワールドウォーカーになれそうな人材は今の処見つかっていないの。見込みのあるクランは沢山あるけどどのクランも後数年かかりそうだし…。それに人間性は兎も角ケビンは間違いなくトップクラスのワールドウォーカーよ。国民の人気は高いし彼を追放するには少なくとも今の彼と同じくらいにはネームヴァリューがないと国民は納得しないと思うわ」


 「けど貴女は諦めた顔をしていない。その理由が僕を助けたもう一つの理由と関係しているのか? 」


 「ええ。次のワールドウォー開催までの一年半以内に私は彼方とワールドウォーカーになりケビンを追放する。それがもう一つの理由よ」


 「なるほど…君が僕を助けてくれた理由はわかったし理解できたよ」


 「あら?一年半以内にワールドウォーカーを目指すっていうのには驚かないの?私が大公の娘だと明かした時は顎が取れそうなくらいびっくりしていたのに」


 「さっきの事は忘れてくれ…。まあ驚かなかったのは全て納得のいく答えだったからさ。それにワールドウォーカーは元々僕も目指していたしそれに…ブルーノの夢でもあったから」


 「…そうね。手紙にもよく俺はワールドウォーカーになるって書いてあったわ」


 「僕達で目指そうワールドウォーカーを。そしてブルーノを殺した事をケビンに償わせるんだ」


 「ええ、必ず! 」


 「お~い盛り上がってるとこ悪いが俺を忘れるなよ~」


 「あ、忘れてたわ…」


 「ははっ。僕も忘れてたよ」


 「おいおい! 」


 「冗談よ。まあ彼方も秘密を知ってしまったわけだし協力出来る事はしてもらうわよ」


 「元からそのつもりだ」


 「じゃあ改めて宜しくね。…そういや彼方名前は? 」


 そう聞かれて初めてこの世界に来てから名前を聞かれたことが一度もなかったことに気が付いた。

 まあここはよくプレイヤーネームで付けてた名前でいいだろう。


 「そういや名乗ってなかったな。俺の名はジョシュアだ。気軽にジョッシュと呼んでくれ」


 

 

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